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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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私をスキーブームの時代に連れてって

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 次にカーブを作って滑ってみる。すると、涼子は思ったほどうまくいかなかった。というのは、カービングスキーと違い、カーブが難しいのだ。より体をくねらさないとカーブが切れない。だが、二度ほど試してみると、するりとできるようになった。
「うーん、どうやら初級はなんてことないようね。それなりにスキー経験ありということかしら。次は中級行きましょう」
とリフトに乗り、中級コースへ行く。
 さて、傾斜が初級用に比べずっと急なのが、一目で分かる。だが、涼子はすでに何度も滑っている。カービングとは違うといえども、記憶がない振りをしなければいけないので、ぎこちなく滑らないと、と思った。
 すると、自分の数十メートル先に純平がいるのが見えた。数人の仲間と一緒だ。
「あら、あなたを診療所に連れて行ってくれた人ね。名前は磯崎とか言っていたわよね。再会できたんだからお礼をかねて挨拶をしないと」と雪子が言った。涼子は気が進まなかったが、そうすべきだろうと思い、純平の方へ二人でゆっくりと近付いた。
 ところが、純平と仲間はさっとコースを滑り麓へ下った。あ、間に合わないかと思った。 だが、涼子は、はっとした。純平が、ずっこけたのだ。仲間たちは構わず、するりと滑って降りていくのに、純平はずっこけ、立ち上がり、また、ずっこけ立ち上がりを繰り返す。え、そんな、と思った。
「ちょっと、下手っぴじゃない!」
と涼子は雪子の方を向いて言った。母がいつもしていた話しとは大違いだ。どういうことなのだ。問いつめるつもりで言ったのだが、
「そうよね。あまり上手くないようね」
と平然とした口調で返す。あ、そうか、今の母にそれを言っても仕方ないか。だけど、だとしたら、話しはあべこべで、どうして、そんなあべこべの話しを母は自分にしたのだろうと疑問に思った。
「何だか、ずっこけてみっともない思いをしている人に声をかけるのは残酷ね。ここは知らんぷりしましょう」と母。
 涼子と雪子は、ずっこけながら、ゆっくり降りていく純平を無視して、麓へと滑っていった。涼子は、楽々と滑った。
 また、リフトに戻り、中級コースを滑ろうということになった。雪子が見る限り、涼子は滑った経験があるはずで、そのうえ運動神経がいいのだが、まだまだ初心者らしい癖があると指摘する。
 さて、リフトに乗ろうとしたとき、雪子はキャプテンに出くわし声をかけられた。何でも、ちょっとした打ち合わせをしたいと、数分ですむからと言われ、涼子には先にリフトで上へ上がっていてと言った。涼子は一人でリフトに乗り上がった。
 滑ったばかりの中級コース頂上にまた来た。下を眺める。すると、父の姿をまた見つけた。コース中頃の隅のところでうずくまっている。あまりにこけて、諦めたのか。
 考えてみれば父がスキーの達人だという話しは、当初から信じられないことだ。父が運動神経がいい方ではないのはよく知っていた。だから、母のスキー場での巡り合わせの話しには疑問符を持っていた。娘の前で父親をみっともない存在にさせたくなくて作った話だったということか。でも、何とも無様な事実を知らされた。
 何となく怒りを覚えた。今まで騙されていたのか。偽りの家族を演じさせられていたのか。そんな気がしてきた。
 不愉快感が涼子を覆う。特に頂上から父を見下ろしながら、それが異常なまでに強まった。無表情で存在感が薄く、暖かみがあったとはけっしていえない父、純平との思い出がよみがえる。仕事を失った後、結局、自分と母を見捨てた。そもそも家庭なんて欲しがってなかったような人だった。母はどうしてこんな人と。
 突如、涼子は殺意が沸くのを感じた。目の前にいる父を殺してやりたい。ふと、自分のいる位置が父のいる場所に対して直線上にあることに気付いた。数十メートル滑り降りたところだ。
 そうだ、このまま真っ直ぐ滑り降りて、純平にぶつかれば、純平は丁度、崖の上にいる。体当たりでぶつかれば、崖から突き落とせる。だが、そんなことをすれば自分も。
 いや、考えてみれば、父がいなくなれば、自分は生まれてこなかったという結果になる。タイムスリップものの映画でそんな内容があった。過去の事実を変えれば当然、未来の自分自身にも影響を与える。父を殺すのは、自分を殺すことを意味する。
 それでいいのだ。自分は希望を持てない十九歳の女性。おまけにタイムスリップしてしまい、ますます自分の立場は変なことに。このまま生き続けられるのかさえ怪しい。
 よし、やるぞ、と思った。涼子は、反動をつけるためストックを雪面に押しつけた。ぐっと腰を落とし、下り坂を純平のいる位置目がけて、体を突進させた。まるで、ジャンプスキーの選手のように滑りに入ると共にストックを手から放した。
「あぶない!」と叫び声がした。雪子の声だ。 だが、純平は数メートル先に、涼子は止まらない。と、その瞬間。涼子は後ろから体をぶつけられ、純平からそれ、体を雪面に叩きつけられた。
 はあ、とほっと一息をつくと、自分に雪子が覆い被さっていることに気が付いた。
 殺人計画、失敗。
「おい、またお前たちか、危ねえな」
とうずくまる雪子と涼子を目の前にして、純平が言った。
「大丈夫?」と雪子。
「ああ、それよりもこの娘は大丈夫なのか、危なっかしいな」
 涼子は、何も言わず押し黙っていた。自分の今、しようとしたことに恐ろしさを感じ、体がかたまった状態だ。
「ま、しっかりしろよな」
と純平。ぶっきらぼうにその場を去る。スキーで降りていくが、しばらくしてバランスを崩しこける。そして、立ち上がり、また、こける。何だか見ていて吹き出しそうな光景だが、涼子と雪子は、そんな純平の姿をぼおっと眺めいてた。
「全く、どういうつもり、また、転げ落ちるつもりだったの? 一人にしておくと何するか分からないわね。私が後から来なかったら、あの人も巻き込んで崖から転落よ」
と雪子が怒って言った。涼子は小声で「ごめんなさい」と言い返した。
「さあ、今日はスキーはお終いね。さっさとホテルに戻りなさい」
と呆れた雪子が言った。二人で中級コースを滑り降りた。雪子は、これからレッスンがあるので、そのままスキー場に残ることになった。涼子はホテルに戻った。

 夜遅く、涼子は仕事が終わり従業員用の住み込み部屋に戻った。その日は、倉庫の整理や調理室での皿洗いなどで客と顔を会わすことなく過ごせたため、純平と顔をまた会わすことはなかった。だが、気分は落ち込んでいた。自分が人殺しまでしようとした、それも、実の父親を。自分が生まれる前の父親だから、自分の存在までも否定するつもりで成し得た凶行だった。そんなに父を憎んでいたのだろうか。そんな自分が情けなかった。
 部屋には雪子がいた。御茶を飲んでテレビを観ていた。三上博史主演のトレンディドラマを観ていて、丁度、健康飲料のコマーシャルに変わったところで涼子が入ってくると、ぎょろりとにらみつけた。
お昼のことが、まだしこりになっているようだ。
「スキー場でのことはごめんなさい。わたし、つい無理しちゃって」
と涼子は弁解がましく言った。何とか雰囲気を変えたかった。
「思ったんだけど、あなたあの人を殺そうとしたんじゃない?」