僕達の関係
「い……いい加減にしろ!! お前らーー!!」
私達が和やかな歓談ムードになりかけた瞬間、紀純の絶叫が夜の港に響き渡った。そして、
「な……何なんだ、お前らは!!
僕が必死で進めてきたことを、め、めちゃくちゃにしやがって!!
み、宮間くん……君は、絶望していたんじゃないのか?!
こ、こいつらも、学校の奴らも、君の本当の気持ちなんか、全く分からないんだぞ?!」
と、紀純は、さとくんに向かって訴えかけるように叫んだ。すると、
「確かに……今日放課後に遭ったことは、凄く辛いよ……。
今日だけじゃない……本当は、これまでだって……ずっと苦しかった……」
「――っ?! そ、そうだよ!! ……やっぱり、そうなんだろ??
な、なら……それなら!! 早くこっちへ来てくれ、宮間くん!!
僕達なら、お互いに分かり合える!! 幸せになれるんだよ!!」
紀純は、まるで懇願するような目つきで、さとくんを手招きした。
*
「ご……ごめん、紀純くん。でも……それは……出来ない」
「――っな、何だって?! ど、どうしてだよ、宮間くん?!
き……君は独りなんだぞ?! このままじゃ、ずっと孤独なままなんだぞ!!」
「ち、違うんだ、紀純くん。それは、間違ってたんだよ……僕は独りなんかじゃなかった。
僕はただ、怖がっていただけなんだ。もし、自分が誰にも受け入れてもらえなかったら、
どうしようと怯えて、それを確認する勇気が無かった。だから、目を背けていたんだよ。
でも……皆はそうじゃなかった。僕がこんなに皆を拒絶して、突き放して、
沢山、迷惑を掛けたっていうのに、心配して助けに来てくれた。
めーちゃんも、遥さんも、そして、隆も……いつもと変わらず、僕を待っていてくれたんだよ」
「さとくん……」
「……じ、じゃあ、何か……?? き、君は僕を受け入れずに、
これからも、こいつらと……こんな奴らと一緒に……??
……は、ははは、面白い冗談だな、宮間くん。
こ、こんなに笑える冗談は聞いたことが無い……。そ、そうだ……!!
これは、夢だ……ゆ、夢に決まっている!! め……目を覚まさなければ……」
そう言うと紀純は、さっきまで私の首元に当てていたナイフを、
今度は自分の首筋に当てた。
「――?! き、紀純くん?!」
「ふ、ふははは、グッモーニン!!」
紀純が、声と共に自らにナイフの切っ先を突き入れようとした時、
「き、紀純くん!! 待って!! ま、待ってくれ!! 違うよ!!
ぼ、僕は、嬉しかったんだ!! 嬉しかったんだよ!!」
同時に、さとくんの大声が響いた。その瞬間、
紀純の持つナイフの刃が、自らの首の皮を破る、そのギリギリ寸前で止まった。
「き、紀純くんが、僕を何度も抱き締めてくれた時、僕は、離れたくない気持ちになった。
だ、だって……男の子にあんなに強く抱き締められたことなんて、初めてだったから。
その時の気持ちは……きっと、僕も紀純くんと同じだったと……思う」
「え……ほ……本当かい?? み、宮間くん……それは……本当なのかい……?」
「うん……本当だよ。凄く嬉しかった……」
「……そ、それじゃあ……き、君は、僕と……」
「嬉しかった……で、でも……それは、好きとは……少しだけ違うんだ。
紀純くんの、僕に向けてくれている気持ちは、凄く伝わったよ。
とても暖かい気持ち……。だ、だから、だから……なんだ。
もし、そんな君の気持ちを受けて、僕が一時の感情に流されてしまったら、
僕は君の気持ちに答えるどころか、その純粋な気持ちを、
逆に踏みにじってしまうことになる。そう、思ったんだ」
「……み、宮間くん……」
「ぼ、僕が好きなのは……もう、皆、知っていると思うけど……
それは――隆なんだよ」
さとくんは、今度は、秋本の目を見ながら、しっかりと、
でも、普段通りの優しい声で、語りかけるように告白した。
「さ、悟……」
「そんな風に、隆のことを想ったままで、紀純くんの真剣な気持ちに答えるなんて、
それはとても、失礼なことでしょ? だから、僕は……僕は、君を受け入れることが、
どうしても出来なかったんだ……」
「……あ、ああ、あああ……――」
それを聞いた、紀純の口からは、嗚咽が漏れ始めた。
「ねえ、紀純くん。僕達は、まだ……愛されることに慣れていないんだと思う。
――そして……愛することにも……。僕達には、きっと、もう少し時間が必要なんだと思う。
もっと、時間をかけて分かり合えるような、そんな相手と巡り合えるまで……」
「……ああ、あああ……ああああああ――」
泣き崩れる紀純を見ながら、さとくんは静かに告げた。
最後は紀純にではなく、自分自身に言い聞かせるように……。
「さとくん……」
私は、さとくんにそっと近づこうとした。すると、
不意に、さとくんの肩がよろめいて、そのまま身体ごと崩れ落ちた。
「さ、さとくん?!」
全身が地面に激突する寸前、私はなんとかその身体を支えることが出来た。
しかし、その瞬間、手の平にベッタリと生温い感触が伝わってきた。
「ま、まずいぞ、桐野!! 悟の出血が酷くなってる!!」
そこに、駆け寄ってきた秋本が、さとくんの肩の傷を見て叫んだ。
「い、今、救急車を呼ぶわ!!」
それを見て、遥が急いで携帯を取り出す。
「さ、さとくん、しっかりして!! さ、さとくん……!! さとくん…………!!」
誰も居ない夜の港に、さとくんを呼ぶ私の声だけが虚しく響き渡る。
そして、深刻な状況を置き去りにしながら、時間だけがどんどん過ぎていき、
その空気を冷たく変えていった。
*
新聞部が貼り出した記事の噂は、瞬く間に学校中へと広まった。
信憑性の有無に関わり無く、人は公の媒体で活字にされてしまうと、
それを信じ込んでしまう傾向がある。週刊誌が売れる所以だ。
そして同様に、それまで信じられていたことが、
別の新しい噂によって簡単に掻き消されることも珍しくない。
「ねえ。見た? あの記事」
「ああ、あれね。なんか最低って感じ」
「私、何か変だと思ったもん。
あんなものを提供する側の方が、よっぽど怪しいっていうかさ」
「だね。でも、ほんと信じ込んじゃってた人達も、踊らされ過ぎだよね」
「そうそう。私は初めから、そんなはず無いって思ってたしさ」
それは、あっという間に広がっていき、飽きられて、再び無造作に放り捨てられるまで、
無責任に生徒達の話題を蹂躙し続けることになった。
「――これで……良かったのかな?」
「ああ。まぁ、あいつが自分でやったことだしな」
「元はと言えば、原因は私でもあるんだけど……」
「それは、反省しなさい……なんてね、嘘よ。
ってか、もう、あんまり気にしちゃだめよ。
本人だって、あんたがいつまでも落ち込んでると、逆に気にしちゃうんだから」
「水谷。俺、前に悟がこんな目に遭ったの、お前のせいだって言ったけど、
あの時は済まなかったよ。今はそんなこと思ってねえからさ。もう、気にすんなよな」