僕達の関係
「ああ、あれは、秋本くんじゃないか。そう言えば聞いたことがある。
最近彼は、同じ陸上部の一年生マネージャーとかなり親密な仲だと言う噂を。
……どうやら、本当だったらしいね」
「……あ……ああ……」
紀純くんの言葉が、僕の激しく乱れた気持ちに追い打ちをかけるように響いてくる。
「まあ、しかし、彼も健全な男子さ。可愛い女の子がいれば恋もする。
あの感じからして、すでに、ただ手を握り合うようなそんな淡い関係ではなさそうだ。
キスも……いや、もしかすると、もうそれ以上の……」
彼の言葉を聞きながら、僕の膝はガクガクと震えて、
その場から逃げ出したい衝動に駆られた。
だけど……気持ちに反して、足に全く力が入らない。
「あれ? 宮間くん、どうしたんだい? 顔色が悪いじゃないか。そうだ、保健室へ行くかい?」
彼はそう言うと、フラフラと倒れそうな僕の肩へ手を回し、
そして、そのまま僕を支えながら、保健室のある方へ向かおうとした。
体に力が入らない僕は、為すがままになって彼に連れて行かれそうになる。
しかし――その時だった。
「あ! さとくーん! そこで何してるの? って、秋本もいるじゃない!
丁度良かった、一緒にお昼食べようよ!」
――聞き慣れた声。それは、昔からずっと僕のそばに居て、聞くと何故だか安心するような声。
それが、その声が今――脱力して何も考えられなくなった僕の気持ちを、フワリと元の状態へと引き戻した。
「……め……めーちゃん……!!」
長い間、暗闇に閉じ込められて、やっと助けが来てくれたような、
そんな安堵感を感じて、僕は声のする方を見た。すると、
「もう! さとくん、何ボーっと突っ立てるの? 行くよ!」
と、すでに近くまで走って来ていた、めーちゃんに力強く手を握られて、
僕は皆のいる場所へ連れて行かれた。
気がつくと、そこに、めーちゃんと一緒に、遥さんも来ていて、
隆と一緒にいる女の子は、驚いたような顔をしてこっちを見ている。
さっき、あれほど衝撃を受けた二人の姿だったが、
今は戸惑いこそすれ、再び先程のようなショックを受けることはなかった。
めーちゃんが傍にいるという安心感が、僕のあらゆる感情を包み込むように支えてくれている。
すると、
「さとくん、大丈夫?」
と、そんなめーちゃんに聞かれて、
「う、うん。ありがとう、めーちゃん」
と、僕はお礼を言った。
こんな何気ないやり取りが、こんなに大切なものだったなんて、
僕は今の今まで、どうして気が付かなかったのか。
ともすると、涙が出そうになるのを必死で堪えながら、
僕は、売店で買った焼きそばパンを眺めた。
相当、力強く握りしめていたせいなのか、パンから焼きそばがグロテスクにはみ出して、
随分と不味そうな出で立ちへと変貌している。
そして、それを見て、そう言えば何故僕がここまで来たのかをふと思い出し、辺りを見渡すと、
「どうしたの、さとくん?」
と、めーちゃんが心配そうに聞いてきたので、
「ううん。なんでもない」
と、僕は自分なりに目一杯明るい声で答えながら、
焼きそばパンの袋を開いて、めーちゃんと一緒に皆の輪の中へと入っていった。
*
「ところで、桐野。その弁当食わないのか? なんで蓋を開けないんだ?」
秋本に聞かれた私は、
「え? あ、あはは。……実は、ちょっと早弁したの忘れてたって言うか」
と、誤魔化した。
「早弁って……お前。……それじゃ、ええと……確か名前……水谷だっけ。お前も早弁な訳か?」
「ま、まぁ、そんな感じですぅ」
「……なんだかな。ま、いいけどよ」
秋本は、若干むくれているようだった。
それもそうだ。折角、可愛いマネージャーと二人きりでお弁当を食べていたのに、
いきなり現れた珍入者達が、その淡い空気を一遍にぶち壊してしまったのだから。
「めーちゃん。これならお弁当、先に食べないほうが良かったんじゃない?」
と、遥が小声で聞いてきた。
「いいのよ。もしも食べないまま、この昼休み中に、さとくんが見つからなかったら、
お弁当が無駄になっちゃうところだったんだし」
と、私も周りに聞こえないように答えた。
「けど、その時は、放課後に食べれば良かったんじゃない?」
「あまり時間が経つと、体に良くないのよ。
今は春だし、温かいからバイキンだって増えやすいんだからね。
この間の開校記念日の朝、テレビ見てたら、はなまる◯ーケットで言ってたんだから」
「……なんだか、めーちゃんって、主婦みたい」
「何よ。悪い? 私、家では主婦みたいなものよ?」
と、しばらく遥と二人でヒソヒソと話していると、
「お前ら、何二人でコソコソやってるんだ? 怪しいな」
と、秋本に言われ、
「あ、怪しいって、何よ。二人でコソコソしてたのは、どちらかと言えば、秋本の方じゃない。
こんな人気の少ない場所で、可愛いマネージャーさんと、イチャイチャお弁当なんか食べちゃっ……」
と、言い返した瞬間、横にいる遥に脇腹をツンツンとつつかれた。
「な、何よ、遥。まだ何かあるの?」
と、私が聞き返すと、
「め、めーちゃん。だ、ダメよ。宮間くんがいるのに……」
と、小声で遥に窘められて、私はハッとなった。
そして、恐る恐るさとくんの様子を伺うと、
さとくんは、もそもそと焼きそばパンを食べながら、
私の視線に気がついて、恥ずかしそうに横を向いた。そして、
「あ、あの……この、焼きそばパン。強く握っちゃってたみたいで……
こ、こんなボロボロになっちゃって。で、でも、だからって……食べないのは、勿体無いし……」
と、おどおどと弁解を始めた。
そっちかい! と、私は心の中でツッコミを入れつつも、とりあえず、ホッとして、
「ううん。そんなことないよ、さとくん。私、そういうさとくん、好きだな」
と、言った。すると、
「おいおい、桐野。皆の前で告白か――」
と、秋本が私を冷やかしかけて、しかし、
最近別れた元カノということになっている遥のことを思い出し、言い淀んだ。
*
はっきり言ってややこしい。傍から見ると、私達は一体何角関係ということになるのか。
私が秋本に、どう返事をしようか迷っていると、
「もう! 違いますよぉ! 秋本くん!
私と宮間くんはぁ、付き合ってなんかいなかったんですぅ!
私バカだからぁ、本当は宮間くんにお勉強教えてもらってただけなんですよぉ。
それをちょっと冗談っぽく付き合ってるとか言ったら、
皆、勘違いしちゃってぇ、もう、ホントに迷惑って感じですー!
私の好みはぁ、言っちゃ悪いですけど、宮間くんみたいな草食系じゃなくってぇ、
もっと、筋肉ムキムキで、肉食全開MAXな人なんですぅ!!」
と、遥は言いながら、私に目配せするようにウインクした。
「そ、そうだったのか。知らなかった。……悪いな悟。俺まで勘違いしちまって」
と、秋本がさとくんに向かって謝ると、
「う……ううん。……別にいいよ。隆」
さとくんは、一瞬驚いたような顔をして、