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ダメイジェン
ダメイジェン
novelistID. 26352
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トウキョウモノフォビア

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 昨日きちんと仕舞わなかったのか、と後輩に怒ってみたりした。さして意味はないけれど。
 哀れに打ち捨てられたそれを手に取る。
 だん、だん、だん。いつものように弄んでみた。
 いつもと違うのは、他のメンバーがコートに存在しないだけ。
 それだけ、なんだけどな。
 押し寄せてくるのは、不安と拒絶だけ。
 正直に言ってしまえば、私の精神はそろそろ限界だったのだ。
 とにかく、誰でもいい。
 人間に、逢いたかった。温もりを、感じたかった。
 もう、《孤独》には、耐えられない。
「誰か、助けてよ……」
 それは、十年以来の《弱音》だった。
 私は弱音を吐かない、吐かないようにしている。自分を、律している。
 しかし。
 つうっ、と一筋の涙が頬をつたった。
「あ――」
 その場にぺたんと、座り込んでしまう。
 今までの私は、どんなことで泣いてきたのだったか。
 心残り、悔恨、口惜しさ。
 少なくともそんなようなことでしか、袖を絞ったことはない。
 なんと薄情な娘であろうか。
 私は、今更ながら自分の《冷たさ》を、心から恥じた。
 お母さん、父さん、ごめんなさい。
 こんな娘で、ごめんなさい。
 そう、私はメランコリニスト。駄目なヤツなのだ、私は。
 思えば昔からそうだった。
 他より少し秀でていた運動神経、他より少し劣っていた頭脳。
 ごく普通に、私はスポーツに走った。
 先生はいつも言う、《これでほんの少し勉強のほうにも手を回せたらいいのになあ。勉強、してるか?》、と。
 そのたびに、自己嫌悪に駆られる。
 運動しか取り柄のない私。他には何も出来ない私。
 どんどん、心のヘドロに塗り潰される、押し潰される。
 けれど、部活にも学校にも行かなきゃならない。
 そのことが、また私を苦しめる。自然に、《仮面》を必要とするようになる。デキる『誰か』と、冴えない『私』。
 最初は良かった、最初は。
 ぐらぐらと、バランスが崩れてきて。
 気付いたら、一寸先は《病み》だった。友達、家族、旧友……誰と会っても、彼らの笑顔が、単純に怖かった。
 眩しいものが嫌いになって、鮮やかなものが嫌いになって。《天の邪鬼》と云われたっていい。弱い私は、どうすることも出来ないのだから。
 人はみんな、心のどこかに『病み』を抱えて生きている。それをどう小さく、狭く、少なくしていくかが大事なのだ。
 黒い部分をなくすのは、はっきり言わせてもらえば――不可能だ。次々と、ストレスの原因は群れをなして襲ってくる。まるで獲物を見つけたハイエナのように。
 それとどう上手く付き合っていくか、そうでなければ私のように――潰れてしまう。
 しくしく、しくしく。寂しい嗚咽が、廊下に静寂を織り込んで流れた。
 他の人も、こんな《裏の顔》を持っているのかな。それとも私だけ?
 こんなに苦しんでいるのは、私だけ。
 みんな、能天気にけらけら笑っているだけでいいのに、私は一人で疲れてる。

「……違うよ」

 はっとした。私自身の、無意識からくる声に。
「それは、違う!」
 心の叫びが、魂の叫びが、誰もいない廊下を、心地良く吹き抜けていく。
 そうだ、この世で私が汚れていくなんてことは、とてもじゃないがありえない。
 何を勘違いしていたのか、何を思い上がっていたのか。
 迷惑もいいところである、まったく。
 どうして私のような小娘が、渋面でせかせかと忙しそうに街を小走りで行ったり来たりするサラリーマンより大変だなんて、そんなのはおかしいことくらい分からないものか。
 自分が自分でなくなった、そんな気がした。
「結局、私が悪かったのかよ……」
 自然、口調も乱暴になって。
 少し、自暴自棄のような勢いに呑まれた。
 なにか、爽快な気分になるようなことがしたい。
 やっと、やっと『私』の本質に辿りつけたのだ、《歓喜》以外の何物でも表せない。
 と。

「――迷える仔羊よ、我に接見出来たこと、感謝するがいい」

 荘厳な口上が、白い街に響いた。
 人間、だ。
 私は一瞬自分の耳を疑って、それからさらなる喜びがどうどうと押し寄せてくるのを感じていた。
「――なんて。今どき古臭かったかな?」
 期待をのせて勢いよく視点を変えた私の瞳には、金髪の幼い男の子が映った。
「やあ、《僕》は神様。セカイを、創った」
 にっこりと彼は微笑む。キリスト教の牧師さんが着ているような白いガウンをゆるやかに纏って、首には金の輪がこれまたゆったりとついている。
 スピリチュアル、一言で言えばそう。
 侵してはいけない領域のような、清々しさがそこにはあった。
 ひょっとすると、この『朝』――気持ち良い鮮やかさに彩られた、この白き街とは対照的な朝は、彼の所為によるところもあるのかもしれない。
 私は、どうしてだか分からないけれど、とにかく勢いよく立ちあがった。今振り返れば、ただ単にテンションが上がっていたんだと思う。
「《僕》のことはまあ、そうだな……」
 一呼吸置いて、
「《鴻池》、とでも呼んでくれ」
 彼――鴻池は、嬉しそうに言った。まるで、今まで誰かに呼んでもらうなんてことがなかったみたいに。
「はじめに言っておくよ――ここは、というかキミは……まだベッドの中だ。幸せそうな寝息をたてていて、しばらくは起きる気配がない。これはキミの頭の中で起きていることであり、まさしく夢でもなく現実でもないのだ。《曖昧》という言葉は、嫌いかな?」
「意味が、分からないよ」
「つまり、」
 と、鴻池は静かに語り始めた。
「ここはキミの《心内環境》の、つまりは投影さ。一種の適応規制のようなものだ。現実のキミはぐっすり眠っているし、これは現実なんて確固たるモノでもない。キミの脳が魅せている幻想なんだよ? だから何も怖がることはないし、《僕》は一体どうしてキミが不思議そうにしているのか、解りかねるね」
 本当に不服そうな表情で、目の前の少年はそう結んだ。
「このセカイはキミの動揺によって生じるんだ、そういうふうに出来ているのさ。どんなことでもいい、キミが衝撃を受けたような、そんな経験を、近いうちにしたりしてないかな? 《僕》は、それが知りたい」
 思案してみる、けれど心当たりなんてありやしない。
 何一つ、ここ数日で心が動いたことなんて――。
「……無い、ようだね」
 ひどく傷ついたように、彼はぼそぼそと呟いた。
 ない、ないよ。
 朝ご飯が用意されてなかったこと? それが、この《現象》の予兆だったこと? 私の勘、しかも悪い勘が冴えてたこと?
 どれをとっても、とるに足りない。
「キミは、泣いていたよ」
 え……?
「このセカイの天候は面白いものでね、神である《僕》ですら自由が利かないのさ。どうしてだと思う?」
 当然、私は首を横に振った。
「キミの、感情がそのまま空に出るんだ。ここ最近は雨だった、どしゃぶりだよ」
 苦笑しながら、彼が言った。
 どしゃぶりの、雨。
 なんともこの街には不釣り合いな、それは響きだった。
 と。
「痛っ……」
 突然頭がずきずきと痛みだす。風邪をこじらせた時なんかよりは少し強い、刺すような痛み。
「……嫌だ」
 はじめから、はじめから知っていたんだ。