僕達の関係
と、窓際で風を受けながら、気持ち良さそうに談笑している二人の女生徒を見つけて、
笑顔で声をかけた。
普段、女子に対して過剰に厳しい態度を見せる紀純の予想外の行動に、
薄気味悪さを感じた二人が、即座に反応出来ないでいると、
「君達、この間は随分と頑張っていたね」
と、言われ、
「……な、なんのこと?」
と、思わず一人が尋ねた。すると、
「ほら、あの日だよ。先日の開校記念日に……」
その言葉を聞いた瞬間、二人の顔色が変わった。そして、
「……紀純くん。も、もしかして、見てた……?」
と、上目遣いで尋ねた。
「ああ。君達が水谷遥から眼鏡を取り上げて、
それを宮間くんに奪い返されるまでの一部始終を拝見したよ」
「――っ?! ち、違う! あれは、私達は宮間くんを助けようと思って……!!」
それを聞いて、二人が焦ったように弁解すると、
「いや、それは分かっているんだが。それより――
確か君は中学の時、水谷遥と同級生だったそうじゃないか。
その時に水谷と付き合っていた男子が姿を消したことを、彼女のせいだと責めていただろう?」
と、言った。すると、
「……そ、そうよ! だって、彼が居なくなる前に、二人が喧嘩してたの私見たんだから!
そ、それに言っておくけど、見てたのは私だけじゃないんだからね! 他に何人もいたんだから!!
宮間くんだって、このままじゃ、あの娘に酷いことされちゃうところだったのよ!!」
女生徒は声を荒げながら抗議した。
「いやいや、そうじゃない。それは誤解なんだよ。実はその男子生徒、病気だったんだ。
海外の病院へ治療に行くから、それで彼女に別れを告げたんだよ。
だから、彼について行きたかった水谷と喧嘩になったんだ。
――残念ながら彼氏は亡くなってしまったけどね」
「――な……何言ってるの?? デタラメ言わないでよ!! 証拠あるの?!」
「帰国していた彼氏のご両親に、電話で確認したんだよ。
当時、ご両親は彼の意向で皆に本当のことを言わなかったそうだ。
クラスメートに心配を掛けたくなかったらしい。嘘だと思うなら、君も電話して聞いてみるといいよ」
と、紀純は番号の書かれたメモを女生徒へ渡した。
女生徒は無言でそれを受け取った。――しかし、どうしても、その場で電話を掛ける勇気は出せなかった。
「ちなみに君達が取り上げたあの眼鏡。実はあれは彼氏から水谷遥への最後のプレゼントだったらしい。
そうなると、むしろ悪者は水谷ではなく、君達ということになってしまうね」
紀純の言葉を聞いて、二人の顔から徐々に血の気が引き始めた。
*
「もしもこれを、学校の皆に知られたらどうなるかな。
きっと君達二人共、皆から白い目で見られることは避けられないだろうな」
「だ、だけど……あれは誰も居ない公園だったし、私達の他に見てる人なんて居なかったわ。
だから……し、証拠だって何処にも……」
と、女生徒が紀純の言葉に反論した瞬間、
「――何処にも?」
紀純は数枚の紙片を、二人だけに見える角度でかざして見せた。すると、
「――っ?!」
それを見た二人の顔は一瞬で青ざめた。
紀純が手にしていたのは、二人の女生徒が水谷遥から眼鏡を取り上げ、
土下座を強要しようしている、その最中の連続写真だった。
「この写真、新聞部の奴らに水谷遥の中学時代の”本当の情報”と一緒にリークしたらどうなると思う?
恐らくスクープということになって、掲示板に貼り出されるかもしれないね」
「――や、やめて!!」
それを聞くと、女生徒は激しく狼狽し懇願した。
「おいおい。そんな大声出したら、皆にバレてしまうよ」
「――っ?!」
そう言われ、二人は慌てて自らの口元を手で塞いだ。
「僕も、今すぐにこれを公開するつもりは無いんだよ。
君達の態度次第では、ずっと黙っていてもいいと思っている。
その代わり、少しだけ僕の頼みを聞いて欲しいんだ」
「……わ、分かった。……何でもするから……だ、だから、そんなことしないで……」
二人は紀澄に向かい、すがり付くようにして言った。
「まあ。そんなに難しいことじゃないから。
今日の五時限目、水谷遥のクラス2年C組は、体育の授業で全員教室を離れる。
その隙に、君達は体調不良で早退するか、保健室にでも行くことにしてC組へ潜り込み、
水谷の所有しているカメラから、SDカードを抜き出して来て欲しいんだよ」
「――ち、ちょっと待って! それって泥棒しろってこと……?」
「そういうことだね」
「で……でも……」
「出来ないと言うのなら、この写真を新聞部へ持って行かないといけなくなるけど」
そう言うと紀澄は、二人に向かって再び先程の写真をヒラヒラとかざして見せた。
「わ、分かった!! や、やるわ! やるから、だ、だから……」
「良かった。――大丈夫。これが終わったら、君達の写真は処分するよ」
紀純は口元に笑みを浮かべながら、
しかし、目だけは笑わずに、突き刺すような視線でそう答えた。
*
――めーちゃんと一緒に下校するのが、最近の私の習慣になっていた。
宮間くんとめーちゃんは、もう普通に話せるようになっているけど、
どうやら、宮間くんは私達に気を遣っているようで、用事があるから等と言って、
部活が無い時でも、さりげなく私達より遅れて下校したりするようになった。
あの"紀純涼"の企みから、宮間くんを救出することが出来たのは、
めーちゃんの咄嗟の行動力があったからだ。
紀純は、私達の周辺を知らないうちに嗅ぎまわっていて、
それぞれの弱みを握っているらしく、とても怖い男子だったが、
めーちゃんはそれを先回りして、間一髪のところで食い止めてしまった。
でも、それは計算高いとか、そういうことでは無く、
ただ、宮間くんを助けたいという気持ちと、ずっと一緒に過ごしてきた幼なじみ故の
直感のような物が働いて、身体が勝手に動いてしまっているように見えた。
めーちゃんは、勉強も出来てスポーツも万能だ。
だけど、母子家庭の為、妹の面倒を見なくてはならないから、
部活にも入らずに、授業が終わるとすぐに帰宅する。
かと言って、別段それを苦にしている様子は無く、
いつも明るく元気に振る舞っているクラスの人気者だった。
そこだけ見ると一見、優等生のイメージだが、
実は、何かが起きると条件反射のように身体が動いてしまう直情型人間でもあり、
良きにつけ悪しきにつけ、突発的な事態に瞬間的に反応してしまう性格なのだった。
それに対して、私は逆だった。
周囲からは、何でもありの不思議ちゃんみたいに思われているけど、
実は、いつも何か行動を起こす時は、
前もって安心できる状況を作ってからじゃないと、不安になってしまう性格なのだ。
衝動的に行動しているように見えても、本当は臆病で突発的な事態に対応することが出来ない。
そんな私はいつの間にか、めーちゃんに憧れのような気持ちを抱いていて、
めーちゃんが宮間くんに向けているのと同じように、