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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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私をスキーブームの時代に連れてって

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 だが、雪子は初めて、それを見るように真剣に見つめる。涼子は、雪子の履いているスキー板を見た。その板は、映画「私をスキーに連れてって」で見たような先がとんがって、反り上がっているような形。現代では主流ではない板だ。インストラクターだから、そんな板を履くのか、と不思議に思った。
 すると、二人のいるところに、スノーモービルが近付いて来た。中年の男性が乗っていた。
「どうしたんだ?」
と男。
「ああ、キャプテン、この子が改造もののスキー板を履いていて、ストックと片方の板をなくしたようなんです」
 インストラクターたちのリーダーの男は、涼子のスキー板を見る。
「何だ、これ? これってもしかして、スノーボードとかいうのじゃないのか」
「スノーボードだと、もっと大きくて幅が広くて付け方も違うんでは」
と雪子が言うと
「うーん、だが、スノーボードに似て非なるもの。とはいえ、通常のスキー板ではない。とにかく、ここでは、こんな板は滑走禁止だ。悪いが、すぐに退場してまともなのに履き替えるかしてくれ」
とキャプテンは言った。
「そうね。分かった? あなたは規則違反の板をつけているわ。他のお客さんに迷惑よ」
 雪子は、涼子を少し睨んで言う。
「え、悪いんですけど、この板はホテルでレンタルしたものですよ」
と涼子は言い返す。
「ホテルでレンタル? え、そんなものをレンタルなんてしているはずないわ」
「いえ、しているんです。今朝、借りてきたばかりですよ」
と涼子。突然、ふっかけられた苦情に仰天し、むかっとした。
「変よ。どこのホテル?」
「この下の志賀高原温泉ホテルです」
「あら、私が今、滞在しているところよ。今は、そこのホテルのお客さんを主に指導しているの。あなたもお客さんってこと?」
と雪子が言うと
「そうだけど」
と涼子は答えた。
「ふうん、それらしくないわね」
と何とも意味深な言葉を雪子は口ずさむ。
「おい、とにかく、このまま滑って貰っては困る。とりあえず、麓に降りてくれ」
とキャプテン。
 腑に落ちない気分で涼子は、キャプテンの後ろに乗せられ、スノーモービルで下まで降ろされることになった。雪子はスキーで平行してさっと滑り降りる。
 涼子は、雪子の滑りを見て驚いた。楽々と上級者コースの急な傾斜角を降りていく。プロ並みの滑りだ。顔を見ると、母、雪子が若返ったような顔。それに背格好も似ている。涼子の知っている母は、病気でかなりやつれているが、若くて健康だったら、こんな外見だったと思われる姿だ。
 だけど、母のはずではない。旧姓と名前が同じだが、若返ってこんなところにまで来て、こんなにうまくスキーが滑れるはずがない。
 麓に着いた。とりあえず、周囲を見渡す。何だか様子が変だと思った。そんなに変わってないはずなのだが、何かが変わっているというような雰囲気が漂う。
 リフト乗り場を見ると、かなり多くの人が並んでいる。もう時間が経ったからなのだろうか。ふと、そのスキーヤーたちのスキー板を見ると、皆、雪子がつけているような旧式のスキー板をつけている。カービングスキーやスノーボーダーは見当たらない。
 変なの、ホテルの係りの人は、今はカービングスキーが主流だと言っていたのに、実際は違うじゃないか。
 志賀高原温泉ホテルの前にスノーモービルが着く。涼子は降りて、とりあえずスキー板を外した。雪子もスキー板を外す。
「さ、行きましょう。お客様」
とからかうような感じで涼子に言う。雪子についていくようにホテルに入る。
 中に入る。スキーブーツを履きながらなので歩きにくい。
 ホテルのロビーを見て驚いた。雰囲気が変わっている。壁紙、照明、客が煙草を吸いながらたむろする様子。今朝、着いてチェックインしたときとは大違いの様相だ。ほんの数時間の間に改装して、お客がどっと押し寄せたというのか。
 フロントの方へ行く。フロントには、二人の係がいて、一人が、別の客の対応をしていた。もう一人に話しかける。今朝見たフロント係と違って中年の男性だ。交代したのだろうと、涼子は思った。
「すみません、この娘が、ホテルのお客さんで、この板をこちらで借りたっていうんだけど」
と顔見知りなのか親しげな口調で言う雪子。涼子の外した板を見せつける。
「はあ、この板ですか。こんな形のは観たことありませんね。それに現在のところ、ホテルは、中部日本物産様の社員旅行で貸し切りですよ。こちらの方がお泊まり客というのですか」
 フロントの男性は、まじまじと涼子を見つめる。涼子は、男が発した「中京物産」という言葉に鈍い衝撃を受けた。それは、母と離婚して以来、姿を見せない父の務めていた商社の名前だ。不況によるリストラで解雇され、それ以後、涼子の家庭は崩壊してしまった。「中京物産」という言葉自体、耳障りになっているほどだ。偶然にも、そんなところが貸し切りにしていたホテルに宿泊していたなんて、すぐに抜け出したいくらいだと思った。
 だけど、今朝チェックインしたときは、簡単に部屋が取れたのだし、社員旅行で貸し切りなんて聞いていなかったけど。
「お客様、お名前はいただけますか。どの部屋に泊まっているのかもお教えいただけますか」
と男が言うので、
「部屋番号は二〇四号室で」
と次に名前を言おうとしたが、考えてみると、部屋は、アキラの名前でチェックインしたはずだ。あの男がカードを差し出したのを覚えている。だが、アキラは、アキラとしてしか名前を知らない。名字を聞いたことがない。そもそも、名字も何も知りたくもないほど嫌いな男だ。
 名前を言おうとしたところで、彼女は沈黙した。すると、フロントの男は、
「二〇四号室は、男性三名のご宿泊となっておりますが、中京物産の方です。本当にあなたが宿泊を」
と言った。
 涼子は、頭が混乱した。一体どうなっているのか。そうだ、鍵があるはずだ。だが、スキーウエアのポケットを探りながら、はっとした。
 ロッカールームで着替えたとき、その時、身につけていた服・靴と一緒に財布、携帯電話、ルームキーを置きっぱなしにしたのだ。
 ただ、ロッカーの鍵はある。さっと取り出した。だが、部屋番号ではない。
「これが、ロッカーの鍵です。そこにルームキーが置いています。私の服も」
と差し出す。雪子が、それを見つめる。
「これがロッカーの鍵? うちのじゃないわよ、これ」
と言われ、またもや、こんがらがる。
「あ、そうだ。このワッペン見てください。今朝、ここで買ったリフト券です」
とゴムバンドで腕にくくりつけたリフト券を見せつける。
 リフト券には、日付と有効期限、リフト乗り場で入場門を開くためのセンサーに反応するバーコードがプリントされている。名前はない。
 雪子は、それもまじまじと見つめる。
「変よ、これもここで使っているのではないし、それに日付が変。打ち間違いじゃない。14年だって、今年は西暦で一九八九年よ。平成だとしても、〇一年よ」
とさらりと雪子が言うので、涼子は、からかわれた気分になった。
「冗談いうのはよしてください。なぜ今年が」