僕達の関係
それでも、このまま俺と桐野と悟、三人一緒の教室へ戻ることは、桐野の気持ちを考えると躊躇われた。
しかし――だからと言って、それ以上の深い考えがある訳でもなかった俺は、その行先については、
気分転換と言えば、ある意味”お約束”かも知れない場所しか思いつかなかった。
最寄りの駅に着くと、俺は二人分の切符を買って、その内の一枚を桐野に渡す。
「電車……乗るの……?」
桐野は俺を見ながら、なんとも言えない微妙な表情で、切符を受け取った。
「まあな。そんなに遠くはねぇから」
そして、そこから電車で三駅程進んで降りた先で、
「……なんとなくそうだとは思ったけど、ここってアレだよね……?」
「ああ。気分転換なら、ここだろ」
と言葉を交わしながら、俺達は前方を見た。
最初に目に付くのは、大きな観覧車。
そして、その敷地に造られた人工の山と、茂みの間に敷かれたレールの上を、
円を描くようにしながら、小さな列車がゆったりとした速度で進んでいる。
――それは、紛れも無い、普通の遊園地だった。
「なんだか……あんたらしいわね。秋本」
桐野はクスクス笑いながら、俺に言った。
「悪かったな。こんな所しか思いつかなくて。ま、とにかく入ろうぜ」
「ま、待って秋本、でも私、余りお金持ってきてない……」
それを聞いた俺は、ポケットから一枚の紙切れを出すと、桐野の手を取り、それを渡した。
「――あ……これって」
「うむ。年間フリーパスポートだ。大会が終わった後の気晴らしで、
部活の連中とは、一年を通じて結構頻繁に遊びに来るからな。予め買っておいた」
「――ありがとう。……あっ、でも――秋本、あんたの分は?」
「俺は実家の手伝いでやってる、酒屋のバイトの給料が入ったばかりだから、懐が温かいんだ。問題ない」
「そんな……なんか悪い……」
「気にすんな。勝手に連れてきたのは俺だからな。それに、ここでお前に拒否られたら、俺の顔が立たんぞ。
いいから、入ろうぜ。」
「もう。強引だね、秋本は」
桐野が嘆息しながら言うと、
「今更気づいたのか? 桐野はそんなこと、とっくの昔に知ってたと思ってたんだがな」
「――まぁ、それはそうだけど。……あんたのそういうとこ、今に始まった訳じゃないもんね」
「そゆこと」
俺らは、どちらともなく笑い始めると、そのまま遊園地へと向かった。
*
「何だか――こういう場所って久しぶり」
「そうか? いつぶりくらいだ?」
俺は、遊園地の敷地を見回しながら呟く桐野を見て、尋ねた。
「小学校六年生の時に、友達と行った時以来かな……」
「五年ぶりか。結構前だなあ」
「うん。中学から家の事とかで、少し忙しくなったのもあったし」
「そう言えば、その頃から、家事とかは殆ど桐野がやってるって言ってたもんな」
「うん」
「ここんところのお前は、気持ちに全然余裕が無さそうで、ちょっと様子が変だとは思っていたけど、
お前くらいの年齢なら、もっと友達と遊んだり、色々やりたいこともあるだろうからな。
そんだけ長い間我慢してたら、そりゃ反動も来るよな」
「ちょっと、何その、爺むさい言い方。秋本だって、私と同い年じゃない」
桐野はクスクス肩を揺らしながら言った。
「まぁな。じゃあ、桐野よ。今日はその五年分を一片に遊んじまおうぜ!」
「うん! あんたに貰ったパスポート使い倒すわよっ」
「ははは! そう来ないとな!」
――そう言って桐野が選んだ乗り物は、絶叫系が主だった。
バイキングやジェットコースター、それ系の乗り物のハシゴをしまくった。
俺もその手の乗り物は嫌いではなかったのだが、
これだけ連続で乗ると、さすがに三半規管がクラクラしてきた。
そこで、
「桐野よ。少し疲れたよな? ちょっと休まないか?」
と言うと――
「え? そう? 私全然平気だけど」
と、桐野はケロッとした表情のまま、しれっと言い放った。
お前じゃなく、俺がしんどいのだが……。
しかし、そんな情けないことを言葉には出来ず、俺は辺りを見渡すと、
「あ――でも、どうだ。ちょっと気分を変えて”あれ”にでも入らないか?」
と、一つの建物を指さして言った。すると、
「えっ?! えっと、あれは、ちょっと……」
それを見た桐野が、口ごもった。
「ん? どうした、桐野?」
「え、ええと、私……あれは……」
「――あ……もしかして――お前……苦手なのか……?」
「そ、そうよ? だ、ダメ?」
「ふははは、あれだけ絶叫マシンに乗っても平気な顔してるのに、あれが苦手って、嘘だろ?」
「う、うっさい! それとこれは別なのっ! 正体が何だか分からない物って、私苦手なのよっ」
「正体って、何だよ――」
俺が指さしたのは、入り口におどろおどろしいペイントやイラストが施された小屋。
遊園地では、お馴染みのアトラクション”お化け屋敷”なのだった。
「まぁ、何事も経験だぜ、桐野。俺も一緒に入るから平気だろ」
「ち、ちょっと、私無理だから〜、って聞いてないし!」
俺は、アタフタする桐野を置いてさっさと手続きを済ませると、
「ほら、入ろうぜ桐野」
と言いながら、とっとと、お化け屋敷へ入っていった。すると、
「も、もう! ちょっと待ってよ、秋本!」
それを見た桐野も慌てて手続きを済ませ、俺の後を追うようにして、渋々お化け屋敷の中へと入っていった。
*
暗くて狭い通路の所々を、淡いブルーの照明が怪しく照らしている。
すると不意に後ろから、桐野が背中へ引っ付いてきた。
「ちょっと……置いて行かないでよ……」
「お前――本当に苦手なんだなあ」
仕方なく俺は、後ろの桐野と距離が開かないようにして、少しづつ進み始めた。
実の所、俺はこのお化け屋敷が結構好きで、何度も入っているのだ。
だから、どこでどんなお化けが現れて、どんな脅かし方をしてくるのかまで、手に取るように分かっている。
この薄暗い空間は、遊園地で乗り物等に乗ってはしゃいだ後で、何故だか俺の気持ちを落ち着かせてくれる場所なのだった。
いつもなら、お化け役の人に少し気を遣って、ちょっとオーバーに驚くリアクションを取ったりするのだが、
桐野の様子を見ると、それは必要なさそうだった。下手に驚くと、桐野まで一緒に驚いて倒れかねない気がする。
少し進んだ所の壁は回転式の隠し扉になっていて、人が通るとそれが反転して、落ち武者風のお化けが現れる。
俺達が、その壁の手前まで来た時、予想通りに壁が回転してお化けが顔を見せた。その瞬間、
「っ?! ギャーーーー!!!!」
桐野の甲高い悲鳴が通路に響き渡った。
しかしそれは、あまりにも予想外の大声だった為に、脅かしたお化けの方が、一瞬ビクッと肩を震わせたのを俺は確認した。
「桐野……お前――凄い声だな……」
耳元で叫ばれたせいで、若干耳鳴りを感じながら俺が呻くと、
「だって、怖い……も、もう、嫌だ――は、早く行こうよ……!!」