僕達の関係
その音が隆にまで聞こえてしまいそうな気がして、僕は焦りながら、なんとか平静を装うようにして答えた。
「それで結局、誰なんだ? 悟が告白したい相手っていうのは」
「い、いや、それは……まだ……」
「早く言っちまった方がいいぜ、俺みたいにさ。……まぁ、フラレはしたけどな。
でも、言う前よりも、気持ちは楽になってるんだ」
「た、隆……」
「それに……悟が桐野のことを好きじゃないと分かって、ホッとしたよ。
もし、お前も桐野のことを好きだったら、裏切ってるみたいで、やっぱり顔を合わせづらかったからな……。
まぁ、桐野はお前のことが好きなんだろうけど、それはそれ、これはこれだ。
別に俺には、変に気を遣ったりしなくていいからさ! な?」
「う、うん……」
やっぱり……隆は、無理をしている。
なのに僕よりも、隆のほうが気を遣ってくれている。
めーちゃんだってそうだ。今、隆とこうやって普通に話が出来るのも、
あの時めーちゃんが、僕の背中を押してくれたからなんだ……。
ま、まずい……やっぱり、あの写真は、ばら撒かれるなんてことになっちゃいけない。
もしそうなったら、隆も、そしてめーちゃんも傷つけてしまうかもしれないんだから。
遥という子の意図が何なのか、全く分からないけれど、とにかく僕は、彼女ときちんと話をしなければならない。
逃げる訳にはいかない……。
僕は、覚悟を決めることにした――。
*
授業を終えると、僕は、めーちゃんや隆に気付かれないように、真っ先に教室を出て、そのまま屋上へと向かった。
屋上には何人かの生徒がいたが、遥という子が誰なのかは全く分からない。
「緊張する……」
唯でさえ、人付き合いが苦手なのに、この状況は、僕の気持ちを増々硬くさせてしまう。
「それしても……あの写真はどうやって撮ったんだろう。
授業中だったから、カメラなんて持ち歩いていたら、目立ってしようがないはずだし……」
と、その緊張を誤魔化すようにして、独り呟いたその時、
「――っ?!」
突然、横から誰かが僕の手を握った。
そして、手を引きつつ、そのまま屋上建屋の裏側へ向かって歩き始めた。
後ろ姿を見ると、それはどうやら女の子のようだ。
「――あ、あの……」
僕は引っ張られながら、恐る恐る声を掛けた。
すると突然、彼女は掴んでいた僕の手をパっと離して、そして、
「宮間クン! お久しぶりですぅ!」
と言いながら、クルッと回転するような仕草でこちらへと振り向いた。
見ると、それは色白でクリクリとした大きな目に、赤い縁の眼鏡を掛けた、
ポニーテールの女の子だった。
――でも、
「あ、あの……ど、どちらさまですか?」
――僕はその子に、全く見覚えがなかった……。
「えっ?! ええーー?! ひどいっ! 忘れちゃったんですかぁ??」
「わ、忘れたというか……」
「もうっ! 仕方ないなぁ! 入学式の時に会ったじゃないですかぁ!」
「に、入学式……」
「そうですよぉ! 体育館でお互いの席へ向かう途中に、私とぶつかったんですぅ!
そしたら、宮間クン、尻もちをついた私に向かって、心配そうな顔でごめんなさいって言ってからぁ、
私の手を握って、超優しく、大丈夫? って起こしてくれたんですよぉ??」
そ、そう言われれば……そんなことがあったような気も……。
だ、だけど、それで久しぶりと言われても……。
「あとあと、文化祭の時だって、私、美術部の展示を見に行ってたんですぅ!
その時、名簿に名前を書こうとしたらぁ、受付にいた宮間くんが、
超優しく、どうぞって、ボールペンを渡してくれたんですよぉ??」
「え……」
「それからぁ! 売店で私が焼きそばパンを買おうとした時に、私の前に宮間くんがいたんですぅ!
でもぉ、焼きそばパンって超人気だからぁ、宮間くんが買ったら、売り切れちゃってぇ!
それを見て私が、えぇ?! 売り切れですかぁ? って泣きそうになったらぁ、
宮間くんが、超優しく、どうぞって、私にパンを譲ってくれたんですよぉ??」
「あ、あの……」
「それから、私がぁー……」
「あのっ! ち、ちょっと、待って!!」
「は?? もーっ!! なんなんですかぁ?? せっかくいいところだったのに、止めないでくださいよぉ!!
……って、あっ!! も、もしかして!! やっと、思い出してくれたんですかぁ?! キャーキャー!!」
「い、いや……その……も、申し訳ないけど、僕はそのこと……お、覚えていないっていうか……」
「えっ?! ええっ?! そ、それって……全部ですかぁ??」
「う、うん……」
「そ、そんなっ、ひどいっ!! ひどすぎますぅ!! 私をこんなキモチにさせたくせに、全部覚えてないなんてっ!! 許せないですぅ!!」
「そ、そんなこと言われても……」
「もうっ! じゃあ、仕方ないですねっ! 覚えていてくれてたら、許そうと思ってたんですけど、
そういうことなら、本題に入っちゃいますからねっ……」
彼女はそう言うと、スカートのポケットから何かを素早く取り出して、それをピッと僕の目の前へかざした。
*
「じゃーん!!」
「……そ、それは」
彼女の手には、一枚の写真があった。
しかも、今朝手紙に入っていたのとは、別のものが……。
「宮間クンの超カッコイイ横顔だよぉー! けど、宮間クンってぇ……
いっつも見てるよねぇー、秋本クンのことぉ!!」
写真は、体育館での体育の時間に撮った物だった。
写真右端に僕の横顔が。そして、その視線の先に――隆が写っていた。
「これだけじゃないよぉー!」
そういうと彼女は、ポケットから次々と写真を取り出し、トランプのように広げて僕に見せた。
その写真のほとんどは、校庭か体育館にいる僕を撮った物だ。
そして、その全ての目線の先には、隆がいた。
「クラスが違うからぁ、教室での写真はあまり撮れなかったんですぅ。
でも、きっとぉ、教室での宮間クンはもぉーっと、秋本クンのことを見てるんでしょうねぇ!」
「ぼ、僕は……こんな……」
意識したことは無かったけど、でも、これだけの写真を見せられて、
自分が日頃、どれだけ隆のことを気にして、それが態度にまで出てしまっているのかということを、
はっきりと自覚させられてしまった。
「どうしましょうかぁ、この写真。もし、これを校内にばら撒いたらぁ、皆はどう思うんでしょうねぇ?」
彼女はおどけたように言った。だけど、その目は全く笑っていない――本気だ。
「ぼ、僕に……どうしろって言うの……?」
彼女の意図は分からないが、それでも言うことを聞くより他に、僕に選択肢は無かった。
「物分かりが早くて助かりますぅ。超簡単なんですよぉ。写真を公開されたくなかったらぁ、
宮間クンが、私の彼氏になってくれればいいんですぅ!」
「か、彼氏……」
「もちろん、分かってますよぉ。宮間クンが秋本クンにチョーラブラブってことっ!