僕達の関係
「あなたとさとくんの間に何があったのか、細かいことは分からないけど、
さとくんがあなたを庇おうとしてるなら、私がそれを妨害する訳にはいかないからね。
癪に障るけど、仕方ないから、とりあえず話くらいは聞いてあげるわ」
と、私は言った。
「宮間くんには、学校で噂になってることや、私の過去の本当の話を全部聞いてもらったの。
この前、私がそのことで、元中学の同級生の娘達に責められた時も、必死で助けてくれて……だから……」
「そっか。……でも……さとくんも、こんなこと、誰にも言わずに一人で抱え込むなんて、許せない。
その辺りのことを、さとくんとも、今度ゆっくり話さないといけないわね」
私は頬をカエルのように膨らませて、眉間にシワを寄せながら言った。
「あ、ありがと。でも、桐野さんって、何だか面白い人だね。私、正直最初は、ちょっと怖かったんだけど……」
「失礼ね。言っておくけど、水谷さんだって、相当、不敵な態度だったじゃない。
こいつ、ヤル気か。って感じがして、私もかなり警戒してたんだから。
……そう言えば、叩いちゃったのは悪かったわね。私、考えるより先に体が動いちゃう性格だから」
「いいの、自業自得だし。それに、私もそうなのかも。追い詰められると逆に強がっちゃって。
だから、皆に引かれちゃうんだよね」
「私達って、実は結構、似たもの同士だったりして」
そう言うと、再び彼女も、私も笑った。
「だけど、勘違いしないでね。私はまだ、あなたのこと完全に許した訳じゃないんだから。
あなたがしたことのケジメは、ちゃんと取ってもらうからね。さとくんと秋本の関係を元に戻さないと」
「そ、そうよね。……でも、どうやったらいいかな。秋本くんに直接釈明するのも、不自然だし。
友達が恋愛してると思えば、普通はその相手が自分の好きな人でも無い限り、むしろ応援するよね?」
「そうね。秋本は、さとくんとあなたが付き合ってると思って、実際、応援してるし。
……あの……多分知らないと思うけど、秋本って実は……私のことが、好きなのよ」
「――っえ? う、嘘でしょ?!」
「ホント。……だから、ややこしいことになっているというか……」
「そ、それって、一方通行の三角関係……」
「念の為に言っておくけど、写真部でスクープとかにしないでよね」
考えこむ水谷さんを見ながら、私がジトッとした目つきで言うと、
「し、しない! そんなこと!」
と、彼女は慌てて否定した。
「はは。冗談よ。結局……誰もお互いの方を向いていない。私達ってそういう関係なのよ……」
「……桐野さん……」
「ま、考えても仕方ないけど。とりあえず、出来ることをしなくちゃね!」
私は無理に明るい声を出して、空気を変えた。そしてある事に気がついて、
「あ、そういえばさ、今更なんだけど、水谷さん、なんだか話し方普通ね。
初めて会った時には、そんな感じじゃなかったと思うけど?」
と、聞くと、
「え、ええっと。あの話し方は、色々あって、その……本当はこっちが普通なの……」
と、少し顔を赤らめながら言った。
「ふうん。何か気になるけど、でも、さとくんはもう、その辺りのことも知ってるんだね。
良かったら、今度、私にも聞かせてね」
「う、うん!」
私は、水谷さんのことを、得体の知れない娘だとばかり思っていたので、
まさかここまで、ノーマルな性格を隠していたことは、余りにも意外だった。
*
しかし……逆に考えるなら、その演技で全校生徒が騙されている訳だから、
ある意味で、本当の不思議ちゃんよりも、凄いような気がしないでもない。
それに、話している内に、さとくんがこの娘を庇おうとしている気持ちも、なんとなく分かってきた。
この娘の不安定ぶりを見ていると、反面教師というやつなのか、
どことなく自分の方の混乱が収まっていく感じがあるのだ。
色々なことで取り乱していた自分が、この娘と話しているうちに、いつの間にか冷静になってきている。
本人は、自分が他人にそんな影響を与えているなんて、露ほどにも思っていなさそうだけど……
そう思って、水谷さんの顔をマジマジと見つめると、
「……桐野さん、どうしたの? もしかして、私の顔に何か付いて……
って、あ! ま、まさか! だ、だめだよ?! わ、私……結構、可愛いって言われることはあるけど、
じ、自分でも正直、ちょっとそう思うけど……で、でも! だからって、そういう趣味はないから!!」
「――は?? ち、違うって。私だってそんな趣味ないわよ! わ、私はさとくんのことが……
って、あー! もう、何いってんのよ! ほら、もう行くよ! 風強いし!」
ノーマルと思いきや、やっぱりこの娘、不思議ちゃんだった。
全く、何を言ってるんだか。……これじゃ、さとくんと一緒じゃないの。……一緒。
そう思った瞬間、何か得体の知れない疑念に囚われそうになって、私は慌ててその考えを胸の奥へと押し込んだ。
いつのまにか、夕焼けが出始めていて、屋上からのその眺めは、とても綺麗だった。
きっと、そんな空気に酔わされてしまっただけに違いない。
「桐野さん……あの……桐野さんのこと、めーちゃんって呼んでも……いい?」
にわかに立った、微かな心のさざ波を意識しまいとした瞬間、突然水谷さんが私に言った。
「え?? う、うん。いいけど……それじゃあ、私は遥って呼ぶね」
その感情の揺れに気づかれないように、私は努めて冷静な口調で答えた。すると、
「嬉しい! ありがとう。めーちゃん!」
と、言いながら、今度は、彼女がいきなり私の手を握ってきた。
さっき教室で握られた時は、驚きすぎていて何も感じなかったけど、
たった今触れた遥の手は、あの時とは違い、ふんわりと柔らかく、優しかった。
女の子の手って、こんなだったっけ……自分自身、女の子なのに、
私はその淡い感触にちょっと驚いて、同時に顔が熱くなるのを感じてしまった。
「どうしたの? めーちゃん。早く行こ?」
遥が私の手を引っ張り、階段の方へ向かおうとする。
考えたら、めーちゃんなんて呼ばれるのは、さとくん以外では、ひさしぶりだった。
女友達だって、どちらかというと、男っぽい私のことを、めーちゃんなんて呼ばない。
大体は、桐野か彩芽の二者択一だ。
「めーちゃん?」
まずい。呼ばないで。呼ばれるたびに耳たぶが赤く熱くなっていくのを、
最早止めることが出来なくなっている。
で、でも……そうなの? 私って……そういうことなの??
そ、そんな訳ないよね……??
すると、いいタイミングで強風が私の顔を撫でた。
その急速冷凍のおかげで、耳たぶも一時的に平温へと戻った。
「う、うん! じゃあ帰ろ! 帰り道で、今後の対策を練らないとね!」
再び耳たぶが、夕日と一緒に赤く染まる前に、私は誤魔化すようにして、
今度は自分から遥の手を引っ張りながら、急いで歩き始めた。
*
――いつも通り、俺は放課後のグラウンドで汗を流す。