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足軽物語

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 背水の陣をお選びになるお方ではないだべなあ……。
 やややっ! 北西の旗印はなんだべか。
「敵の新手でござる。が、各々方! 渡河の準備をなされよ。」
 な、なんと大胆なことをなさるべか。川を渡っている最中に矢を放たれたら逃げも隠れもできないべ……それまでに渡りきるおつもりなんだべか……。
 あわわ、相手がどんどん近くに迫ってくるべや。わしらは城下町を焼き払ったからのぉ。目の敵にされていてもしかたないべな。こうなったら覚悟を決めて、川を背にして戦うしかないべな。
 おんや、何やら川を渡った連中が騒いどるのぉ。
「東にお味方!」
「お味方でござる!」
「七沢様の御軍!」
「後ろを気にせず、早く川を渡られよ!」
 あやや、有難いこったべ。シチサワさまは、オオタさまの主筋の方だべ。そんなお方が御出馬なさるなんて……それもここで合流なさるとは……もしや、もしかすると、ひょっとして……。
 ひひっ、ひひひひっ。
 おまんら、分かっとるべな。
 こりゃ、勝ち戦じゃ。
 オオタさまは、御自らを餌にして、二つもの城から敵をひきずりだしたんだべ。それも、ただっぴろいこんの平野に。それもシチサワさまがぴったしに御到着なさる瞬間に。神がかりな用兵だべ。全てオオタさまの思い通り。戦上手のオオタさまの思い通りになったんだべ。負ける道理がありゃせん。
 分かるか、おまんら。
 オオタさまの御下知ば、きっちり従うんだべ。死に物狂いでな。目の前にいる相手ば、確実にぶっ殺すんだべ。
 すると、どうだべ。
 わしらが村が、オオタさまの覚えがよくなるべ。気にかけてもらえるべ。税を安くしてもらえるかもしんね。商人がたくさん通るように便宜をはかってもらえるかもしんね。褒美として立派な武具ばくださるかもしんね。銭や米くださるかもしんね。
 分かるか、おまんら。
 おまんらの家族ば、みんな生き延びるど。
 生まれた赤子ば、死なせずにすむんだど。
 腹いっぱい、米ば喰わせられるんだど。
「うぉぉおおおお!」
 さあ、そればわがっだら、さっさと川渡って、戦いば準備だべ!

 おぉ、あんたも生きてたべな。
 はぁ、勝った、勝った。大勝だべ。いんやあ、しっかし、うちの連中が兜首ばとるなんて驚いたなあ。オオタさまにお褒めの言葉をいただいてのぉ。これからもわしの村の近くで何かしらあれば、優先して仕事を回してくださるそうだべな。これで隣り村の連中の鼻を明かせるってもんだべ。
あとは少し疲ればとって、お互いの戦果ばを保証し合って、ご報告して、もらえるもんがもらえるってわけだべ。
 ははは、あんたは何にもなかったべな。いやいや、逃げずに戦って生き残ったんだがらな、見どころあんべ。どだべ、うちの村さ来て、これからもちょくちょくこうやってオオタさまの手伝いばすんべ。いつまでも根なし草の足軽やっとったら命がいくつあっても足りんからのう。
 わしとしても、戦で生き残れる男が一人でも欲しいでのぉ。
 おんやあ、なんだか騒がしいのぉ。
「あ、暴れ馬だー!」
「逃げろー!」
 ばっ、馬鹿な奴もいたもんだべ。せっかく戦で生き残ったのに、こんなところで馬に蹴られちまったら丸損だべ。
「ひ、平沼さん、後ろ!」
 へ?
 ヒヒーン! 
「うわ、頭に入った!」
「えぇい、殺せ! これ以上死人が出る前に刺し殺せ!」


作品名:足軽物語 作家名:小豆龍