僕達の関係
「そんなことは、いいのよ。それより今は盗まれたデータをどうにかしないと。
紀純のやつが犯人なのは間違いないのに……あれは一体なんなのよ」
紀純の変態ぶりに翻弄されて、それ以上追求できなかったが、
仮に問い質し続けたところで、きっと話は平行線を辿っていただろう。
こうなれば、そもそも紀純があのデータを使って、
これから何をしようとしているのかを考えて、先回りするしかない。
もし、あの写真を生徒達に見られたら、
さとくんと秋本は、皆の好奇の目線に晒されて、
学校生活が、めちゃめちゃになってしまうに違いない。
紀純は、さとくんのことが好きなのに、
自分の好きな人がそんなことになって、何のメリットがあるのだろうか。
写真が晒されて、さとくんが秋本への本当の気持ちを認めたとしても、
秋本がその気持ちに応えることは、難しいに違いない。
かと言って、逆に認めないで、誤解であると主張すれば、
今度は、さとくんは大勢の人の前で自分の気持ちを押し殺すことになる。
そう考えると、いずれにしても、どう転ぼうが、
精神的に、さとくんは孤独になってしまうに違いない。
「――そうか……!!」
「ど、どうしたの、めーちゃん?」
急に声を上げた私に、遥が尋ねた。
「あいつ、写真を使ってさとくんを傷つけて、弱った心の隙に付け入ろうとしているんだわ!!
学校中の生徒から好奇の目で見られているさとくんを、
同じく同性のことを好きな自分だけが受け入れることで……」
「そ、それって……あの時みたいに……」
「うん。前に、秋本とマネージャーの月代さんが仲良くしているのを意図的に見せて、
さとくんにショックを与えようとした時と同じ。それをもっと大々的にやろうとしているのよ。
……その場合……学校中の生徒に写真を見せる必要があるから……」
「……新聞部」
遥が青ざめながら言った。
「ま、まずい……!! 記事にされる前に止めないと!! 急ごう、遥!!」
――紀純の企みに思い至った私達は、急いで学校へと戻り始めた。
*
今日は久しぶりに落ち着いて、部室で絵を描いている。
美術部の部員は、僕以外全員女子だ。
1年の頃には3年の先輩がいたけれど、卒業したことで、男子は僕だけになってしまった。
しかも、残っている女子部員達は、どちらかというと部活動にあまり熱心ではない。
部活は絵を描く場所というより、殆どお喋りの場所になっているのだ。とは言え、
普段は僕に話しかけてくる訳でもないし、自分達のお喋りに夢中なので
絵を描くことに支障は無かった。
しかし、なんだか今日はその様子が違う。
彼女達の視線が、どことなく自分に集まり始めていることに気が付いたのだ。
こちらをチラチラ見ながら、ヒソヒソと噂話をしている。
最初は気にしないフリをして、作業に集中しようと試みていたのだが、
ヒソヒソ話を止める様子が全く無い女子達の視線に耐えかねて、
僕は席を立つと、休憩を取る態で、半ば逃げるようにして部室の外へ出た。
「一体何なんだろう……」
すぐに戻る気にはなれず、校内の自販機で飲み物でも買って、
どこかで時間を潰そうと廊下を歩き始めると、
通りすがりの生徒達が、部室の女子達と同じように、こちらを見てヒソヒソ話をしている。
妙な胸騒ぎを覚えつつも階段を下りて、自販機近くの昇降口まで差し掛かると、
突然ザワッっと周囲の空気が震えて、その場にいる生徒達が一斉に僕の姿を見た。
一人の女子が「ねえ、来たよ。……宮間くんって、そういう人だったんだね」と言うと、
横に居た男子も「ああ。なんとなく、そんな感じはしてたんだよ」等と、
次々に意味不明なことを言ってくる。
それに対し、僕がどう反応していいのか迷っていると、
騒いでいた内の一人が「宮間くん、あそこ……」と、掲示板のある方を指さした。
人混みを掻き分けながら、僕がやっとの思いでその場に辿り着くと、そこには、
――スクープ!! 2年A組のイケメン男子『宮間悟』くんと、陸上部のエース『秋本隆』くん熱愛!! ――
という大きな見出しと、僕が体育の時間、後ろから隆に抱き締められている写真や、
教室で、隆のことを見つめている場面等、その他、おびただしい数の写真が、仰々しく貼り出されていた。
しかも、それらの写真は全て見覚えのある物だった。
「……こ、これって……前に遥さんが撮った写真……?! な、なんで……」
彼女は本当は良い人だった筈だ。もう、こんなことをする訳が無い……!!
で、でも……それなら、この写真はどうして……?!
彼女のことを信じたい気持ちと、疑いの気持ちが交錯した、次の瞬間、
「さ、さとくん!!」
と、後ろから大きな声で名前を呼ばれた。
僕が助けを求めるように、声のした方へと振り返ると、
そこに、めーちゃんと――そして、遥さんが立っていた。
*
「遅かった……」
急いで学校へ戻った私達は、
昇降口近くの掲示板周辺に人だかりが出来ていることを確認した。
掲示板に貼り出されている物は、想像に難くない。
やられたのだ。紀純涼に。
さらに、今掲示板の目の前にいるのは……
「さ、さとくん!!」
思わず声を上げた私に反応して、さとくんがこちらの方へ向いた。そして、
顔面蒼白で今にも倒れそうになりながら、ヨタヨタと私達の方へと歩み寄ってくる。
私達も人ごみを掻き分けて、急いでさとくんの元へ駆けつけた。
「大丈夫?! さとくん?!」
私はさとくんの体を支えると、とにかくこの場を離れなければと思い、
その腕を引きながら学校を出て、人気の無い桜の木の公園まで逃げてきた。
「と、とりあえず、ここも誰が来るか分からないし、今日はこのまま帰ろう?
私達が家まで送るから……」
と、さとくんを促そうとした瞬間、そこで、さとくんが予想外の抵抗を見せた。
フラフラな体に必死で力を入れてその場を動こうとしない。
そして、俯きながら「あ、あれは前に……は、遥さんが撮った写真だよね……」
と、震える声で呟いた。
「え?! ち……違う! 違うのよ、さとくん!! あれは盗まれたの!!
遥のカメラから、誰かが写真のデータを盗んだの!!
私達はその犯人を探していて……それで……」
「み、宮間くん、ごめんなさい!!
私がすぐにあの写真を削除しなかったから、こ、こんなことに……!!」
私達がさとくんに必死で弁明すると、
「わ、分からないよ……もう……。僕はこれまで、もし、このことが誰かに知られたら、
皆に……た、隆に迷惑が掛かってしまうと思ったから、だ、だから……だから、ずっと隠してたのに。
なのに……こ、こんなことになって……」
と、言いながら、さとくんは涙を流し始めた。
「さ、さとくん、だ、大丈夫だよ。
秋本はこんなことで、さとくんのこと嫌いになったりなんか……」
と、私が言いかけると、
「な、何が、大丈夫なんだよ!! 大丈夫な訳ないじゃないか!!