僕達の関係
「ああ――いや。なんか、綺麗だよな――その……景色が」と、言った。
「うん。観覧車って、小さい頃に乗ったことがあった気はするけど、でも、あんまり覚えてないの。だから、ちょっと新鮮」
そう言って、小さく微笑んだ桐野を見て、俺はやっぱり、言いたいことは言おうと思った。
「ええとさ……」
「あの……」
だが、二人同時に話し始めてしまって、俺は焦った。
「あ、済まない。な、なんだ、桐野?」
「あの――ありがとね、秋本。今日一日付き合ってくれて……私、楽しかった」
「いや。いいよ、全然。どっちかと言えば、強引に付き合わせたのは、俺だから」
「ううん。私、秋本の言うように、ちょっと頑張りすぎてたっていうか、最近、余裕が無くなってた気がする。
だから今は――ちょっと落ち着いたっていうか、冷静になれた」
「そうか……じゃあ、色々大変なこともあったけど、今日は連れてきた甲斐があったな」
「うん――それでさ、秋本……」
「ん? な、なんだ、桐野?」
桐野が一呼吸置いて、少し躊躇うような仕草をしながら言ったので、俺も少し緊張した。
「カフェで、秋本に……お前、助けを呼んでいただろ? って聞かれて、
その時私、何を言ったのか覚えてないって言ったけど……あれ、嘘なの。
本当は覚えてたんだ。――だけど、あの時、目の前に秋本がいたのに、
私思わず、さとくんのこと呼んじゃって……だから――その……」
「ああ。いいって、そんなこと。全然気にしてねーよ――あはは」
俺は食い気味に、桐野のセリフを遮るようにして答えた。
「秋本……」
「なあ、桐野。俺はさ……前にも言ったけど、お前のことが好きだよ。
だけど、お前が悟のことを好きだってことは、今日一日で、嫌という程良く分かった」
「ご、ごめん……」
「謝るなって。別にそれは構わねえんだよ。俺にとっても悟は大切な友達だし、
その悟を好きな、桐野も……俺には大切な友達なんだからな。
だからお前は、悟を好きなお前のままでいいんだ。俺に気を使う必要はねえし、
俺に告白されたからって、重たく考えなくていい。ただ、一つだけ――許してもらいたいことがあるだけだ」
「え? な、何?」
「これからは、なんでも一人で抱え込まないで、困ったことがあったら、いつでも俺に相談しろ。
どうしようもなくなったら、その悩みを俺に少し分けてくれ。友達として」
「あ、秋本……」
「そんな顔するな。心配するなよ。もし、どうしても悟と上手く行かなかった時は、
俺がお前の面倒を見てやる。だから安心しとけ」
「もう、何それ。私、別にあんたに養ってもらいたいとか思ってないからっ」
「あはは。そう言われりゃそうか」
「本当にバカなんだから――でも、ありがとう……秋本――」
夕日の光でいっぱいに満たされた観覧車のゴンドラの中で、俺達は向い合って笑った。
*
あの後、めーちゃんは教室へは現れなかった。
そして、何故か――隆も……。
僕は結局、一日中遥さんに付きまとわれて、
教室の内外で、好奇の視線に晒され続ける一日を過ごすことになった。
彼女は放課後も、僕の家にまで着いてきて、
僕が玄関の扉を完全に閉め終わるのを確認するまで帰らなかった……。
一体、何でこんなことになってしまったのか……。
きっかけは、体育の時間に隆に抱きつかれた所を……
いや――正確には、僕が転びそうになった時、隆に支えてもらった所を、
遥さんに撮影されてしまったことが始まりだった。
これまで写真をばら撒かれない為に、そのことで、隆とめーちゃんに迷惑を掛けない為に、
遥さんの言う通りにしてきた。
だけど、逆にそのせいで、めーちゃんを傷つけてしまった気がする……。
そう思ったら、遥さんと付き合っているフリをすることは、
本当に隆や、めーちゃんに迷惑を掛けないことになるんだろうか。
結局僕は、隆に対する気持ちを皆にばらされたくないだけで、
実は自らの保身の為だけに、こんなことをしているんじゃないだろうか……。
そんなことを色々と考えながら、一日中過度なストレスに晒され続けた疲労のせいで、
僕は部屋の椅子に座ったまま、いつの間にか眠りに就いてしまっていた。
――気がつくと、窓から明るい光が差していて、
時計を見ると、いつもの起床時間を大幅に超えていた。
「まずい……遅刻する……」
学生服のまま寝てしまったので着替える必要は無く、
大慌てで部屋を出ると、そのまま玄関まで向かう。
そして、靴を履いて扉を開けて駅までダッシュしようとしたその瞬間、
「あれ……そういえば……」
ふと気が付いた。
僕は急いで鞄を開くと、その中に入っていたプリントを一枚取り出した。
学校の月刊行事の日程が書いてあるプリントだ。
見ると今日の日付の欄には、開校記念日と書いてある。
「……すっかり忘れてた。休日だ……」
思えば、ホームルームで先生がそんなことを言っていたような気がするけど、
昨日は色々なことがありすぎて、それどころでは無かったので、全然意識をしていなかったのだった。
「何やってるんだ……僕は……」
それが分かると、学生服を着ている自分が急に恥ずかしくなってきて、
僕は他人に見られる前に、急いで家の中へ戻ろうとした。すると、
「み・や・ま・く〜ん、そんな格好で何処へ行くんですかぁ?」
と、急に後ろから声を掛けられた。
だけど振り返るまでもなく、その話し方と声で誰だか分かり、僕は恐る恐る声の主の方へと顔を向けた。
「もしかしてぇ、今日が開校記念日だってこと忘れちゃってましたぁ〜?」
そこには予想通りに、しかしある意味、休日のこんな時間に僕の家の目の前に現れること自体は予想外に、
現在の悩みの元凶が、満面の笑みを浮かながら立っていた。
「遥さん……どうして此処に……」
「どうしてってぇ、宮間クンに逢いに来たに決まってるじゃないですかぁ!
折角の休日なんだからぁ、デートに行きたいんですよぉ!」
「で、デートって言われても……こんな格好だし……」
「そんなの、すぐに着替えたらいいじゃないですかぁ。いいから早く支度して下さいよぉ!」
僕はどうにかして断ろうと、頭の中で色々と言い訳を考えたのだが、
結局良い考えは浮かばずに一旦部屋へ戻り、渋々と着替えを済ませた。
*
「やっぱりぃ、宮間クンってぇ、チョーカッコイイですねっ!
そのお洋服もオシャレでチョー似合ってるしぃ!」
「そ、そんなことないよ……地味だし……」
僕が着ているのは、白いシャツと黒のジャケットに同色のジーンズという、地味な洋服だった。
あまり目立つことが好きじゃない僕は、いつもモノトーンな感じの服装ばかりだ。
「宮間クンが着たら、どんな格好でも似合っちゃいますよぉ。
むしろカッコイイからシンプルな方が素敵なんですぅ!」
「遥さんも、その服装似合ってると思うよ」
「えぇ? ホントですかぁ?? キャー!! ヤダー!!
宮間クンに褒められちゃったぁ、どーしよーっ!! キャー!!」