僕達の関係
仕方なく電話を切った次の瞬間、同時に着信のメロディが鳴り響いた。
慌てて液晶画面を見ると、そこには面識の無い番号が表示されている。
普段なら、怪しげな番号の電話には一切出ないのだが、
状況が状況だけに、そうも言ってられなかった。
俺が恐る恐る電話に出てみると、
「あっ! もしもし、秋本? 私よ、私! 桐野だけど!!」
と、突然、桐野の声がした。
「き、桐野?! 急にどうしたんだよ……っていうか、お前、携帯持ってたっけ??」
「違う、違う! これ、遥の携帯借りて掛けてるのよ……って、そんなことじゃなくって!
秋本、さとくんの居場所とか知らない??」
「悟の居場所?! や、やっぱりあいつ、なにかあったのか?!」
「やっぱりって、どういうこと?? さとくんが、家に帰ってないのよ!!
もしかして、秋本、何か知ってるの?!」
俺は商店街で悟を見かけた時の、一部始終を話した。
「なんてタイミングの悪さ……」
桐野の溜息交じりの声が聞こえる。
「タイミングって何のことだ?」
と、俺が聞くと、
「それは……会ってから話すわ。とにかく、今はさとくんを探さないと。
取り敢えず、学校で落ち合いましょう」
「分かった」
桐野が言った、タイミングとは何のことなのか。
まさか、悟が帰ってこないのは、俺に何か原因があることなのだろうか。
疑問を胸に抱えたまま、俺は急いで学校へと向かった。
*
「う……ぐぐ……」
頭が痛い。
ゆっくり視界が開かれていくと、
同時に体の感覚もはっきりとしてくる。
フワフワと柔らかい物が体を包んでいて、
正面に見える白い天井の壁から視線をそらすと、横には机や本棚が並んでいる。
どうやら、僕はベッドの中にいて、ここは見知らぬ誰かの部屋のようだった。
「――って、誰の部屋なんだ?!」
僕は架かっていた毛布を払いのけると、ベッドから飛び起きた。
さっきまで、僕はずぶ濡れで走っていて
……路地裏で力尽きて……それから……最後に誰かの声が……。
なんとか状況を把握しようと記憶を手繰り始めた瞬間、
不意にガチャっと音を立てて、部屋の扉が開いた。
僕が反射的に身構えると、
「……あ、宮間くん。目が覚めたんだね。気分はどうだい?」
「――っ?! き、君……な、なんで……?!」
扉を開けて現れたのは、紀純涼くんだった。
「なんでって……変なことを聞くね。ここは僕の部屋だよ」
「え?! ど、どうして……?! な、なんで僕が、紀純くんの部屋に……??」
「そんなに驚かないでくれよ。学校帰りに街へ寄ったら、
たまたま君がびしょ濡れになって倒れているのを見かけたから、
僕の部屋へ運んで来ただけさ」
「……は……運んで来たって……」
「そんなことより、宮間くん。その格好は寒くないかい?」
彼にそう言われた瞬間、自分の体を見ると、
僕は完全な素っ裸であることに気が付いた。
「う、うわわっ?! な、なんで?!」
あまりにも動揺し過ぎていて、
言われるまで、全く気が付いていなかったのだ。
「ははは。ずぶ濡れだったからね。風邪をひいてはいけないから、
失礼かとは思ったが、勝手に脱がさせてもらったよ。
ちなみに君の制服は洗濯中さ。代わりに替えを持って来たよ」
彼はそう言って、綺麗に折り畳んだ洋服一式を差し出した。
僕は真っ赤になりながら、急いでそれを受け取ると、ベッドの中に隠れて着替え始めた。
*
「ふふ。宮間くん、君は本当に可愛いね。それは僕のお下がりだから、
若干サイズが大きいかもしれないけど、我慢してくれ」
洋服を着終わると、僕は毛布から顔を半分だけ出して、
紀純くんを見た。
「――み、宮間くん……君はどこまで僕を萌えさせたいんだ。
そんな格好で……そんな目で、僕のことを見ないでくれ」
紀純くんが何を言っているのか、正直、言葉の意味がよく分からなかったが、
「……あ、あの……運んで来てくれたってことは……僕を助けてくれたってことだよね。
だったら、その……ありがとう……」
僕は彼に一応お礼を言った。
「いいんだよ、宮間くん。
そんなことより、家に電話でもしてみたらどうだい?
もう9時を回っているし、ご両親も心配しているだろう。
今日は僕の家に泊まることにしたらいい」
「え? で、でも……泊まるなんて、悪いよ……」
「いいのさ。宮間くんの制服はまだ乾かないし、
着替えた姿で帰ったら、ご両親も驚くだろう?
それなら、遊んでいたら遅くなったことにして、僕の家に泊まった方が自然さ」
「……う、うん。……ごめん」
僕は紀純くんの言うとおりに、家へ電話を掛けた。
連絡が遅くなったことで、少し小言を言われたが、
泊まること事態は怪しまれずに済んだ。
「これで、心配事は無くなったかな?」
彼に聞かれて、僕はこうなった原因を思い出した。
あんなことがあった後で、これから一体、僕はどんな顔をして学校へ行けばいいと言うのか。
隆と、どんな顔をして会ったらいいのか。
……そもそも……彼は……紀純くんは、あのことを、知っているのだろうか……。
「き……紀純くん……あ、あの……今日……学校で……」
「宮間くん。喉は渇いてないかい? 何か飲み物でも持ってくるよ」
「え? ……いや、あの……」
僕が何かを言う前に、彼はさっさと部屋を出てしまった。
*
一人にされて、僕はふと、冷静になって考えてみた。
僕が倒れた場所は、商店街ならまだしも、そこから大分離れた人気の無い場所だった。
でたらめに走ったせいで、僕自身、もう一度同じ場所へ行けと言われても難しいくらいに……。
にも関わらず、そんな所に紀純くんが、偶然通りかかって助けてくれた。
助けてもらっておいて、疑いたくはないけれど、それは本当に偶然なのだろうか。
彼がどうしてあの場所にいたのか。その理由を聞かないと、
僕は、なんだか落ち着かない気持ちになってきた。
すると、丁度その時、飲み物を取りに行った紀純くんが戻ってきて、部屋のドアを開けた。
思わず僕が、
「き、紀純くん。聞きたいことが、あるんだけど」
と、尋ねようとすると、
「宮間くん。ほら、レモンティだよ。温まるから」
僕の言葉を遮るように、彼はレモンティの入ったカップを僕に差し出した。
焦る気持ちを逸らされて、僕は仕方なくそれをチビチビと啜った。すると、
「ところで、宮間くん。君は好きな人とかいるのかい?」
と、逆に聞かれた。
質問が質問だけに、僕は口に入ったレモンティを吐き出しそうになった。
「ご、ごほっ、ごほっ……!! な、なんで、急に、そんな……??」
「それは勿論、宮間くんに興味があるからだよ」
「……き、興味って、言われても……」
「なあ、宮間くん。君は今まで、好きな人に振り向いてもらえたことがあるかい?
デートをしたり、一緒に甘いひと時を過ごしたことはあるのかい?」