僕達の関係
相手に気圧されないように、私は一気に捲し立てた。
「ふうん。宮間くんのこと、良く分かってるんだね」
それを聞いて、彼女は少し感心したように頷いたので、
「当然でしょ! 私は小さい時から、ずっと、さとくんと一緒にいたんだから!!
あなたみたいな娘とは、全然違うんだから!!」
相手の反応を見て、若干勢いづいた私が、強気な口調で答えると、
「……さすが幼馴染だね……と、言いたいとこだけど。それって、ちょっと違うかも」
と、意味ありげな言い回しで言われた。
「――っな、何が違うって言うの?? いい加減なこと言わないで……!!」
私はムッとして言い返した。
「確かに、宮間くんって、はっきり言ってちょっと頼りない感じもあるけど、
でも、それだけで、意味も無くいつまでも、誰かの言いなりになり続ける人じゃないんじゃないかな」
「……どういう意味?」
「最初は……私も同じように思ってた。私が彼を振り回してるだけだって。だけど……今は違うの。
もう、私のやってることを明らかにして、私を悪者にすることだって出来るのに、彼はそうしない。
好きな人にまで誤解されてるのに……」
「誤解……? さとくんの好きな人って……あなた、まさか」
「知ってる。だって、最初はそのことをネタにして……二人が抱き合ってる所を写真に撮って、
それを使って、彼を言いなりにさせてたんだか……」
彼女が言葉を言い終える前に、パン! と高い音がその場に鳴り響いた。
屋上にいるのは、私達だけではなかったが、それが他の人の耳に届く前に、強い風が音をかき消していた。
*
――赤くなった自分の頬よりも、落ちた眼鏡の方を心配そうに、慌てて拾いながら、
傷が付いていないかを確かめると、彼女は再び、それをかけ直した。
「いいよ別に。それで気が済むんだったら。
ただ……次に叩く時は事前に言って。もう眼鏡を落としたくないから」
「眼鏡ですって……? あなた……さとくんに、どれだけ酷いことをしているのか、
自分で言ってて何も感じてないの??」
「してしまったことに、言い訳はしないわ。
どんな理由を付けたって、やったことに変わりはないもの」
この開き直ったような発言に、私はまたカッと来て再び手を振り上げた。
すると、彼女は眼鏡を外し、再び私に向き直り、
まるで、どうぞと言わんばかりの無防備な状態で目を閉じた。
「あ、あなた…………い、一体何の……」
そんな態度に出られてしまったら、おいそれと手を出すこと等出来ない。
「…………どうしたの? もう、叩きたくないの?」
彼女は目を閉じたままで尋ねた。
「……人を暴漢魔みたいに言わないでよ。別に楽しくてやってるんじゃないわ」
「……そう。……別に、いいけど……」
彼女は目を開けて、再び眼鏡をかけた。
相手の予想外の態度に、怒りの矛先の向けどころが微妙に逸れてしまい、私は困惑した。
「あなた、どういうつもり? 何が目的なの? さとくんを脅して、私にまで近づいてきて……結局何がしたいの?」
「……さっき言おうとしたんだけど……もう、宮間くんは私に脅されてる訳じゃないの。
私は宮間くんが何をしても文句は言えないし、その結果、私がどんなことになってもいいと思ってるから」
と、彼女は私の疑問に、神妙な面持ちで答えた。そこに、ふざけている様子は無く、
かといって、演技をしているようにも見えない。だけど、
「言ってることの意味が、全然分からないわ。もう、脅されていないなら、
どうして、さとくんは未だに、あなたと付き合っているフリをしているのよ?」
どこか要領を得ない言葉に、私は苛立ちを隠さずに聞いた。
「……それは……宮間くんが、私を庇おうとしているから。
もし、付き合っているのが嘘で、私に脅されていたってことが分かったら、
私は学校中の生徒から非難されることになるから。宮間くんはそれを心配しているの……」
「そんなこと……」
言いながら、それを強く否定出来ない自分がいた。
癪に障るけど、さとくんなら、それは充分に有り得る話だと思ってしまったからだ。
「けど、それを誤魔化すだけなら簡単なの。
しばらく付き合っているフリをした後で、自然と別れたように見せればいいだけだから。
だけど……実際にはそれだけじゃだめ。宮間くんからしたら、秋本くんの前で、
一度でも誰かと付き合っていたと思われたこと自体が嫌だろうし」
と、彼女は下を向きながら話した。
「仮に……その話が本当だったとしたら、
正直、一番手っ取り早い方法は、やっぱりあなたが、
洗いざらい自身の過ちを、皆の前で打ち明けてしまうことじゃない?
私としては、それであなたがどうなろうと知ったことじゃないし、当然の報いとしか思えない。
だけど、その場合、撮った写真の内容は伏せておいてよね。
皆の前で、さとくんの好きな人は、秋本だなんて言えないんだからさ」
私は、小さくなっている彼女に向かって冷たく言い放った。
「……そうよね。それしかないよね。
私やっぱりどこかで、自分自身を庇おうとしてたのかも。
気づかないうちに、宮間くんの気持ちに甘えてしまってたのかな。
……分かった……皆の前で全部言うね。勿論、秋本くんとの写真のことは上手く誤魔化しながら。
私、誤魔化すの……得意だし……」
と、私に言われて彼女が沈んだ顔で言うと、
「ふう。やっぱり、何にも分かってないわね。あなたって」
彼女の決心を聞いて、私はあからさまに大きく溜息をつきながら言った。すると、
「え……?」
彼女は、一瞬ポカンとした表情になって顔を上げた。
*
「あのさ。そんなことしたら、さとくんが余計に苦しむじゃない。
あなた自分で、さとくんはあなたのこと心配で庇ってるって言ったのに、そんなことも分からない訳?」
と、私は両手を左右に広げ、天を仰ぎつつ、ありえないという感じのジェスチャーを交えながら言った。
「……そ、それは……」
「ま、私もあなたに聞くまで、まさか、さとくんが、そこまで考えてるなんて想像してなかったけど。
単純に振り回されてるだけだって決めつけてたし。ちなみに、あなたさっき、私がそれを言った時、
それって、ちょっと違うかもって、言ったじゃない? 正直言うと、私さっきからずっとそのことに、ムッと来てたのよ。
さとくんのことなら、私の方が一日の長があるんだからね! けど、これでちょっとは見直したでしょ?」
私は自慢げに、彼女に向かって言いつつ、
「……え、ええと……あ、あの……」
「私、結構執念深い性格なんだから。はっきり言って敵に回したら、校内一の不思議ちゃんだからって、
只じゃ済みませんことよっ?」
と、得意顔で彼女のことを、ピッと指さした。すると、
「……桐野さん……ご、ごめん。私…………クス、クスクス……」
堪え切れないといった感じで、彼女が笑い出し、
そして、そんな彼女の姿を見ながら、私も笑った。
――ひとしきり笑って、一息ついた所で、