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夜、汽車に乗って

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 章が一つ終わった所で、栞を挟み、読んでいた文庫本を閉じる。着古したコートのポケットにそれを突っ込むと、冷たくなった手が少し温んだ。腕時計の針を読むと、時刻は十時二十分を少し回ったところだった。列車が来るまで後五分程ある。息を深く吐くと、白く曇って消える。もうこのごろは夜ずいぶん冷えるようになった。トランクス一丁で扇風機にあたっていた夜がつい最近の様なのに。早いものだ。疎らに色づいていた銀杏並木がある日を境に唐突に皆色づいたと思った辺りから、特に冷え込みが早い。昼間は日差しがあればまだ熱い位なのだが、朝夕はもう厚手の長袖が無いととても過ごせない。
 駅のホームは橙色の電灯に照らされた夜で薄暗い。特に柱の、むき出しの鉄骨にこびり付いて固まった埃には闇が堆積しているようだ。金曜日の今夜、横浜線や京浜東北線なぞは、仕事上がりのサラリーマンや遊び帰りの大学生などで混雑しているのだろう。しかし、ぼくがいる特急乗り場は、その混雑とは無縁だった。連休と言う訳でもなくシーズンと言う訳でもないので、人気は疎らで、閑散としている。大きな荷物を抱えた人が向こうの方のベンチに座って俯き多少なりとも休養を得ようとしていたり、スーツ姿の中年男性が向こうの方で立ってスポーツ新聞らしきものを読んでいたり。そんな程度だ。今日最後の新幹線はもう出て行ったし、後このホームに来るのはぼくが乗る夜行列車くらいな物で、それに乗る人がそうそう居ないのだろう。夜行列車。寝台特急。特急券を入れアパートの最寄り駅から目的地まで、総額二万円近い料金は中々の痛い出費なのだが、まあ目をつぶるとしよう。
 薄暗い橙の光の中、ぼくはゆっくりと首を廻らし、周囲の音に耳を峙てる。繁華街の明かり。群れ成す人のざわめき。全てが遠く聞こえる。ひどく、現実味の無い音の群れ。線路の向こう、埃まみれの塀の向こうにはそれはあるのに、今ぼくにはとても遠い。どこかで現実を取り違えた様な感覚。
 もう一度、深く息を吐く。白く曇った空気は直ぐに溶けて消えた。ホームの屋根と、塀の間、街の明かりで少し黄色掛かった色合いをしていたが、空はきれいな藍色をしていた。雲一つ見えない単色の空。今夜の月はきれいだっただろうか。ふとそんな事を思う。ぼくはまた文庫本のページを捲る。


作品名:夜、汽車に乗って 作家名:七節曲