僕達の関係
私にも同じ気持ちを向けて欲しいと思うようになっていた。
――授業が終わると、私は急いで帰り支度を始めた。
めーちゃんを待たせたくないので、私の方からめーちゃんのいるA組へ迎えに行く為だ。
鞄には愛用のカメラが入っている。写真部の部室にロッカーがあるので、
正直そこに鍵を掛けて仕舞って置いておいた方が安全だとは思うものの、
気がついた時に何時でも写真を撮れるように、常に手元に置いておきたいのだった。
そう言えば、まだ、めーちゃんの写真を撮ったことが無かったなと、
支度をしながら気が付き、今度の休日に撮らせて貰おうかな。等と考えながら、
私はふと、カメラ内のデータを確認してみた。すると、
そこに画像は無く、代わりに”SDカードが挿入されていません”という文字が表示された。
慌てて中身を確認してみると、表示通りSDカードが入っていない。
焦った私は、鞄の中や机の周辺を隈なく探してみたが、何処にもカードは見当たらなかった。
*
「も、もしかして、盗まれた……」
嫌な汗が頬を伝い始めて、私は見る見る自分の体温が低くなっていくのを自覚した。
あれには、気に入った日常の風景を始め、日々気が付いた時に撮った写真のデータが大量に入っている。
しかし、私が動揺したのはそのことでは無かった。
そんな物より、もっと大事な、
決して誰にも見せてはいけない写真のデータが入りっぱなしだったことに、激しく動揺していたのだ。
――消去するつもりだったあの写真が、誰かに手に渡ってしまった。
「ど、どうしよう……」
その場に立ち尽くして、私は動けなくなってしまった。
もし、あれが誰かに見られたりしたら、取り返しが付かないことになる。
どうして、もっと早く消去して置かなかったのか……すぐに探さなければいけない。
けど、盗難届を出すなんてことは出来ない。そんなことをしたら……。
――時間がどんどん流れていくのに、状況だけが置き去りにされていく。
焦る気持ちが空回りして、私が混乱の極みに陥りかけた時、
「遥? 何してるの?」
と、傍から声を掛けられた。
その声で私は我に返り、ビクッと肩を震わせて相手の方を見た。すると、
「いつもは、あんたがうちの教室に来るのに、今日は何だか遅いから、
私の方から来ちゃったよ。何かあったの?」
と、不思議そうな表情でこちらを見ながら近づいてくる、めーちゃんの姿があった。
「め……めーちゃん……わ、私、その……か、カメラが……で、データが……」
私が動揺して上手く説明出来ないでいると、
「ちょっと遥、あんた顔真っ青だよ? どうしたの? 何があったの??」
と、走って距離を詰めると同時に、心配そうに聞きながら、めーちゃんが私の手を握ってきた。
その瞬間、凍りついた心が氷解するかのように、
私のこれまでの緊張が一気に解けて、それが涙となって溢れ出てしまい、
「えっ?! は、遥、ちょっと?! ど、どうしたのよ??」
そんな問いかけに答えることも出来ないまま、
泣きながら我慢できずに、私は思わず、めーちゃんに抱き付いてしまっていた。
*
「どうしたの、遥? 訳を話して」
放課後、いつもなら私の教室に来るはずの遥が遅いのを心配して、
私の方から遥の教室へ迎えに行くと、遥は青白い顔をして、泣きながら私に抱きついてきた。
何かは分からないけど、尋常じゃないことが起きたのは確かだった。
私は泣いている遥を促して、人目に付かない屋上へと移動した。
「……写真が……写真のデータが……無いの……」
遥かは目に涙を溜めながら、泣くのを堪えるようにして途切れ途切れに言った。
「それは、いつも持ってるカメラのデータってこと?」
と、私が聞くと、
「……うん……でも、それは普通の写真データじゃなくて、み、宮間くんと、秋本くんの……」
遥かがそう言った瞬間に私は気が付いた。
「え? まさかそれって、秋本が後ろからさとくんを抱きしめている、あの写真?!」
「……うん。……他にも、宮間くんが秋本くんを見つめている時の写真とか、色々と……」
「ち、ちょっと、待って! ああいう写真って、もう削除したんじゃなかったの??」
「削除しようと思ってたんだけど、宮間くんの表情が良く撮れてたから、どしてもすぐに消せなくって……そ、そしたら……」
遥は、再び涙をポロポロと流しながら、顔を手で覆った。
「ほら遥。泣かないで。泣いても事態は変わらないんだから。
データが無くなったって言ったけど、それって単に、家に忘れて来たってことはないの?」
泣いている遥の背中を撫でながら、私が聞くと、
「……今朝、教室で見た時までは、SDカードは入ってたし、
中のデータも確認したから……それは無いと思う……」
「じゃあやっぱり、誰かに盗まれた可能性が高い訳ね。
ねえ、遥。カメラを教室に置きっぱなしにしてた時間分かる?」
「……それは、五時限目の体育の時間だけ……それ以外の時間カメラは傍に置いてあったから……」
「――五時限目? 五時限目って言えば……確か……」
私は思い出した。
五時限目、私のクラスA組の女子が体調不良を訴えて保健室へ行ったことを。
その時、女子と仲の良い友達の一人が付き添っていて、
結局、体調不良の女子は早退し、友達は教室へ戻ってきて最後まで授業を受けていた。
「まだ、校内にいるかもしれない……! 遥、行くよ!!」
「――え?? めーちゃん?!」
戸惑う遥の腕を引っ張りながら、私は急いで階段を下り始めた。
*
私が遥の教室へ向かった時、彼女はすでにA組の教室には居なかった。
校舎の外へ出て、顔見知りの生徒何人かに、姿を見かけなかったか尋ねると、
その内の一人が、校舎裏の方へ向かって歩いていく彼女を見たと教えてくれた。
そこで校舎裏へ向かうと、すぐに彼女の姿を見つけたのだが、
しかし、そこにはもう一人、知っている顔があった。
「め、めーちゃん、あれ……」
「……な、なんで、あいつが……紀純が居るのよ……」
彼女の横に紀純涼がいて、何やらひそひそと会話をしていたのだった。
「ど、どうする? めーちゃん?」
遥が不安げに尋ねてきた。
「どうもこうも無いわよ。どう考えたって、あいつの仕業よ。
きっと、あの娘達に保健室へ行くふりをさせて、カメラのデータを盗ませたんだわ」
私は遥の腕を引っ張ると、ズカズカと二人のいる方へ向かって歩いた。
すると、私達の姿に気が付いた二人が驚いたようにこちらを見た。
「ちょっと! あんた達何してるのよ! 盗んだデータ返しなさいよ!」
私は、単刀直入に二人へ向かって声を上げた。
その声を聞いて、女子の方は明らかに狼狽し、人目をを気にしてソワソワと辺りを見回したが、
当の紀純は、突然姿を現した私達に一瞬驚いた表情を見せたものの、
すぐに落ち着いた様子で薄ら笑いを浮かべながら、
「何を言ってるんだ。盗んだデータだって? 証拠はあるのか?」