足軽物語
土豪 平沼五郎(生年不詳~1477)
もう四十は生きてるだども、京の大乱の後の戦ば、どうも勝手が違うべな。なんてったって、おら達みたいなのも戦ば駆り出されるんだもんなあ。
あ、ども、おらは五郎って名前だぁ。苗字は平沼てんだ。いンやー、苗字だなんてこっ恥(ぱ)ずかしいなぁ。昨日まで村の長やってたんだども、お侍さまから「これより平沼を名乗れ」つってもらっただよ。これでおらもお侍さまのお仲間だっつーんだから、全く恐れ多いことだよォ。そのお礼っちゃアレだども、こん度の戦でこの苗字をくださったお侍さまをお助けするって決めただよ。村の男連中もみんな合力(ごうりき)してくれっから、どぉんとわしらの活躍をご覧いただくのよぉ。こんにお空が晴れてお天道さまがさんさんしてれば、こん戦は買ったも同然だがらな。
わしら以外の足軽どもも、たくましい顔してとっても強そうだべな。そんに、こんの長い槍! 真っ白な鉄の槍頭がな、お天道さまの光でぺかーってなってな、真昼間だってのにまるでお星さまみたいにたくさん輝いとる。こんだけたくさんの長いのがありゃどんな強ぇ奴でも遠くからやっつけられるって案配よぉ。
まあ、ちょっと重いけどなぁ。
もともとわしら農民は苦しい生活してたんだがぁ、京の大乱を境にな、都から遠ぐ離れたこの関東にも乱がひっきりなしに起ぎるようになったんだべ。こん戦もそうだあ。確かカントーカンレーさま御配下のお偉いお侍さまの御一族が、跡目をめぐってけんかしなさってんだべ。
わしのお侍さまはその御一族の内の一つ、オウギガヤツさまの御配下なんだべ。
オオタさまっていうだ。
今度の相手はヒラツカにお城もっとるトシマっつーお侍さまだったかねぇ。御兄弟も合わせると二つもお城もっとる偉ぇお侍さまだべ。難しいことは忘れちまっだが、こん戦で勝でば、わしらはそこで乱取りできっし、働き具合で銭ももらえっから、村の連中も飢えねぇだ。むしろ豊かになれんだべ。うまくやりゃあ働き手も嫁さんも増えるってもんだがら自然とやる気がでんだべ。
はぁ、あんた乱取り知らねぇだべか。
ほんに足軽かねぇ。
簡単にいやあ、殺して分捕るっつーことだべや。何を分捕るって? とぼけなさんな。まんず米だべ、銭だべ、子どもに女に、それに銭にしやすいもん分捕れたら助かるのぉ。
最近の夏は寒くて作物が育たねぇし、病気で人はどんどん死んじまうし、山賊は出るし、そこら中で戦が起こって若い連中はたんと死ぬし。それに山の方じゃ、春に凍死しちまうなんて笑えねぇこともあんだべ。なんもせんかったら村一つ、季節の一つも越せずに無くなっちまうのよ。でもな、おらのお侍さまが村は救ってくださるのよ。
オオタさまは戦上手で有名だでな。
おかげで村には山賊がこねぇ。どこにも乱取りされねぇし、戦で手伝いせぇば乱取りできおるし、おかげでおらの村では誰も飢えん。評判を聞いて移り住むもんもおるんだ。ほんにおらのお侍さまさまじゃで。
ややっ、ヒラツカ城ば見えて来たべ。さあさあ、くっちゃべってねぇでひと働きせねばなるめぇな。
なぁに、槍の使い方はな、簡単なんだべ。お侍さまのお声に合わせてな、槍もった足軽みんなと一緒に、こうやってな、相手に向かって槍を振り下ろすんだべ。
相手の頭さカチ割る勢いでだぞ?
それが槍足軽同士の戦いよ。
相手が騎馬武者だば、槍の根元を地面にば埋め込んで、穂先ば馬の胸に向けんのよ。しっかり持ってればな、この地面も一緒になって支えてくれて騎馬武者を跳ね飛ばしてくれるって案配だべ。考えた人は頭いいべなあ。
さあて、オオタさまの御下知ば下ったべな。おまんら、気を引き締めろぉ。まんずはヒラツカ城下の町を焼き払う。そん時の乱取りば好きにしていいっておっしゃったべ。
さあ、稼ぐべ!
