僕達の関係
そしてその後ろから、さとくんも姿を現した。
「め、めーちゃん……」
頭から消えなかった、当の本人達の残像が、今度は現実の存在感を伴って意識される。
瞬間的に、どうしようもない居たたまれなさと、行き場の分からない怒りが込み上げてくる。
「……私は、な、何も知らなくて――あんた達は、ずっと前からそうやって……」
「お、おい、桐野。違うんだよ、俺は悟をいじめたりなんてしていないんだ」
「そ、そうだよ、めーちゃん。さっきは、僕が転びそうになったのを、隆が助けてくれただけなんだし……」
二人の言葉を聞いて、私はカッとなった。
「だから! そんなことじゃないよ! な、なんで本当のことを言わないのよ! なんであんた達は、そうやって隠そうとするのよ!!」
「え? な、何を言っているんだ、桐野。俺達は何も隠そうとしてなんかいないぞ」
「め、めーちゃん、何をそんなに怒っているの?」
「さとくんまで……あは、あはは。なんだか笑えてきちゃった……。
そうだよね。私なんて、あんた達からしたら、おじゃま虫みたいなものだったんだもんね……どうでもいいんだもんね」
「桐野、お前さっきから、何を言っているんだ? なんだかおかしいぞ。いじめは誤解だと、何度も言っているじゃないか」
「……分かったわよ。それなら、はっきり言ってあげる!!
さとくんと秋本、あんた達は……す、好きなんでしょ! お互いに!!」
「はぁ?!」
「えぇ?!」
「校庭で、あ、あんなところで抱きしめたりして! だ、だめじゃない! 皆に知られたら、ど、どうするつもりだったのよ……」
「め、めーちゃん、ど、どうして、それ……」
「ぷっ! ぶはははははは!! お前、本気かそれ!! 本気で言ってるのかよ!! そんな訳ねーだろ!!」
「ご、誤魔化さないでよ!! もう分かってるんだよ? 今までの二人の態度だって、そう考えたら納得がいくのよ。
秋本に声をかけられると、さとくんはいつだっておどおどと動揺して――秋本だって、私とさとくんが二人でいると、
いつも割って入ってきて、ちょっかいをかけてくるし……もう、無理しなくていいよ」
「お前なあ、悟がいつもおどおどしてるのは、デフォルトなことだろう!!
それに、俺が割って入ってたのは、そんなことじゃないんだ……」
「た、隆。その言い方、なんか傷つく……」
「もう、いいよ!! 今まで二人の邪魔してごめんね!! も、もうしないから――私」
二人と会話をするのが辛くなってきて、私は涙が溢れそうになった。
そして、それを隠すように、二人を振りきろうと校門の外へと私は駈け出した。でも――
「あ! ちょっとまて、桐野!! あーくそっ! 分かったよ! はっきり言ってやる!!
す、すまない、悟! 俺はもう誤魔化せねえ、今までは二人のことを考えて言わなかったが――もう無理だ!
お、俺は、俺は桐野が! 桐野のことが――好きなんだよ!!」
「え? た、隆……今、なんて……」
「…………」
突然の秋本の言葉と、さとくんの動揺した声を聞き、私の足は思わず止まってしまった。
*
言っちまった……。
俺から去っていこうとする、桐野の姿と、その泣きそうな顔を見た瞬間、
これまで悟の気持ちを考えて、押し殺していた気持ちのタガが、完全に外れた――。
「た、隆……めーちゃんに……今、な、なんて……?」
悟が呆然とした表情で、こっちを見ている。
「悟……すまない。お前達が、両想いだってことは分かっているよ。
だから俺は、ずっと黙っていようと思っていた。でも――
桐野のこんな表情を見て、俺だけじゃなく、お前まで誤解されちまってることを、
そのままにはできないと……いや――言い訳か。これは、言い訳だな。
本当は、俺は自分の気持ちを、桐野に伝えたかっただけなんだ……」
すると、足を止めた桐野が、こちらへ振り向いた。
「秋本……本気なの? 本気でそんなこと言ってるの? もし、ふざけてるんなら、私、許さな……」
「ふざけてなんかいねえ!! 俺だってこんなこと、冗談なんかじゃ言えねえよ!!」
桐野の言葉を遮るように、俺は衝動的に怒鳴ってしまった。
「分かってるって……お前が――桐野が、悟のことを好きなんだってことくらいはさ。
桐野と悟は両想い。でも、それをお互いにはっきりとは言えねえ。俺は、お前らを応援してるつもりだったけど――
でも、その内に、もどかしくなった……俺も、桐野が好きだったから」
「た、隆……」
「こんな裏切るような真似しちまった後で……虫がいいかも知れねえけど、それでも、俺にとって悟は、大事な友達なんだ。
だから、桐野。お前、変な誤解はするなよな。後はちゃんと二人で話し合え。そろそろ、お互いの気持ちに正直になってさ」
「秋本……」
「さっきの桐野のセリフじゃねえけど、悪かったな、おじゃま虫で! それじゃあ、頑張れよ、お前ら!! わっはっはっは!!」
そう言って笑いながら、俺はその場から一見、陽気に走りはじめた。
情けないことに、これは俺にとって、人生で初めての失恋というやつらしかった――。
*
「た、隆……」
隆が走り去っていった後に、僕とめーちゃんだけが取り残されている。
最後は明るく振舞っていたけれど、その告白は――言葉は、僕の心に重たく響いて、大きな楔となってしまっていた。
少し間を置いてから、めーちゃんが、そっと口を開いた。
「さとくん、私……半分、勘違いをしていたんだね。そのせいで、秋本のことを、傷つけた……
だ、だけど、半分は――半分は、やっぱり、間違っていないんだよね?」
めーちゃんは僕の目を真っ直ぐに見ながら、問いかけてきた。
「は、半分って……そ、その……」
僕は、そんなめーちゃんの問いに答えられずに目を逸らしながら、口ごもってしまう。
「じゃあ……はっきり聞くね。さとくんは……秋本のこと――好きなんだよね?」
逃げられない。もう、めーちゃんには分かってしまっている。
だけど……だけど僕はそれでも、素直に頷くことが出来ないでいた。
それは、めーちゃんに、自分のことを知られるのが怖いからだけじゃなくて、
めーちゃんは、もしかして――。
「そっか……やっぱり、さとくんは、優しいね」
「え?」
「さとくんは、さっき、秋本が言ったこと、気にしてるんでしょう? 桐野が、悟のことを好きなんだって、言ったこと」
「え、えっと、それは……」
「さとくん、確かめてもいい?」
めーちゃんはそう言うと、僕の目の前まで来て、顔を近づけた。――そして、
「――んんっ?!」
突然のめーちゃんの行動に、僕はパニックになりそうになったが、
それでも急いで、めーちゃんの肩に手をやり、そのまま真っ直ぐ、無理矢理つき放すようにして離れた。
「ち……ちょっと、めーちゃん! な、何をするの?!」
「やっぱり……」
「な、何が?! 何がやっぱりなの?!」
「全然違うよ。顔が」
「か、顔……?!」