僕達の関係
色々と大変なのに、めーちゃんは昔から、皆の前で辛そうな顔を見せたことがない。
「さとくんとは付き合いが長いから、こういう時楽なんだなぁ」
めーちゃんは、楽しそうに言った。
「でもさとくん。私が声をかけるだけで、牛乳パックそんなに握りつぶす程驚くなんて、
何かやましいことでもあるんじゃない〜?」
「え?! や、やましいことなんてないよ……?!」
「怪しいなー? 教えなさいよー」
「だ、だから、何もないし……そ、それより、お弁当早く食べないと、お昼休み終わっちゃうよ……?!」
「あはは、さとくん焦り過ぎ。まあいっかー。じゃあ、食べよっ」
めーちゃんの鋭さに激しく動揺しながら、僕は彼女の作ったお弁当を食べ始めた。
一見地味な煮物や、和食が中心のお弁当だったけど、味はとても美味しい。
「もし結婚したら、めーちゃんはきっといいお嫁さんになるね」
「え? そっかな? もしかして、さとくんって料理が得意な人好きだったり?」
「僕はどっちかと言うと、料理を作ったら美味しそうに食べてくれる人がいいかな。
めーちゃん程じゃないけど、僕も料理作るの好きな方だし……」
「あ……そっか。そうだよね……」
そう言っためーちゃんの表情が、一瞬だけ曇ったように見えた。
そして僕自身も、めーちゃんからは沈んだように見えていたかもしれない。
なぜなら僕にとっては、結婚なんて夢のまた夢。不可能な話だったのだから。
「美味しかった。ありがとう、めーちゃん。ごちそうさま」
「ううん。こっちこそありがとね、手伝ってもらっちゃって。そろそろ教室に戻る?」
「あ、僕はもう少しここにいるよ」
「そう。じゃあ、私先に戻るね。さとくんもチャイムに遅れないようにねっ」
「うん……」
そう言いながら、めーちゃんは早足で階段を降りていった。
僕達が、この日のお互いの表情の意味に気がつくのは、少し後になってからのことだ。
そしてその時には、もう元通りの幼馴染の関係には戻れないなんてことを、
この時の僕は、想像すらしていなかったのだった――。
*
「今日はなんだか、朝から騒がしい一日だったな」
毎朝の騒動はいつもの事として、
お昼の出来事を思い出すと、なんだか、胸の鼓動が高鳴ってしまう。
そんな事もあってか、昼休みからの僕はボーっとしっぱなしで、
選択授業で得意なはずの、美術の時間にも全く身が入らずに、
いつの間にか、最後の授業、六時限目の体育の時間になっていた。
部活でも、美術部に所属している僕は、正直言って運動が苦手だ。
しかも、今日は体力測定の日だったから、余計に憂鬱だった。
「でも……隆にとっては、自分の力を試せる楽しい時間なんだろうな。
運動をしている隆は、やっぱりカッコイイ……」
「おう、悟! 俺がなんだって??」
いつの間にか、隆が僕の側まで来ていて、急に声を掛けてきたので、僕は焦りに焦ってしまった。
「え、あっ?! た、隆?! いや! な、なんでもない!!」
(い、今の独り言、聞かれちゃったんだろうか……)
「まぁ、お前が運動苦手ってのは分かるけどさ、そんなにブルーになるなって。
お前には、一杯いいとこあるんだからよ!」
そう言うと隆は、僕の背中をちょっと強めにパンっと叩いた。
「あっ……」
その勢いで、僕はちょっとよろけて倒れそうになってしまった。すると、
「危ねえ!」
隆が後ろから、大きな腕で僕を抱きかかえるようにして支えてくれた。
「だ、大丈夫か? すまねえ……」
謝る隆の腕は、逞しくて暖かく、それでいて優しかった。
いつの間にか僕は、その心地良さに身を任せるようにして、隆の腕に手を添えてしまった。
「おい。悟? どうした?」
隆が不思議そうに聞いてくる。
だけど、僕はもう自分を誤魔化す事に従えない。
こんな気持ちにさせられてしまったら……もう。
その想いが、今、口から零れ落ちそうになる。
「隆……僕は、僕はずっと、隆に……」
「さ、悟……?」
だが、その時だった。
「ちょっと?! 何してるのよ!!」
突然、目の前で大きな声が響いた。そして、その声に驚いた僕が顔を上げた先に、
――めーちゃんがいた。
「き、桐野、い、いやこれは……」
それを見て、隆が慌てて僕から手を離す。
そういえばこの時間、僕達と同じように、女子も校庭で体力測定をする予定だったのだ。
「秋本……私、あんたはさとくんと、友達なんだと思ってたよ。
でもそんな風に、さとくんを押さえつけて苦しめて、いじめたりするなんて、私、あんたを見損なった!!」
「え? ち、違う……お、俺は悟を、いじめてなんか……!!」
「そ、そうだよ、めーちゃん。隆はそんなこと……」
だけど、めーちゃんは、僕達の言葉に耳を貸す事なく、
「さとくんも……優しすぎるよ……私……いつまでも守る側だなんて、嫌だからね……」
そう言って、走り去ってしまった。
「き、桐野!! 待ってくれ!!」
隆は狼狽を隠し切れない声で、めーちゃんの事を呼んだ。
その声に驚いた僕が、隆の顔を覗くと、隆が今までに見た事の無いような、苦渋に満ちた表情で、
めーちゃんの後ろ姿を、悲しそうに見つめていた。
*
私は動揺していた。秋本が、さとくんをいじめている……?
違う……違うよ。あれは、そんなんじゃない。
秋本が、そんなことをしないなんてこと、私だって分かっている。
なのに、どうしてあんなことを言ってしまったのか――それは、
――信じられなかったからだ……。
さとくんは、秋本に後ろから掴まれ……い、いや――抱きしめられていて、
そんな秋本の腕に……さ、さとくんは……嬉しそうに、手を添えて、
あ、ありえない……! そんなこと、ありえないはずなのに――だけど、
私は分かってしまった……小さい時から、ずっと、さとくんを見ていたから、さとくんの、その表情で――。
あんな顔は、私には見せたことがない。
あんなに切なそうで――なのに、その只中にいる事を嫌がっていなくて、
まるで、大切な物が目の前にあるのに、それが、あまりに愛おしいから、
近づくことを、ためらってしまっているかのような――。
そう……さとくんは秋本のことが、
――好きなんだ。
私は急に納得がいってしまった。
いつも秋本が来ると、不自然なくらいに動揺していたさとくんの挙動に。
そして、そんなさとくんに、いつもちょっかいを出すようにして絡んできていた、秋本の行動にも……。
じゃあ、あの二人は、ずっと。……今まで気がつかなったのは――私だけなの?
授業が終わり、ホームルームを終えて、
校門の所へ歩いてくるまで、私は自分が何をしているのか意識していなかった。
ただひたすら、同じ事が……秋本がさとくんを後ろから抱きしめている光景が、
グルグルと頭の中をループし続けていたのだ。
「桐野!」
突然の声に、私の体がビクッと反応した。
顔を上げると、目の前に秋本が立っている。