僕達の関係
これから学校中で噂されるんだよ!! だ、誰にも分からない……僕の気持ちなんて……!!
めーちゃんだって、遥さんだって、皆、同性が好きな人じゃないじゃないか……た、隆だって……!!」
「……さ、さとくん」
「何も無いよ……もう、何も無い……だ、誰も信じられないよ……誰も……!!」
そう言った瞬間、さとくんは全速力でその場を駆け出した。しかし、
――私にはそれを追いかけることが、どうしても出来なかった。
さとくんの本心を初めて激しく吐露されて、その苦しみの深さをまざまざと見せられて、
そんなさとくんに、今の私が掛けられる言葉を見つけること等、到底出来なかったからだ。
*
帰る場所なんてない。学校にも、家にも。
僕の居場所はもうどこにもない――。
――きっと、初めから居場所なんかなかったんだ。
誤魔化して、ただ自分をはぐらかし続けて、
それで居場所があるんだと言い聞かせて来ただけ。
不意に立ち止り、僕は今までの自分を振り返った。
結局僕は、皆と自分が違うことを、認めたく無かっただけ。
それを認めることが、怖かっただけだったのだ。
苦しい……誰か助けてほしい……。
会いたい……隆に会いたい……。
僕の気持ちを映すように、空はいつの間にか曇り始め、
ポツポツと雨が降り出していた。
僕は普段、折り畳み傘を持ち歩いているが、
傘の入った鞄は部室に置いたまま。靴も上履きのままだった。
上履きのままで外を歩くことが、こんなにも落ち着かない物だと思わなかった。
場にそぐわないこの靴を、誰かに見られやしないかと心配になる。
けど……考えてみれば、これは今までの僕の生き方とそっくりなのだ。
皆と違うことが、バレやしないか。誰かに指摘されやしないか。
丸っきりこの状況そのものだった。
「はは。はははは、あはははは」
自然と涙が流れ、乾いた笑いが口からこぼれる。
びしょ濡れになりながら、僕はあても無く歩き始めた。
すれ違う通行人が奇異の目で僕を見るが、
行くあての無い僕にとって、頼るべき対象は居ないのだから、
誰にどう見られようと平気だった。
いつの間にか日も暮れかけて、僕は雨に濡れながら、トボトボと街の商店街までやって来た。
前方に、僕と同じ学校の制服を着た、二人で一つの傘をさして歩いている、
仲睦まじい男女の姿が見える。
二人は楽しげに歩きながら、店で買ったコロッケなんかを食べている。
その時、ふと男の子の持っている傘の角度が変わって、
これまで影に隠れていた二人の顔が見えた。
そして、それを見たその瞬間、僕の心に衝撃が走った。
「――た……隆……?!」
それは部活帰りの隆と、一年生のマネージャー、月代さんだったのだ。
以前にも、二人が仲良さそうにお弁当を食べている姿を見て、
ショックを受けたことがあった。
だけど、その時は、めーちゃんと遥さんが僕を二人の元へ連れて行き、
皆で一緒にお弁当を食べている内に、
隆と月代さんは恋人同士じゃないと知って安心したのだった。
しかし、考えてみればそれは不自然な話だ。
二人がいつも一緒にいるのは、体調管理の為だと言っていたが、
若い男女が、そんなことだけで四六時中一緒に過ごすなんて、
ありえないに決まっている。
以前の僕と遥さんのように何か理由があって、
強制的に一緒に過ごさざるを得ない限りは……。
二人の様子を見ていると、そんな無理やり感なんか全く無い。
「……隆はやっぱり……あの娘のこと……」
絶望感が全身を覆い尽くして、
雨に濡れた制服が何倍にも重たく感じられた、その時、
「――おーい! お前、悟だよな? おーい、悟ー!!」
隆がこちらに気が付いて、声を掛けて来た。
距離にすれば20メートル位は離れていたが、
隆も僕のことに気が付いてくれた……。
けど……だけど、もう……僕は……。
「どうしたんだよ、悟ー! ってか、お前、傘差してねーじゃんか!
こっち来いよー!!」
隆の心配する声を振り切るようにして、
僕はその場から全力で、逃げるように走り去った。
*
どれだけ走ったのか、自分の顔が濡れているのは、
雨のせいなのか、涙のせいなのか、
それすら判断できないくらいに我を忘れて走り続け、
そして――転んだ。
誰も居ない街の路地裏まで来て、僕は体力の限界に達した。
元々運動が苦手なのにも関わらず、無理矢理足を動かしたせいで、
筋肉が痙攣してしまい、立ち上がることすら出来ない。
僕はうつ伏せのまま声を出さずに泣いた。
正確には、疲労しすぎて声も出せなかった。
こんなところで、惨めに倒れて。
なんて情けないんだ。僕は。
いっそこのまま、死んでしまった方がいいのかも知れないけど、
……でも……それでも……僕は、隆のことが……。
こんな状況ですら、自分の気持ちを割り切ることが出来ない自分に、
怒りとも絶望とも付かない感情が沸いて、僕の目から再び涙が溢れた。
終わりなんだ。何をどうしたって……。
段々と意識が遠くなり始めるが、
それに抗う気力が雨に流されて、体温と一緒に奪われていく。
瞬間――僕は叫んだ。
実際は、口を微かにパクパクと動かしただけに過ぎなかったが、
それでも、その声がどこかに届くことを願うように、ただ叫んだ。すると、
「――まだ、生きていて貰わないと困るよ」
遠くから声が聴こえたような気がした。
……た、隆……? 来て……くれた……?
「君は、やっと僕の物になるのだから」
再び掛けられた声を、最後まで聴くことなく、僕の意識は泥のように崩れ落ちた。
*
「今のは、絶対に悟だ……でも、どうしたんだ……何だか様子が……」
「秋本先輩? 今のって、先輩のお友達の宮間先輩ですよね?」
いつもより部活が早く終わった為、俺とマネージャーの月代は、商店街へ寄り道をしていた。
途中で雨が降ってきて、月代が傘を忘れたと言うので、仕方なく俺の傘に入れてやった。
露店で買ったコロッケを、二人で食べながら歩いていると、
少し先に、悟らしき姿が見えた。
若干遠目ではあったが、声を掛けてみると、その反応から間違いなく悟だと確信したので、
俺が再び呼びかけると、まるで俺から逃げるように、悟は向こうへと走り去って行ってしまった。
「あいつ、何があったんだ」
「私みたく、傘を忘れちゃったんでしょうか?
でも、どうして逃げちゃったのかしら……」
何だか嫌な予感がした。
月代を家まで送った後で、俺はすぐ悟の携帯に電話を掛けてみたが、
「お掛けになった電話は、電波の届かない場所にいるか、電源が入っていない為、お繋ぎ出来ません」
との、メッセージが流れるだけだった。
時間は夜9時を回っている。
商店街で悟を見掛けたのは6時頃だから、あれからすでに3時間が経過していた。
再び電話を掛けてみても、結局、同じメッセージが流れるだけだったので、