僕達の関係
「い、いやあ!! い、痛い!! わ、私は、何も知らないわよー!!
ただ脅されて、言われたことをやっただけなんだから……!!」
と、悲鳴に近い声を上げた。
*
「な、なんだ?! お、お前、女か?!」
俺は、そいつの付けていた黒いサングラスと帽子を引っぺがした。すると、
「あ、あなた、うちのクラスの……?!」
桐野が言うまでも無く、そいつのことは俺も知っていた。
それは今日の五時限目に、体調不良で早退したクラスメートの女子だったからだ。
「な、なんで、こいつが……」
「そうか。……やっぱり、あなただったのね……遥のカメラからSDカードを抜き取ったのは……。
きっと、写真データは後からメールか何かで紀純に送ったんだわ……」
「そういうことかよ……おい、お前!! なんでそんなことしたんだ!!
一体、悟を何処へ連れて行ったんだよ!!」
「し、知らないよ。私は言われたとおりにやってただけだし、
そ、それに、あんな誘拐みたいなことまでするなんて、思ってなかった……」
「ふ、ふざけ……」
あまりにも無責任な言葉に、俺が文句を言おうとすると、
「ふざけんじゃないわよ!!」
と、桐野が俺の言葉を制し、そのまま、
つかつかと吊るし上げられている女子の方へ向かって歩いたかと思うと、
パーーン!! と、一発、平手打ちをかました。
そのあまりの威力に女子は泣く暇も無く、
まるで蝋で固められた人形のように硬直してしまった。そして、
「さとくんが受けた痛みは、そんなものじゃないんだからね。
あなただって、本当はこんなことしたくなかったんでしょ?
もしかしたら、紀純に弱みを握られているんじゃないの?
だったら、私達に任せてよ。絶対になんとかするから。
さとくんも、あなたも両方、絶対に助けるから」
と、言うと、
その言葉を聞いた瞬間、女子は関を切ったように泣き出した。
それを見た桐野は、俺の手から女子の体を受け取り、
頭を撫でながら、優しく抱き締めて、
「大丈夫、必ず私達が助けてあげるからね。
だから、あのワゴン車の行き先を教えてもらってもいいかな?」
と、静かに聞いた。すると、
「……ひ……ひっく……く、詳しくは、知らないけど……
で、でも……み、港の方へ行くとか……ひっく……言ってた……と思う」
と、女子が泣きべそをかきつつ、小さな声で答えた。
「……ありがとう。分かったわ」
――女子に怪我(桐野の平手打ちの跡以外)は無いようだったので、
俺達は、帰りのタクシー代を渡して彼女を解放した。
そして再び、先程待たせていたタクシーへと乗り込むと、
今度は港の方へ急いで車を向かわせた。
*
目が覚めると、僕は、四方が緑色の冷たそうな鉄製の壁に囲まれた空間に居た。
電球の明かりが、ぼんやりと室内を照らしている。
さっきまで僕は、紀純くんの部屋に居て……紀純くんは、僕のことを好きだと言ってくれて、
でも……そこで、突然窓の外から隆の声がして……それで僕は……。
――そこからは、記憶が途切れてしまっている。
僕はヨタヨタと立ち上がると、前方に見える扉まで歩いた。
倉庫の広さは、大体6LDKくらいはあるだろうか。
鉄製の扉には長細いノブが付いていて、それを捻ろうとしたものの、
僕の力ではビクともしない。
窓の無い空間だったが、部屋の温度からして、まだ夜に違いないと判断した。
僕は扉の壁に耳を当てて、外の音を聞こうと試みた。
すると、その向こうから誰かの話し声が聞こえてきた。
「――どうするの……?」
「……あいつが捕まったせいで、奴らは恐らく、ここに辿りついてしまうだろう。
宮間くんの居場所がバレる前に、僕はあいつらを足止めすることにする。
片が付いたら戻ってくるから、それまで君は、ここで見張っていろ」
「わ、分かった。気をつけてね……」
――会話をしているのは二人だけだ。
一人は多分、紀純くん……もう一人は、女の子の声だった。
どこかで聞いたことがある声にも思える。誰だろう。
あの部屋で、紀純くんは……僕のことを、好きだと言ってくれた……。
僕らはきっと、お互いの気持ちを理解し合える同士なのかもしれない……でも、
だけど……やっぱり、僕は、例え、分かって貰えなくても……。
「――宮間くん、開けるよ」
紀純くんの部屋でのことを思い出し、
それでもやはり、自分の本当の気持ちに嘘をつくことは出来ない。そう思った瞬間、
鉄の壁の向こうから声がして、そして――ゆっくり扉が開き始めた。
「――っ?! き、君……」
「宮間くん、目、覚ましてたんだね。じゃあ、会話も聞こえてたんだ。
あの時以来だよね」
扉を開けたのは、僕の知っている顔だった。
さっきの会話の時の声、どこかで聞いたことがあると思ったのは、間違いではなかった。
「あの時は、悪かったわね。でも、突き飛ばされて痛かったのよ。
私は、あの水谷遥って娘から、宮間くんを助けてあげようとしただけなのに」
「ご、ごめん……で、でも、あれは、き、君達が、嫌がる遥さんの眼鏡を……」
「そうね。それは悪かったわ。
後から聞いたら、実はあの娘って、そんなに悪い娘でもないらしいものね。
まぁ、正直言うと、私ね……別に、宮間くんに突き飛ばされたことを恨んでなんかいないの。
むしろ感謝してるのよ。だって、あのことがあったおかげで、
紀純くんと一緒にいられるようになったから」
「え? そ、それって……まさか……」
「そうよ。私は紀純くんのことが好き。だから協力してるのよ。
でも……ホント言うと、そろそろ我慢の限界なの。
だって、紀純くんがこんなことをしているのは、宮間くん……あなたの為なんだもの……。
私見てたよ。部屋で、あなたと紀純くんが、何度も抱き合ってキスしてるところ。
ファーストキスの相手は私だって言うのに、彼はそんなことまるで何事も無かったみたいな顔で、
あんなに、あなたに夢中になって……」
「そ、それは……で、でも、僕が好きな人は、紀純くんじゃないし……」
「嘘つかないで! だ、だったら、なんであんなに、何度も何度も……!!」
「い、いや、だから……それは、彼が……」
彼女の剣幕に気圧されて、僕が後ずさりした瞬間、
――ピピピピピピピピピピ――
突然、携帯の着信音が鳴り響いた。
一瞬、自分の携帯かと思って焦ったが、
僕の携帯は、電源を切った状態で鞄に入れてあり、
紀純くんの部屋に置きっぱなしになっていた。すると、
「は、はい。私です!!」
と、慌てて彼女が懐から携帯を出して、電話に出た。
「え、ええ。見張っています。え? も、もう来たんですか?
わ、分かりました。大丈夫です……!! ち、ちゃんと待ってます!!」
彼女はそう言って電話を切ると、再び僕に向き直り、そしてニヤッと笑った。
*
「ねえ、宮間くん。なんかさぁ、ここに、あなたのこと心配して、友達が来ちゃってるみたいなんだよね。