僕達の関係
同じクラスの、桐野さんと、写真部の水谷さん。それと、陸上部の――秋本くん」
「――っ?! め、めーちゃんと遥さん……そ、それに、た、隆が……?! ど、どうして?!」
「さあ。でも、大丈夫。紀純くんが、ちゃんと処理してくれるから。
罠があるんだってさ、皆を一網打尽にする為の!! さすが、紀純くんよね」
「わ、罠?! 皆に何かするつもりなの?! だ、だめだよ、そんなこと!!
や、止めさせないと!! 携帯を貸してよ。紀純くんを止めるから!!」
僕は焦って、彼女の持っている携帯を奪おうとした。すると、
「ちょっと、何するのよ?! そうは行かないわよ!!
あんた、そんなこと言って、紀純くんと話したいだけでしょ?!
あんたが全部悪いんだからね!! あんたさえ居なければ、
紀純くんは私を見てくれるんだから!! ……いい? それ以上近づかないで。
もし、近づいたら……」
そう言って、彼女は懐からカッターナイフを出した。そして、
「刺すよ!!」
と、僕に向けながら刃をキリキリと伸ばし始めた。
彼女に近づく為に扉から出たことで、僕はここが港だということに気が付いた。
そして、僕の閉じ込められていた場所は、その港の小さな倉庫の中らしいということも分かった。
目の前を見ると、彼女の持っているカッターナイフの先に、港の微かな照明の光が反射して、
ギラギラと冷たく光っている。
さっきまで、僕にはもう、居場所なんか無いと思っていた。
こんな風に刃物を突きつけられて、さっきまでの僕だったら、
それだけで、もう、どうにでもなれという感じで、
自暴自棄になってしまっていたに違いなかった。
でも……それは、楽な選択だったのだ。
めーちゃん、遥さん、そして隆。皆が僕を心配して、こんな場所にまで探しに来てくれた。
そして、その皆が、たった今、危険な目に遭おうとしている。
学校で僕のことが記事になった時、僕の全ては終わったと思った。
でも、そんな絶望は、今、ここで皆が助からないことに比べたら、なんでもないことだったのだ。
僕はただ、自分の世界に篭っていただけで、甘えていたのだ。
危険を顧みずに、今も僕を探してくれている皆がいるのに。
僕の居場所は、初めからずっと、僕の傍にあったというのに。
居場所を無くしてしまうのは。学校でのことなんか関係なかった。
むしろ、それは、今だったのだ。今、それが消えてしまうかもしれないのだ。
「……いいよ。刺したければ、刺したらいい。
でも、僕にはもう、怖がったり、絶望している暇は無いんだ。
僕は、紀純くんを止める!!」
大声で叫ぶと同時に、僕は彼女に飛びかかった。
「――っ?! なっ!!」
僕の突進に焦った彼女が、反射的にカッターナイフを持った手を伸ばした。その瞬間、
僕の肩越しをカッターが掠めて、服が破けると同時に血が噴き出した。
しかし、それに構うことなく、僕はナイフで切られた反対側の腕を伸ばして、
彼女の持っている携帯をガッチリ掴むと、無理矢理引っぺがした。すると、
「――っ?! き、きゃあああああああーーー!!!!」
その反動で、切れた肩から噴き出している血が、返り血のように彼女の顔に掛かってしまった。
彼女はその場にしゃがみ込むと、それが自らの出血だと勘違いしたのか、
激しく震えながら、自らの顔を覆って拭い始めた。
その隙に、僕は彼女から取り上げた携帯の着信履歴から、
先程掛かってきた、紀純くんの電話番号を調べると、
次にGPS機能を使って、その番号の現在位置を確認した。
「よ、よし。分かった……!!」
急いで駆け出そうとすると、
「ま、待って……」
出血は自分の物じゃないと分かった彼女が、ヨタヨタと立ち上がった。そして、
「み、宮間くん。そ、その血……」
恐らく、本当に刺す気は無かったに違いない彼女が、
僕の右肩を震えながら指差した。
「こんなの、大したことないよ……。
それより……信じてもらえないかもしれないけど、
僕は本当に、紀純くんに特別な感情は持っていないんだ。
でも……君は違うよね。君は紀純くんのことが好きなんだ。
だったら、好きな人にこんなことさせちゃ、駄目だよ」
「み……宮間くん……」
「このままじゃ、君の好きな人は遠くへ行ってしまうよ。
今の紀純くんは、自分で自分をどんどん追い詰めてしまっている。
僕には分かるんだ。彼の……彼の行き場の無い、その気持ちだけは、痛い程」
「……ご、ごめん。……ごめんなさい!! 宮間くん……!!
か、彼を……彼を、助けてあげて……!!」
「うん」
頭を下げた彼女に頷くと、僕はその場を駆け出した。
*
「ここね……」
私と遥、秋本は、さとくんが居ると思われる港に辿り着いた。しかし、
「悟はどこに連れていかれたんだろうな。詳しい場所までは分からないぞ」
と、秋本がぼやくと、
「宮間くんが隠されているとしたら、ここにある倉庫のどこかだとは思うけど……」
と、遥が辺りを見回しながら言った。
「紀純の親って、貿易関係の会社の社長さんだったわよね。
確か、KISUMI貿易とか言って……」
「そうか。じゃあ、そんな感じの文字が入っている倉庫を探せば、
悟がいる可能性が高いってことだな!!」
「きっと、いくら親が社長だからと言って、
そんなに大きな倉庫を自由に使えるとは思えないから、
割と小さ目の物を当たっていったほうが、いいんじゃないかしら?」
港自体はそれほど大きくない。
その中で的を絞れば、見つかる可能性が少しは高くなると私達は思った。しかし、
「お、おい……桐野、あれ……」
焦ったような秋本の声を聞いて、私が急いで秋本の向いてる方を見ると、
「――君達、本当にしつこいな。でも、悪いけど、これ以上は邪魔させないよ」
私達の10メートル程先に――紀純が居た。
そして、それだけ言うと、クルっと身を翻し、逃げた。
「――っな?! ま、待て!!」
それを見て秋本が、即座に追い掛けようとしたので、
「あ、秋本、ちょっと待って!!」
と、声を掛けた。そして、
「分かった」
秋本が頷くと、私達は、改めて紀純を追い掛け始めた。
紀純は、私達を撒こうとするかのように、倉庫と倉庫の間をジグザグと進む。
しかし、それでも秋本は早かった。
10メートルの距離を物ともせずに、どんどんと距離を詰めていく。
私の方は、何とか秋本に着いて行くが、遥はすでに、大分遅れてしまっている。
しかし、これ以上、遥を置いてけぼりにする訳にもいかない。
私がそう思い、足を止めようとした時、
紀純を追い掛けて、突き当たりの角を曲がりかけた所で、秋本の足も止まった。
そして、こっちを見て手招きする。
私は、遥の走ってくる様子を見て、このまま放って置いても大丈夫だと判断すると、
秋本の居る場所まで駆け寄った。
見ると紀純は、袋小路に入り込んでいる。そこから先は、完全に行き止まりだった。
「もう、逃げられないぞ」
秋本が、鋭く睨み付けながら言うと、