僕達の関係
「ははは……」
遥さんは、ピンクの花柄のワンピースに白い帽子という、意外に清楚な感じのする服装だった。
学校ではポニーテールにしている髪も下ろして、肩にかかっている。
てっきり普段は、もっと不思議ちゃん的な、奇抜な格好をしているんじゃないかと思ってたけど……。
「あ、でも……余計なことかもしれないけど、その眼鏡は外さないんだね。
その服装なら、コンタクトとかにしたほうが似合いそうな気がするな……」
いつもの赤い縁の眼鏡が、今日の遥さんの格好には少し浮いている感じがして、
僕はついそんなことを言ってしまった。すると、
「う、うん。そう……だね。本当だよね。……ごめん、宮間クン……」
遥さんは、いつもの彼女からは想像できないような、とても寂しげな顔をして静かに答えた。
「え?! い、いや、ぼ、僕の方こそごめん! そ、そういうつもりじゃなくって、
め、眼鏡も似合ってるよ。僕の勘違いだから、本当にごめん!」
そんな遥さんを見て、すっかり狼狽してしまった僕が、思わず必死で弁明を始めると、
「クス……クスクス」
遥さんが急に下を向いて、肩を揺らし始めた。
「は……遥さん?」
「あは、あははっ! もうっ、宮間クンって本当に良い人なんですねっ! 嘘ですよっ、う・そ!」
「――っ!? う、嘘?! ひ、ひどいよ遥さん!」
「あはははっ、だ、だって、可笑しいですぅ……」
遥さんは、笑いすぎて目に涙を溜めている。
「も、もう。なんて人なんだよ、遥さんは。全く……」
「えへへ、ごめんなさぁ〜いっ! でもぉ、そんな宮間クンってやっぱり素敵ですよぉ!」
そう言って顔を上げた遥さんは、いつものイタズラっぽい笑顔に戻っていた。そして、
「じゃあ、行きましょっ、宮間クンっ」
そう言いながら、僕の腕に自分の腕をグイっと絡めて歩き始めた。
「ち、ちょっと、い、行くってどこへ?」
と、僕が少し不安になって聞くと、
「それはぁ……わっかりっません〜っ!」
と、ウキウキしながら答えた。
「わ、分からないって……」
その返答に、僕は思わず脱力した。
一体彼女は何を考えているのか、それこそが僕にはさっぱり分からない。だけど、
――それにも関わらず……何故だろうか。
さっき、眼鏡の話をした時の遥さんの表情だけは、今考えても、やはり演技とは思えないのだった。
*
「だってぇ、行き先を決めない方が楽しいじゃないですかぁ。
私、今はバイトとかもしてないですしぃ、お金もあんまりないんですぅ。
でもでも、宮間クンと一緒に歩いているだけで、すっごく楽しいんですよぉ!」
「う、うん。僕もお金はあまりないから、それは助かるけど……」
そうなると、二人の行動範囲も限られてくる。
僕らが歩いて行ける所以外では、後は定期券で電車に乗れる通学路だけ。
結局、その範囲をウロウロするしかないのだった。
……でも、あんまり学校の近くへは行きたくないな。
と、僕が密かに思ったその瞬間、
「じゃあ、電車に乗りましょうよぉ、定期券で!」
と、遥さんが言い出した。
テレパシーみたい……怖いなぁ……。
当然逆らうことは出来ず、僕らは休日にも関わらず、学校へと向かうことになった。
駅を降りて、学校へ向かう通学路。その道の途中で遥さんは足を止めた。目の前には公園がある。
僕と隆、そしてめーちゃんとの、思い出の公園だった。
「宮間クン。ちょっと早いけど、ここでランチにしませんかぁ? 私、お弁当作ってきたんですぅ!」
そう言うと遥さんは、持っていたトートバッグから、可愛い動物のキャラクターがプリントされた、
カラフルなランチボックスを取り出して、僕に見せた。
二人一緒に公園のベンチに座ってボックスを開くと、中には様々な具材の挟まれたサンドウィッチが入っている。
「ほらほらっ! 宮間クンっ! 遠慮しないでいっぱい食べてねっ!」
僕は遥さんに促されるまま、恐る恐るサンドウィッチを手にとって一口食べた。
「――?! これは……」
「どう? 宮間クン?」
「お……美味しい……」
「キャー! やったー! でしょ? でしょー? ほらほらぁ、もっと食べてっ!」
「う、うん。いただきます」
遥さんの作ったサンドウィッチは、とても美味しかった。
てっきり、何か通常ではありえないような具材でも入っているんじゃないかと、危惧していたのに……。
最初に食べたのはハムとレタスとトマトのサンド。次はタマゴサンド。
ピーナッツバターや、イチゴジャムのサンド、カツサンドもあって、そのどれもが美味しい。
普段そんなに早食いではないし、勢い込んで物を食べることはないけど、今日は朝から何も食べていなくて、
その上でサンドウィッチがとても美味しかったので、どんどん食べてしまう。
「んっ?! ご、ごほ、ごほんっ!!」
「あはは、宮間クンたらぁ、飲み込むの早すぎだよぉ」
そう言いながら、遥さんは水筒を取り出し、カップに素早くお茶を入れて僕に手渡した。
みっともないと思う暇もなく、僕は遥さんの手から引ったくるようにカップを受け取ると、それをゴクゴクと飲み干した。
「はぁ……」
どうにか人心地が付いて、僕がゆっくりと息を吐くと、
「宮間クン、大丈夫?」
遥さんは心配しつつも、なんだか面白そうに僕を見ながら言った。
「あ……ご、ごめん。あ、ありがとう。なんだか恥ずかしいな……」
「ううん! なんか宮間クンの意外な一面を見たって感じぃ! 宮間クンっ、カーワイイっ!!」
「あ、あはは」
遥さんに言われて、確かに僕自身、普段ならありえないことだと思った。
どうやら僕は、遥さんのペースに巻き込まれている内に、
常に他人に対して身構えてしまう癖の部分を、いつの間にか剥がされてしまっていたらしい。
普段の僕なら気を遣って感情を隠してしまうような場面でも、
何故だか彼女の前では、その必要が無いような気持ちになる。
僕が気分のまま自然な態度を取っても、この遥さんは、そんなことを全く気にしないから、
どこか楽で居られるのかもしれなかった……。
「遥さん、君って……その……」
と、僕が彼女に話しかけようとしたその時だった。
「あれ〜? ベンチに座ってるのって、宮間くんじゃない?」
「横にいるの、宮間くんの彼女とか言われてる写真部の娘だよね?」
ハッと声の方へ目を向けると、女の子が二人、こちらに向かって歩いて来る。
そして最悪なことに、その二人は僕のクラスメートの女子生徒だった。
見られた……。
正直、逃げ出したいけど、急に移動したら変に思われそうだし……。
僕は仕方なく、二人が近づいて来るのを黙って待ち続けた。
*
「宮間くん、こんにちは」
「こ、こんにちは……」
彼女達に挨拶されると、僕はさっきまでの気分が吹き飛んでしまい、いつものように怖ず怖ずと挨拶を返した。
「宮間くん、もしかしてデート中〜?」
「あ、いや……その……」