僕達の関係
「……あのね。私、今まで宮間くんのこと散々振り回しておいて、虫がいいかも知れないけど、
これまでのことを償わせて欲しいんだ。……だから、明日学校で皆の誤解を解くね。
私がこれまでやってきたことも、全部皆に言うから……」
遥さんがそう言い終わると、同時に電車は僕の家の最寄り駅に止まった。
*
「じゃあ、宮間くん。明日学校で。……これまでのこと、本当にごめんね。――今日は助けてくれて、ありがとう……」
ドアが開くと、遥さんはそう言って手を振った。
でも――そこで僕は一瞬考えて、素早く遥さんの手を掴むと強引に引っ張った。
そして、僕に手を引かれながら遥さんがホームへ出ると同時に、電車のドアが閉じた。
「……み、宮間くん。ど、どうして……?」
僕は驚いている遥さんの顔を見ながら、
「……本当に悪いことをしたと思ってる?」
と、聞いた。
「……う、うん。……思ってる……本当に……」
「なら、今まで散々僕に言うことを聞かせて来たんだから、僕の言うことも聞いてくれる?」
「……う、うん」
「じゃあ、皆の前で本当のことなんか言わなくていいから、その代わり……条件があるんだ」
「じ、条件……?」
「それは――僕と友達になること」
「……っえ??」
「――僕、今日みたいに、こんなに自分の感情にまかせて行動したのって初めてな気がするんだ。
普段から人の顔色を伺って、怖がってばかりいたから。
でも……今日は遥さんに振り回されたおかげで、いつもだったらありえないようなことばっかりしちゃって」
「……ご、ごめんなさい……」
「ううん。そうじゃなくって、楽しかったんだよ。
遥さんって僕がどんな態度でいても先入観が無くて、全然変わらずに接してくれるから、
気が付いたら僕もあまり遠慮しなくなって来ていて、いつの間にか、それが楽しくなってしまってたんだよ」
「宮間くん……」
「それに、僕達はお互いの秘密を知ってる同士でしょ?
きっと、近くに気持ちが分かる人がいるって、一人よりも安心なんじゃないかって思うんだ。
――もちろん、嫌だったら無理になんて言わないけど……どうかな……?」
僕がそう言った瞬間、遥さんは急にうつむいて――そして……泣きだした。
「え!? い、いや、そ、そんなに嫌だったら無理しないでいいから!
べ、別に友達にならなくっても、皆には本当のこと言ったりしないでいいから……!!」
あんなことを言ったばかりで、僕はあっさりいつもの挙動不審な態度に戻ってしまった。すると、
「――なーんてねっ。嘘ですよぉー!」
泣いていた遥さんがスッと顔を上げて、ペロッと舌を出した。
「っな――?! ち、ちょっと……?!」
騙されたと思って僕が非難の声を上げようとすると、遥さんは今度はいきなりガバっと抱きついてきた。
「う、うわっ?!」
見ると、肩を細かく震わせながら、再びシクシクと泣いている。
「も、もう! さすがに僕だって、今度は騙されないからね。遥さん。……遥さん……?」
「……宮間くん……ありがとう……」
――嘘じゃない。……それは今度こそ、本当に素の遥さんだった。
*
今朝、家の前に遥さんは居なかった。
昨日まで、四六時中一緒に過ごしていたせいで、どこか物足りない感じもあったけど、
彼女との関係はこれまでとは違うのだから、安心だった。
一つだけ心配なのは、登校したら、僕と遥さんに絡んできた女生徒達と、顔を合わせるかも知れないことだ。
それに、隆とめーちゃんのことも……。
一昨日、二人が一緒に学校を休んだのは偶然なのだろうか。
遥さんとの一件が、ようやく収まったと思うことも束の間に、
段々と不安な気持ちが強くなっていくのを感じて、僕はそれを振り切るように通学路を進み始めた。
そして――学校の校門が見えるところまで来たその時、僕の足は止まってしまった。
偶然に……いや……明らかに僕が来るのを待っていたかのように、
真っ直ぐにこちらを見つめている人がいたからだ。それは――
「さとくん、おはよ!」
「――め、めーちゃ……あ、あの……」
まるで、先日の事など何も無かったかのような態度で声を掛けてきた彼女に、
僕はなんと返事をしたら良いのか分からなかった。
とは言え、いつまでも黙っている訳にも行かないので、
無理矢理に声を絞り出そうとして、僕が口を開きかけた時、
「おう、悟! 何ぼけっと突っ立ってるんだ?」
声と共に、背中を軽くハタかれた。
「う、うわあ?!」
驚きつつ、僕が振り返ると、
「おいおい。何でそんなに驚いてるんだよ?」
――隆がいた。
瞬間、胸元にピリッと小さく刺すような感覚を覚えた。
少し会えなかっただけで、まるで何ヶ月ぶりかの再開のような、懐かしさと喜び。
そして会えなかった時間に、めーちゃんと隆、一体、二人に何があったのか。
その不安感とが入り交じり、痛みとなって、胸を突いたのだった。
「あ、あの……隆、一昨日は……」
聞かずにはいられない。二人が同時に学校を休んだ理由を。
僕が、思い切って隆にそのことを尋ねようと声をかけると、
「あっ、そうか。悪い悪い。俺ら、お邪魔だったってことだな」
と、隆が僕を――と言うよりも、僕の後ろの方を見ながら言った。
「……え?」
言われて、振り返ると、
「み、宮間くん。おはよう」
遥さんが、遠慮がちに挨拶をしてきた。
「――っあ。そ、そうだよね……さとくん……ごめん」
それを見て、何故かめーちゃんまで僕に謝ると、
「そういうことだな。邪魔しちゃ悪いから行こうぜ、桐野」
隆はめーちゃんの手を引いて、さっさと昇降口の方へ歩いて行ってしまった。
「あっ! た、隆……」
焦った僕が止める暇も無く、二人はどんどんと遠ざかっていき、
そのまま校舎へ入っていくのを、僕は呆然としながら見送った。
「あ、あの……ご、ごめんなさい。私、誤解させちゃってたんだよね……」
そんな僕を見ながら、遥さんが申し訳なさそうに謝っている。
「い、いや……それは、いいんだけど……だ、だけど……」
そういうことなのだ。めーちゃんが何事も無かったかのように僕に接して来た理由は。
隆とめーちゃんは、僕と遥さんが付き合っていると思って、
それを割りきって受け入れてしまったのだ。
二人が学校を休んだ日、あの日めーちゃんだけじゃなく、隆も休んだのは、
きっと朝練中に隆がめーちゃんを見つけて、そのまま一緒に何処かへ行ったからに違いない。
そこで二人は――隆は、めーちゃんを励まして……それで……。
そう思うと僕は、どうしようもない焦燥感に苛まれていく自分を、抑えることが出来なかった。
――すると、
「宮間くん……大丈夫だよ。私、誤解を解くから」
そんな僕を見つめながら、遥さんが言った。
「――え……で、でも……」
「私が悪いんだもん。このまま宮間くんが、秋本くんに誤解されたままじゃ、
私、宮間くんに申し訳なさすぎるから」
誤解を解きたいのは勿論だけど、