僕達の関係
「ん? 何だ、悟?」
「こっちへ来て……」
そう言われ顔を近づけた隆に、さとくんは小さく耳打ちをした。
「……だ、だめ……かな?」
「ああ、いいよ。お前がそうして欲しいなら……」
そう言うと秋本は、静かにさとくんの方へと体を寄せた。
*
――花瓶に水を汲み、病室へ戻ってきた私は、さとくんのベッドの前まで来ると、
掛かっているカーテンを開けようとして、しかし、その手前で手を止めてしまった。
何故ならば、本来、カーテン越しに二つあるはずの影が、
今は重なって一つになって見えてしまっていたからだ。
その意味する所は、一つしか考えられなかった。その時、
「めーちゃん、どうしたの? 何で入らないの?」
と、後ろを歩いていた遥が尋ねた。そして、
「あ、そっか。めーちゃん、花瓶持ってるから開けられないんだもんね。
ごめん、ごめん。私、気が利かなくって」
と、いきなりシャッとカーテンを開けた。
「あっ! 遥、だ、ダメっ!! ――っ?!」
――そこに現れたのは、きつく抱き合っている男子二人の生々しい現場だった。
「っ?! み、宮間くん、秋本くん!? あ、あなた達、つ、ついに?!」
「――っ?! は、遥さん?! めーちゃん?!」
「――き、桐野?! こ、これは、だな……その……」
「い、いいのよ、全然。こ、こっちこそ、ごめんなさい。急に……。
あ、あの、だけど……こ、ここは一応、病院のベッドだし……あんまり、そういうことは……
つ、続きは、退院したら……し、してみたら、いいんじゃないかしら……?」
私が動揺して、つい変なことを言うと、
「つ、続きって何だ?! ち、違うぞ、お、俺はただ、悟を抱き締めただけで、
それ以上とか、そ、そういうことはだな!!」
「そ、そうだよ、めーちゃん!!
ぼ、僕は最後に、隆に抱き締めて欲しいって言っただけなんだ……!!」
「えっ?! そ、そうなの?! や、やだ。私てっきり……」
私は自分の勘違いに、顔を真っ赤にして俯いた。すると、
「もうー、めーちゃんったらぁ。そんな勘違いするなんて、えっちぃ!!」
と、遥が追い討ちを掛けた。
「ちょ?! や、やめてよ、遥!! ……も、元はと言えば、あんたが空気を読まないで、
いきなりカーテン開けたからでしょーが!!」
「そんなこと、しーらない。私、めーちゃんの妄想に付き合ってられませーん」
「な、なんですって?! こ、こらー、待ちなさいよ!!」
「ふ、二人とも、こ、ここは病院なんだから、は、走っちゃダメ……」
焦るさとくんを尻目に、私が逃げる遥を追い掛けると、
遥はそれを嘲るように、私の手をするりと擦り抜けた。
それを見て秋本は、ただ溜息をついている。
その後、隣で寝ていた患者が耐え兼ねて、ナースコールのボタンを押し、
看護師さんが止めに入る瞬間まで、この攻防は続いた。
我に返った私達は、看護師さんと、そして、さとくんと同室の患者さん達に、
平身低頭して謝った。
帰り際、最後にさとくんへ、お大事にの一言を残した際に、
こちらを白い目で見た看護師さんの眼差しを、私達は一生忘れることが出来ないだろうと思った。
病院を出ると、秋本は店の手伝いがあると言い、そそくさと先に帰った。
置いていかれた私達は、そのままゆっくり歩き始めた。
「めーちゃん、大丈夫?」
歩きながら、遥が心配そうに聞いてきた。
「そうね。ちょっとハシャギ過ぎちゃった」
と、私が答えると、
「違うよ。そのことじゃなくって、宮間くんのこと。
めーちゃん、本当はすっごく我慢してたでしょ……」
「え……?」
「めーちゃんって、凄く強い人だと思う。私、めーちゃんのそういうところ、
とっても、尊敬してる。……でも……それって、やっぱり凄く辛いことなんじゃないかな。
我慢して弱音を見せないで、本音を押し殺しちゃってるんだし……」
「は、遥……」
「騒いで誤魔化したつもりだろうけど、私、全部分かっちゃったよ。
だって、普段の、めーちゃんと全然違うんだもん」
「ご、ごめん。気を遣わせちゃって……」
「ううん。そんなこといいよ。それより……めーちゃん。
今はもう、誰も居ないよ。もう、我慢しなくってもいいんだよ。
私と居る時くらい、弱音見せたっていいんだからね。
ま、まぁ、そりゃあ正直、私なんかじゃ、頼り無いかも知れないけどさ、
で、でも、私だって、めーちゃんの支えになり……」
「遥!!」
「わっ! め、めーちゃ……?!」
言葉を言い終える前に、私の体は勝手に遥に抱きついてしまっていた。そして、
「うわぁーん!! 遥ぁぁぁ!!」
そのまま、まるで子供のように、泣き出した。
「うん……めーちゃん……大丈夫。めーちゃんは、一人じゃないよ。
私がいつだって、めーちゃんの傍にいるから……」
遥はそう言うと、優しく微笑んで、私の頭を撫でた。
その瞬間、私は泣き止むことが出来なくなった。
遥はそんな私を強く抱き締めると、そこから、ずっとそのままで居てくれた――。
*
――僕にとって、嬉しくも、気が重い日がやってきた。
怪我が治り、ついに登校出来ることになったのだ。
一体今、僕は学校でどんな噂をされているのだろうか。
あの新聞が掲示された直後、僕は怪我をして入院。……あまりにも目立ちすぎだ。
他人に注目されることが苦手な僕は、それを想像するだけで気が遠くなってくる。
しかし……例え、隆のことで噂されても、僕はそれをきっぱり否定する覚悟は出来ていた。
周りからどう思われても、僕の伝えるべき気持ちは、もう大切な人達に誤解されることは無いからだ。
ただ、これ以上、隆や皆に迷惑を掛ける訳にはいかない。
その為の火消しは全力でしなければならない。僕はそんな決意を胸に、通学路を歩いた。
駅を降り、学校に近づくに連れて生徒達の数が増えていく。
すると、ついに登校中のクラスメートの一人が、僕の姿に気が付いた。
「あ……あああ!! み、宮間くん! 宮間くんだ!!」
その生徒の言葉を皮切りに、周りにいた生徒達も次々と僕の方を見始めた。
何を言われても、動揺した顔は見せないぞ。
僕がそう気持ちを強く持とうとした時、
「ご、ごめんなさい! 宮間くん!! わ、私達、誤解してた!!」
と、突然生徒達が、次々に頭を下げ始め、
「まさか、あいつが……紀純が、あんな奴だったなんて!! 信じられないよね!!
本当に最低!! 宮間くん、騙されて、本当に可哀想!!」
等と、僕のことよりも、皆が紀純くんの悪口を言い始めた。
まさか、紀純くんと僕達の間で起こったことが、全部バレてしまったのだろうか。
めーちゃん達に聞いた限りでは、あれは事故ということになっているはずなのに……。
そう思い、さっきまで動揺しない等と思っていた僕の顔が、どんどん青ざめていくのが分かった。
すると、
「あいつ、宮間くんの友達のふりして、実はずっと騙してたんだってね。