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スーパーカミオ患者様

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それを知ってか知らずか、彼らの診療態度は強烈だ。「風邪クライ、家デ寝テレバ治ルアルヨ」「骨折シテルカナンテ、レントゲンナイトワカラナイヨー。デモ、レントゲン体ニ良クナイヨ。ダカラシバラク様子ミナヨ」「文句ガ有ルナラ、オマエモウ来ンナヨ」という荒っぽい診察だ。だが、それにも理由がある。いくら頑張っても給料が一緒なら、ビジネスとして考えれば真剣に診察するのは馬鹿げているということだろう。彼らの場合、国際問題になるのを恐れる外務省の圧力で、医療事故を起こしても裁判ではあまり重い罪に問われないという特権もある。しかも、賠償金はすべて日本の医師損害賠償責任保険が払ってくれる。

一方で、病院幹部の彼らに対する評価は高い。現代の医療機関には医療費の単価をできる限り安く抑える厳しいノルマがあり、それゆえに検査や処方を極力控えてくれる医者ほど、“優秀な”医者として高く評価されるのだ。

とはいうものの、幸か不幸か、典型的な日本人である私にも活躍の場はある。私が診察する主な患者は、いわゆる地方の名士と言われる人種と役人とヤクザだ。そこに外国人医師を嫌うクレーマーやモンスターが加わる。はっきり言って、患者層は最悪だ。毎日寿命が縮む思いで診療に当たっている。あの時スカウトの誘いに応じて東京のブランド病院に行っていれば・・・。いつも後悔ばかりしているが、いまや東京では日本人医師も飽和状態にあり、定年間近の私にはクレームと暴行に耐えながら生きていく以外に選択肢はない。

だがそれでもなお、医師としての使命感は私にも残っている。毎日サンドバッグのように叩かれ、ときには土下座してでも、スーパーカミオ患者様を診察させていただくことが、私の生き様なのだ。先週、久しぶりにスーパーカミオ患者様から「ありがとう」というありがたいお言葉を頂戴し、あらためて医師になって良かった実感した。まだこの国にも、感謝の気持ちを忘れない人間がいるのだとわかり、本当にうれしかった。

さて、今日の私は朝からずっと外来で患者を診察している。今日は午前中が外来で、午後から手術、そして夕方から病棟回診の予定だが、全然外来が終わらない。腹も減ったし、トイレも行きたい。でもここで休んだら、何をされるかわからない。予約時間から大幅に遅れた場合、患者からの暴言や暴行に加え、投書されれば減俸処分や戒告処分になるのは確実なのだ。監視社会の現代では、医者が診察の合間にトイレに行った画像データが監視カメラで記録され、不正なアクセスでネット上に拡散され、ボコボコに叩かれても何らおかしくはない。

とその時、「まだかよ、コラッ!医者のくせに患者様を何時間待たせるつもりだよ!」といって隣の診察室に乗り込んできた患者が、いきなり隣で診察していたインド人医師シンさんに殴りかかった。シンさんは急いでサーベルを抜き、それを患者ののど元に突きつけながら、赤いボタンを押した。

ウィーオン、ウィーオン、ウィーオンと非常事態を知らせるサイレンが鳴り響き、近くに待機していた警備会社から派遣されて常駐している警備員数名が入ってきた。遅れて、院内派出所から警察官が到着し、事情を聴く。結局シンさんが説得に応じて右手を差し出しながら、「オ待タセシテ、ゴメンネ」と謝って、一件落着した。これが日本人医師だったら、土下座して謝るように指導されることだろう。

待合室のモニターとPCで確認すると、私の午前中の患者はあと2名だ。ともに新患で、これまで診察した記憶はない。

1人目が診察室に入ってきた。精悍な顔つきでガッチリした体格の40歳前後の男性。黒いスーツに身を包んでいる。予定診察時刻を30分ほどオーバーしている。いつものように、「お待たせして申し訳ありません」と土下座して謝ると、軽くうなずいたものの相当に不機嫌そうな感じだ。IDチップで認証したが、電子カルテの画面には年齢と本名しか表示されない。本名XXX445786。トリプルエックス・・・、すなわち特権階級の人間だ。出張中の共民党幹部か、ドサ回りの高級官僚か、あるいは共民党の犬か。ちょうど隣の診察室から引き揚げてきた先ほどの警察官が、彼を見るなり表情をこわばらせ、深々と敬礼をして足早に立ち去った。

ということは、共民党の犬。すなわち特高(特別高等警察)の人間だ。

平成38年に政権与党となった共民党は、その政権を盤石なものとするため、共民党を批判する報道を取り締まる活動を始めた。中国共産党のような厳しい言論統制が始まったのだ。難癖をつけては次々と共民党に批判的な新聞社を潰し、全国紙が共民党の機関誌と呼ばれた赤日新聞だけになると、全家庭がこれを購読するように義務付けた。

共民党政権に対する言論統制を決定づけたのが、「週刊ウヨク」がすっぱ抜いた共民党最高幹部ミヤモト莞爾氏のスキャンダル記事だ。ミヤモト氏に少なくとも5人の愛人と10人の隠し子がいるという記事であったが、この記事を書いた週刊ウヨクの記者は強制連行され、検察の取り調べ中に原因不明の突然死を遂げた。

この事件に危機感を持った共民党は、危険なテロリストを取り締まり、日本国を守るという大義名分で、全国の警察内に社会主義を批判するテロリストを監視・せん滅するための組織を設けた。この組織は、平成40年にカンカミ法とともに成立した「新治安維持法」によって、正式に特別高等警察として認定されたのだ。結局、人の世は丸いのだろう。ウヨクもサヨクも極端になるとやることは同じということだ。

それにしても私は生きた心地がしなかった。つい最近、ネットで「働く人間も働かない人間も、扱いが一緒なのは納得がいかない」とつぶやいたばかりなのだ。あの程度のつぶやきでも、強制連行されるのか?特高のリンチで消されてしまうのか?

幸いにして、彼は患者として受診したにすぎないようであった。ウヨクとの格闘で肋骨を骨折したのだった。応急処置を済ませ、「なにとぞお大事にどうぞよろしくお願い申し上げます」と礼をしながら、私は診察室のドアを開けて見送った。すると、すれ違いざまに彼は私の耳元でつぶやいた。「真田さんの先日のネット上でのつぶやき、あれは危ないですよ。特高でも要注意人物にリストアップされていました」と。私は足が震えた。

いよいよ、本日最後の外来患者が診察室に入ってきた。かなりの肥満体系の中年女性だ。通名は薔薇小路マーガレット綾香様。若い女性がするような派手なメイクにシリコンコーティングが施されたツヤツヤのロングヘア、露出度の高いワンピースからはムチムチの腕と太ももがはちきれんばかりに飛び出ており、それでいながら妙に細い足首にハイヒール姿は、まるで昔アメリカのテレビに出ていたべティーちゃんのようだ。外見からすると40代後半か?赤外線センサーがハイヒールの高さを差し引いた身長を割り出し、診察室の床に埋め込まれたセンサーが体重を割り出す。身長155センチ体重95キロ。
作品名:スーパーカミオ患者様 作家名:真田信玄