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足軽物語

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牢人 中谷小兵太忠重(生年不詳~1556)


 おいらは小兵太。名前の通り体は小さいけど横幅はあるぽっちゃり系さ。中谷家の三男として生まれたんだけど、家は一番上の大兄(だいにぃ)が継ぐから、元服したおいらは、さてこれからどうすんだよって時期なわけで。
 ほんと、どうしようかな。
 弟として当主の兄を陰ながらに支えるってのは名案だと思う。名将って感じがしてかっこいい。
 それとも商人の家に婿に行って、銭の力で家を支えるというのも手だ。うんうん、商人の世界でもいっぱしの勢力を張る武家ってのも悪くない。 
 出家して学問の道にすすんで、智恵の力で家を助けるとかも頭がよさそうでいい。おいら知ってるぜ。戦国大名のブレーンってのは、実はお坊さんが多かったりするんだ、これが。まあ、うちは大名どころか小名を名乗れるかも怪しい家だけど。うん、でもおいらがブレーンてのは痛快だ。
 帰農して農民達の頭として民を導くのも悪くない。うんうん、統治の基本たる農業に精通し、縁の下から家を支える。いざという時は両方の間に入って仲立ちしたりしてね。おぉ、これもなかなかかっこいい。
 おいらの未来は明るく輝いてる!
 んじゃないんだな、これが。
 こんな馬鹿な弟、家にいるだけ邪魔ですからー! 
 うちに商家へ嫁がせるツテなんてありませんからー!
 昔お寺に預けたら仏像割った問題児ですからー!
 一か所で延々と農業やるなんて俺的に論外ですからー!
 と、なると、足軽になるしかないんだよね、この時代。
 足軽にさ。
 親父にも言ったんだ。大兄(だいにぃ)の下で足軽として頑張るのってどうよってさ。でもあのクソ親父、首を横に振りやがった。
「お前がいるといらん気を使うから、別んとこ行け。紹介状書いてやっから」
 なんだよ、気ぃ使うって。こちとら勝手に足軽やって死ぬ時ぁ死ぬってぇの。余計な邪魔ものもいなくなるし、当主の息子ですら命張って戦場に出てるってなれば他の足軽共の士気も上がるってもんだぜ。
はっきりそう言ったんだよ。そしたら。
「その勝手に死なれるのが困る。お前が死ぬ前に、お前の面倒を見る大事な家臣に死なれると困る。死ぬならよそで一人で死ね」
 ひどくない? ねぇ、それひどくない?
「ただし、家を傾けるような迷惑な死に方したら殺すぞ」
 そう言ったのは家を継ぐ大兄(だいにぃ)だ。全く弟をなんだと思ってやがんだ。それにおりゃあ、心配だな。既に死んでる奴に「殺すぞ」なんて言いきる脳筋が当主になるなんてさ。そんなことおくびにも出さなかったけどね。後継者争いの種なんてまきたくないし。こんな小さな家、おいらが騒いだだけで、あっ、と言う間におじゃんだぜ。
 ま、おいらの言うことを聞く家臣が一人でもいれば、だけどな。
 ……やべぇ、自分のことだけどちょっとへこむわ。
 と、まあ、そんなこんなで、おいらは家を追い出され、我が身一つで戦場を生き抜く輩になったわけだが。
「だからってこんなのはねぇよ……」
 仮にも一生の生き別れみたいなもんでしょ? なんだよこの防具と武器は。そりゃ、騎馬武者みたいな立派なのなんて望んじゃいない。うちのような小さな家は、当主の具足をそろえるだけでもカツカツだし。別に農民の足軽に貸し出してるような見かけだけの一張羅でも全然構わないんだよね、おいらは。なのにこの河童の屁みたいなボロボロの胴丸はないよ。明らかにゴミじゃん。こんなんで飛んでくる流れ矢すら防げやしない。おまけに武器はボロボロの槍一本。穂先だけはキンキラキンに輝いてるけど……。
 稼いだら真っ先に武具を新しくしなくちゃいけないじゃん。その前に稼げるかな、こんなんで。
 親父の紹介だっていうこの家も、きっとうちとどっこいどっこいの小さな家に違いない。こんなボロボロの身なりの奴を引き取ってくれる余裕があるかな。
 あってほしいな。
 ……あるよね?
 ……。
作品名:足軽物語 作家名:小豆龍