僕達の関係
「さとくんさ……校庭で、秋本に後ろから抱きしめられた時、本当に幸せそうな顔してた。
私にはあんな顔、一度も見せたことないのにね……い、今だって――キス、したのに……」
「え……?! な、何言って……そ、そんなこと、僕は……」
「違うって言える? じゃあ、もし――もしも、今みたいに私が、秋本とキスしても、さとくんは平気なんだ?
秋本は、私のこと好きって言ったんだよ? もし違うなら、私が秋本の気持ちを受け入れて付き合っても、
さとくんは何も感じないってことだよね?」
「ち、ちょっと、待って?! そ、そんなことは――言ってないし……だ、ダメだよ、そんなの……」
「えへへ、ほらね。……さとくん、焦りすぎ。冗談なのに」
「……あっ……」
「あーあ、本当に世話がやけるなあ、昔から、さとくんって。
さとくんはさ、いつも人の気持ちを考えちゃうんだよね。人を傷つけたくないから……だから、はっきり言えない。
私、さとくんのそういう優しいところ、大好きだけど、でも……それと、同じくらい――大ッキライだからね!!」
「め、めーちゃん……」
「優しさが、人を傷つけることだってあるんだよ、さとくん。――行きなよ、もう……」
「え……?」
「だから、秋本を追いかけて行きなよって言ってるの!!
あなた達が付き合うことは、出来るか分からないけれど、
でも、さとくんが私のことを全然好きじゃないってことだけは、はっきりと伝えなきゃダメ!!
誤解されたままだったら、秋本と友達ですらいられなくなっちゃうよ?!」
「め、めーちゃん……僕……」
「いいから、行って!!」
「う、うん……ごめん、めーちゃん……あ、ありがとう……!」
そう言って、めーちゃんに頭を下げながら、
僕は隆が去った方角へ向かって、走りだした。――だけど、
「いいよ、さとくん。今は許してあげる……今だけは……」
走り際に、めーちゃんが呟いた言葉に気が付くことは、出来なかった――。
*
隆の行きそうな所。それには思い当たる場所があった。
それは、入学初日の帰り道、僕と隆、そしてめーちゃんの三人で行った小さな公園――。
同じ中学出身で、初日ということもあり、まだ特定の友人もいなかった僕らは、自然と三人で一緒に帰ることになった。
「悟、もう、入る部活決めてるのか?」
「うん……僕は、美術部に」
「さとくん、絵を描くの好きだもんね」
「俺はまた、陸上部にするよ。今度こそ、100メートル全国1位になってやる」
「というか、まずは全国大会へ出場できるかどうかじゃないの?」
「まあ、焦るな、桐野よ。俺はスロースターターなんだよ。高校からが俺の時代だ」
「ハイハイ」
「めーちゃんは、何部に入るの?」
「んー……私は、帰宅部――かな?」
「え? どうし……あっ……そ、そうだね……ご、ごめん」
「もう、さとくんったら。別に謝らなくっていいよ〜」
「桐野も大変だなあ。お袋さん、仕事で帰りが遅いから、妹さんの分も、晩飯は桐野が作ってるんだろ?」
「まぁね。でも、別に嫌じゃないし。私、料理するの好きだから」
僕達は、そんな取り留めのない会話をしながら、学校の最寄り駅までの道のりを歩いていた。その時――
「あ、さとくん、見て! 綺麗だよ」
と、めーちゃんに言われて、彼女が指さす方へ僕は目を向けた。すると、
「お、これは」
と、隆の感心するような声と同時に、僕はその光景に見入ってしまった。
それは、一見ただの小さな公園だが、そこに一本の桜の樹が生えていて、
その花びらが風に吹かれる度に桜吹雪となり、僕達とその周辺一帯を埋め尽くしていたからだった。
そして、僕達がその中へ進んでいくと、
視界の全てが花びらの風に包まれて、その一片一片が、サラサラと肌に触り始めた。
「わぁ、気持ちいい」
めーちゃんが、その感覚に身を任せるようにして、目を瞑る。
僕ら三人は、そのまましばらく、花びらのシャワーの感触を楽しんだ。
そして風が止むと、今度はハラハラと花びらが地面に落ち始める――。
「……なんだか……すごかったね」
と、僕が呟くように言うと、
「学校にも、桜の樹は沢山あったけど、こんなに綺麗に花びらが舞うような光景はなかったもんね」
と、めーちゃんが目を輝かせながら答えた。
「多分、俺らを祝福してくれたんだよ。俺が全国で1位になるのを、きっともう、この桜は知っているんだろう」
「ちょっと、なにそれ? それじゃ、私とさとくんは、全然関係ないじゃないの」
「あーそう言われりゃそうだ。ふはは」
「もう。何言ってるの、秋本」
「隆……可笑しい……」
僕らは、お互いに目を見合わせて笑った――――。
――――あれから、一年。
僕は再び、あの桜の樹の前へ立っている。
今は風も吹いていなくて、あの時のような桜吹雪も舞ってはいなかったけど、
公園の奥を覗くと、ベンチに座る一つの人影が見える。
僕はゆっくりと、その影に近づいていった。
*
近づくに連れて、やがてベンチに座っている人影も、こちらに気づき始める。
「あ――お前、ど、どうして……」
「やっぱりここだったね、隆。横……座ってもいい?」
ベンチの前まで来ると、僕は、空いているスペースに腰を下ろした。
「さっきは、驚いたよ。急にあんなこと言うんだもん……」
「す、すまなかった。本当は言うつもりはなかったんだが……我慢出来なくなっちまって……
って――そ、それより! お前、桐野はどうしたんだよ! ちゃんと話したのか??」
「話したよ……ちゃんと。怒られちゃったけどね。はっきりしろって」
と、隆の問いに、僕は苦笑いしながら答えた。
「じ、じゃあ、悟。お前、桐野に……こ、告白……出来たんだな?」
「いや、告白なんてしてないよ」
「ち、ちょっと待て! 何言ってるんだ?? じゃあ、お前、何を話したってんだよ!!」
「お、落ち着いてよ、隆。そうじゃないんだ、勘違いなんだよ……隆の」
「勘違い……?」
「そりゃ、めーちゃんとは、小さい時からずっと一緒だったし、今も昔も、めーちゃんのことは好きだよ。
だけど……それは、恋愛の対象としてとか、そういうことじゃないんだ……」
「じ、じゃあ、悟。お前、桐野のこと……」
「うん、友達だよ。幼馴染として大事な友達。だから、それ以外の特別な感情はないよ」
「……そ、それを、桐野にも……言ったのか?」
「ううん。でも、めーちゃん自身が、そのことを、隆にはっきり伝えろって言ったから……
だから、めーちゃんは、もう分かってる」
「そ、そうか……結局、俺が変な勘違いをしたせいで、色々引っ掻き回しちまったんだな」
「そうなのかな……でも、遅かれ早かれ、分かることだったんだと……思う」
そういって僕は、ベンチから桜の樹を見上げた。
「ねえ、隆。覚えてる? 入学した日の帰りに、三人でこの桜の樹を見た時のこと」
「あ、ああ。良く覚えているよ。なつかしいな。あの時は、俺達入学したてで、