僕達の関係
「言ったじゃないか、僕は君のことが好きなんだよ。
ずっと見ていたんだ。君が入学してから今日まで……」
「……そ、そんな、急に言われても……」
言いながら、しかし僕は、自分の耳たぶがどんどん赤くなっていくことを自覚した。
めーちゃんや遥さんにキスされても、こんな気持ちにはならなかった。
女の子にキスされても、何も思わない。だけど……。
「僕はね。宮間くん。今日がファーストキスなんだ。
まぁ……正確には、男の子とした始めてのキスだけどね。
それ以前には、女の子としたことがある。
勿論、それは僕がしたかった訳じゃなく、事故みたいな物だったがね。
そして、そのキスには何も感じなかった。
……なあ、宮間くん。君も……同じじゃないかい?」
「……そ、それは」
「僕達は、同じなんだよ。宮間くん。この気持ちは、誰にも理解出来ない。
――君と僕以外には」
「で、でも……ぼ、僕は……」
「秋本隆のことかい……?」
「な、なんで、それを……?
そ、そうか……やっぱり……き、紀純くんも、見たんだね。あの記事……」
「記事のこともそうだが……言っただろ? 僕は君をずっと見ていたと。
君が、桐野彩芽や水谷遥にキスされた時も見ていたんだよ。
でも、そのことに別段僕は、嫉妬なんかしなかった。
そんなことより、君がよろけて秋本隆に支えられた時の方が、何倍も悔しかったよ。
あの時君は、本当に幸せそうだったからね」
「あ、あの時、紀純くんも見ていたの……?」
*
「ああ。あの場面を、水谷遥が写真に撮っているのも見ていたよ。
水谷に困らされている時、僕は君を助けようとしたんだけど、
君は自力で水谷を改心させてしまった。あれには、さすがに驚いたよ」
「い、いや……あれは、改心させたとかじゃなくって。
遥さんは、元々悪い人じゃなかっただけで……」
「でも、結果として、君はその写真のせいで、こんなに大変な目に遭ったじゃないか。
それでも、水谷遥を未だに庇えるんだから、本当に君は心が広いよ。
僕は君のそういうところが、とても好きなんだ」
「あ、あの……もしかして、紀純くんは、僕が倒れているところに偶然居たんじゃなくて、
僕のことを探しに来てくれたの……?」
「あまり、恩着せがましいことは言いたくないけど、君のことが心配でね。
あの騒ぎの後で、君が桐野彩芽と水谷遥に連れられて行くのを見かけて、
後を着けさせてもらったんだ。そうしたら、突然、君が一人で走り出すもんだから、
探し出すのには本当に苦労したよ」
「そ、そうだったのか……ありがとう……」
「いいんだよ。それより、続きをしようじゃないか。
僕達はこれまで遠回りをし過ぎたんだ。今夜は二人でそれを取り返そう」
「……え? ち、ちょっと待って、紀純くん……!!」
「何を今更、躊躇ってるんだい? 僕達は今、お互いの気持ちを確認し合ったじゃないか。
それに、僕はすでに君の全てを見ているんだ。何も恥ずかしがる必要なんてないさ」
そう言われて、僕はここで目覚めた時に何も着ていなかったことを思い出し、
真っ赤になった。
「ふふ。可愛いな。けど、安心してくれ、宮間くん。
僕は、意識が無い状態の君を自分の物にするなんて、
そんな卑怯な真似はしないよ。まだ、君の美しい体には指一本触れていないからね」
そう言うと彼は、僕が答える間もなくいきなり体を抱き締めると、
先程と同じように、自らの口で僕の唇を塞いだ。
僕は抵抗を試みるが、しかし、それは決して嫌な気持ちだけでは無かった。
とても甘かったのだ……抗うことが難しくなるくらいに……。
これまでに感じたことの無い気持ちが、徐々に僕の気持ちをぐらつかせてしまう。
もし、今ここで抵抗して、ここから逃げて……逃げたとして……
それで僕に、一体どんな居場所があるというのだろう。
どうせ何処にも行けないのなら、いっそ……いっそのこと……
紀純くんと一緒に居る方が……そう思ったその時だった。
「おい、悟!! そこに居るのか!! 悟ー!!」
「――っ?! た、隆……?!」
窓の外から、隆の声がした瞬間、僕はハッと我に返り、紀純くんの身体を激しく振りほどいた。
そして、急いで窓のところまで走って行こうとした。その瞬間、
「宮間くん。残念だよ……本当は手荒な真似はしたく無かったんだけど。
……こうなっては仕方が無い」
背後で、紀純くんの言葉が聞こえたかと思うと、
突然、口を布のような物で塞がれ、抗うことすら出来ないままに、
僕は一瞬で、その意識を失ってしまった――。
*
俺達は、紀純の家に着くと、乗ってきたタクシーを待たせたまま、
その家の部屋に明かりが付いているのを確認し、急いでチャイムを鳴らした。
しかし、どうやら、それは機能していないらしく、全く反応が無かった為、
今度は明かりの付いている窓へ向かって、悟へ呼びかけるように大声を上げた。すると、
その声に反応したかのように、不意に部屋の明かりが消えてしまった。
「な、なんだ?! 消えたぞ!!」
俺が焦って、明かりが消えた窓の方へ行こうと塀をよじ登りかけた瞬間、
「待って、秋本!!」
と、桐野に止められた。
「ど、どうした、桐野?? い、急がないと何かヤバイぞ!!」
「しっ!! 静かに!!」
そう言うと桐野は、黙って耳をすまし始めた。
「お、おい。桐……」
数秒後、溜まりかねた俺が、再び声を掛けようとした瞬間、
「秋本!! こっちじゃないわ!! 向こうよ!! 向こうで、何か聞こえる!!
きっと、家の裏口だわ!!」
と、叫んだ。
桐野に言われ、俺達が急いで家の裏口へ周ると、
そこに一台のワゴン車が止まっていて、その開いたドアの付近に複数の人影が見えた。
そして、さらにその中に、車内へ引きずられながら押し込まれていく人の姿があった。
「あっ……あれは……!! さ、さとくんよ!! 間違いない!!」
「な、なんだと?! まじか?!」
その瞬間、俺達の存在に気が付いた複数の人影が、
その作業を強引に進めようと、悟らしき人物を車内に無理矢理押し込むと同時に、
自分達も乗り込んで、ワゴン車を発進させ始めた。
「この野郎!! 逃がすかよ!!」
俺は日頃鍛えた脚力で、一瞬にしてワゴン車までの距離を詰めると、
乗り込もうとしていた最後の一人の襟首を掴んで、引きずり倒した。
しかし、ワゴン車はそいつに構うことなく、フルスロットルで猛発進して、
俺達の前から走り去ってしまった。
「く、くそ!! ふざけやがって!!」
「ど、どうしよう?! 宮間くんが、連れていかれちゃった……!!」
水谷が泣きそうな声で叫んだ。
「こいつに吐かせる!!」
俺はその声に答えるように、先程倒した人影の襟を再び掴んで、今度は倒さず吊るし上げた。
そして、
「おい、お前!! 一体何者だ!! 悟を何処に連れて行ったんだよ!! 言え!!
黙ってたら、ただじゃおかねーぞ!!」
と、恫喝した。すると、