僕達の関係
その日以来、男の子達からは”ゴリラ女”とか”暴力ババア”なんていうあだ名を付けられたけど、
そんなことはお構いなしに、私の毎日はとても楽しいものになった。
だって――”さとくん”と仲良くなれたから。毎日一緒に遊べたから。
今から思えば、それは初恋。
そしてその想いは、今も継続中なのだった。
*
――俺『秋本隆』は、悟と桐野、この二人と中学で知り合った。
悟とは中学三年間同じクラスで、高校へ入学しても二年間同じクラス。
俺は悟のことを親友だと思っている。
だが、桐野と同じクラスになったのは、高校二年になって初めてのことだった。
悟と桐野は幼馴染で、二人で登校することも多い。
しかし、悟のそっけない態度と、桐野の裏表のない性格から、
二人が恋愛関係にあると思っている者は、ほとんどいない。
けど中学から、二人のことをずっと見てきた俺は違う。
桐野は昔から、クラスが違っていても悟のことを気にかけて、
何かと面倒を見てきたし、家も近所だから二人で行動することは多かった。
表面には出さないが、桐野は悟に特別な感情を抱いていることは間違いないと、俺は思っている。
そして悟も、最近何か様子がおかしい。
俺が二人に話しかけると、必ずといって良いほどに、動揺した顔を見せる。
まるで、心の内側を悟られたくないかのように。
きっと悟も桐野のことを好きで、しかしそれを周りに気づかれることが怖いのだろう。
俺はそんな二人を応援してきたつもりだ。そしてこれからも、そうするつもりだ。
――つもりだったのだ。
最近の二人を見ていると、焦れったいのと同時にソワソワと心が落ち着かなくなる。
二年で桐野と同じクラスになってから、俺は何故だか桐野のことを目で追うようになっていた。
今までは別々のクラスだったから、教室にいる時は意識することも無かったし、
桐野を見かけるのは、ほとんどが悟と二人でいる所だけだった。
だが今、同じクラスになって、俺の席の左斜め前にいる桐野の横顔を改めて見つめると、
気持ちが高揚するような、それでいて、少しだけ心が痛くなるような、
安定してるんだか、不安定なんだか、自分でも分からない気持ちになる。
要するに――好きになってしまっているのだ。
選りに選って、親友の想い人である桐野を。
あってはならないことだった。親友を裏切るなんてことは、男として絶対にしてはいけない。
だから俺は……あの二人に早く結ばれてほしいのだ。
この中途半端な感情に、ケジメを付ける為に。
……この気持ちが抑えられなくなる前に。
*
僕の左斜め前の席には、隆が座っている。彼は陸上部に所属していて、
体育会系な性格な為、少し強引な所があるけれど、根はとても優しい良い人だ。
中学の時から、僕があまりクラスの人達と馴染めなくても、
いつも声を掛けてくれて、仲良くしてくれた親友。
――親友なんだ……。
4時限目が終わって昼休みに入ると、いつものように隆が声を掛けてきた。
「悟ー! 飯行こうぜ」
うちの高校では、基本的に学食か売店で、各々が自分の食べたい物を選んで食べる。
学食は、学費の中にすでに含まれているので無料。売店で売られている物も、コンビニ等と比べれば格安だ。
今日は天気が良いので、売店で惣菜パンと飲み物を買い、学校の屋上で昼食を摂ることにした。
「ここら辺にするか」
屋上出入り口建屋の裏側、太陽を背にして、少し影が掛かっている場所へ寄りかかりながら、
僕らは買ってきたパンの包装を開いて、モソモソと昼食を摂り始めた。
「なあ、悟。今朝は悪かったな。ちとふざけ過ぎた」
「い、いや、いいよ。いつものことだし」
「ははっ、そう言われりゃそうか」
隆が白い歯を見せながら、人懐っこい笑顔で笑った。
「でもよ。実際の所どうなんだ? お前って桐野のことどう思ってる?」
それまでと違い、若干真剣味を帯びた口調で隆が聞いてきたので、僕は少し動揺した。
「どうって言われても……めーちゃんは、幼馴染で大切な友達だと思ってるけど……」
「それだけか? 本当にそれだけなのか?」
少し前から隆は、僕がめーちゃんに恋愛感情を持っていると勘違いしているらしく、
色々と気に仕掛けてくれているみたいだけど、実は僕の好きな人は、今、目の前にいるなんてこと、
本人は夢にも思わないのだろうなと考えたら、凄く哀しい気持ちになった。
「そ、それだけだよ……」
「じゃあ、もし……もしも桐野に誰かが告白したり、付き合ったりしても、悟は全然平気なのか?」
「それは、めーちゃんがいいなら僕は別に……。でも……どうしてそんなことを聞くの?」
「え? い、いや、別にそういう奴がいるとか、そういうことじゃねーんだ。
そうだよな、そんなこと考えたくもねーよな。ワリぃ、今の忘れてくれ。それ、ちょっともらってもいいか??」
隆はそう言うと、僕の飲みかけの牛乳パックをサッと奪ってストローに口を付けて飲んだ。
「あ……」
「サンキュ! 俺この後ちょっと部活の奴らに用があるから、先行くぜ」
僕に牛乳を返すと、隆は急いで屋上の出入り口から階段を駆け下りていった。
残された僕が呆然としながら、手に持った牛乳に目をやると、
目の前には、隆が飲んだばかりの微かに濡れたストローが、口を開けている。
た、隆――
僕はゆっくりと、ストローに自分の唇を近づけた。
そして今まさに、ストローの先が口に付くか付かないかという瞬間、
「あ! 見つけた! さとくん、ここにいたんだ!」
「うわぁ?!」
突然横から声を掛けられて、僕は手に持っていた牛乳を強く握りつぶしてしまった。
その勢いで、噴水のように溢れ出た牛乳が、声を掛けた主に向かって降り掛かった。
「き、きゃああああ!! ちょっと、さとくん! 何するのよー!!」
「え、あ……?! め、めーちゃん?!」
「もうー!! ビショビショじゃない……どうするのよ、これ……」
目の前には、頭から牛乳を被って、額に髪の毛が貼り付いてしまっている”めーちゃん”が、
地べたにぺったりと座り込んでいた。
*
「ご、ごめん。でも、どうしてここに?」
「今日お弁当たくさん作りすぎちゃって、さとくんに手伝ってもらおうと思ったの」
めーちゃんは、ブレザーのポケットから花柄のハンカチを出して、
髪の毛についた牛乳を拭きながら、白いドット柄の赤い布に包まれた箱を差し出した。
「あ……そうだったんだ」
めーちゃんの家は母子家庭だ。
彼女には食べ物のアレルギーがあって、以前はお母さんに作ってもらっていたが、
最近はお母さんの仕事が忙しいらしく、今は自分と幼稚園に入園した妹の、二人分のお弁当を作っている。
「なんか一人だけお弁当って、ちょっと食べづらい時があってね。
皆気を使ってくれてて、変なこと言う人はいないんだけどさ」