「掛かれぇ、掛かれぇ! 籠城している弱腰共の目の前で、町を焼き払って挑発するのだ!」
それそれ行くべ!
「嫌ぁっ、死にたくない!」
「た、助けてくれぇえ!」
「あ、熱い……」
退き口は頭ん中きちんと入れどげ! 自分が火にまかれねぇようになあ!
「平沼さん、どれから乱取りやしょう!」
「おぅ、お馬さ、まず狙え! 後は好きなもん選ぶだ。死んだら丸損だど!」
「へい!」
「欲張りすぎるなぁよ。いつ相手が城ん中から出てくるかわからねぇかんな。走って逃げれるようになぁ」
「へいっ」
「米っ……銀シャリっ……一合でも奪うっ!」
「堪忍してくれ! あんたも同じ農民なんだろ!? 俺達が飢えちまうよ!」
「知るかっ。俺の村が飢えなかったら考えてやるよ」
「頼むっ。子どもたちが飢えてしまうんだ……」
「げへへへっ、お前の娘だけなら連れてって面倒見てやるぜ」
「げ、外道めっ!」
「あぁん? 叛乱に手を貸しているお侍の農民がなんか言ったかなあ!?」
「お願いです、助けてください!」
「うるさい邪魔だ死ね!」
「ぎゃははは燃えろ燃えろ。町を燃やせとの御命令だ。思う存分火をつけろ!」
「嫌だ……もうこんなの嫌だぁあ。わしは戦いから抜けるぞ!」
「熱、い……」
「おかーさーん!」
「銭だ。米なんて重いもの持ち運べるか! 銭を奪え!」
「おぎゃーおぎゃー!」
「なんとかわいそうに……この子はわしが育ててやろう……」
「火に囲まれた! もう駄目だ!」
「赤ちゃん……私の赤ちゃん……どこ……?」
あらかた取ったべな。
ややっ、口合戦(くちがっせん)が始まるようだべや。さぁ退く準備を始めるんじゃ。なに、口合戦を知らんだべか。なに、見てれば……うんにゃ、聞いてれば分かるべや。
「ヒラツカ城主のトシマは民を守らないつもりだー!」
「証拠に火に焼かれる町を尻目に、城にこもったままだー!」
「自分の命が第一という武士の風上にも置けないクズだー!」
「えぇぃ、減らず口を叩くな! 黙れ黙れー!」
「はて異なことを。黙れと言って黙る奴が古今東西いるだろうか」
「いや、いない。そたなことも分からぬほどにモウロクいたすはトシマの殿様。豊かな島を持てると言えども、年が増して耄碌してはござらぬか」
わはははは。それ、みなも笑うべや。城の中まで聞こえるように。
「えぇい、奴らを許すな! 討って出よ! 卑怯者共を皆殺しにせよ!」
さあさあ、逃げるべや。オオタさまの御下知にば続きがあんべ。城下に火を放て。後に南へ逃走せよ、だべ。
みな、荷物重くしておっちぬなよ!
なんじゃ、わけがわからん顔をしてるべや。
走りながら教えてやんべ。
これは釣りなんだべ。誰がお城ばこもった相手に力攻めすんべぇ。オオタさまはそんなに愚かではねぇ。広い場所にば引きずり出して、一息に押しつぶしてしまうおつもりなんだべ。要は、わしらは釣り餌なんだぁ。さあ、分かったら駆け足、駆け足!
なに、わしの老いた足腰は心配しなくていいべ。ほれ、取ってきた立派なお馬がおるべな。
それそれそれぇ、置いてっちまうどぉ!
はっはっは、奴ら真っ赤な顔して飛び出して来たべ。オオタさまの御陣が止まりなさるまで、どんどんどんどん退きまくるべ!
やぁ、やぁ、はいやっ!
…………。
はて、オオタさまはどこまでお逃げなさるんだべ。もう神田川が見えちまってるど。まさか、川を背にして戦えと言うんだべか。