私をスキーブームの時代に連れてって
調子がつくと、どんどんスピードを上げて見ることにした。腰をもっとかがめ、ストックを脇にしめ後方へ突き出す。
スピードを上げるのは、怖くなるというより、ジェットコースターに乗っていてスピードが上がってくるようなスリルと興奮を与えてくれる。
滑りながら、どんどん快感が増した。また、リフトに戻り滑る。今度は、中級者コースに挑戦だ。傾斜は初級者コースに比べ、急になり、カーブを作る必要が出来てくる。初級者コースで作るカーブよりより、角度が小さい。スピードもいやがうえに増す。スピードが早過ぎたと思ったら、板をハの字形にして、スピードを落としてみる。スピードを落とせばカーブがしやすい。
ややはらはらどきどきしながらも、中級者コースも初級者コースと変わりなく滑れた。リフトに乗り直し、何度も滑ると、何の違和感もなく初級・中級と滑れるようになっている自分に気付いた。
何度も滑ると、スキーなんて、こんなものなのかと思うほど楽チン感を感じる。でも、素晴らしいのは滑っている時のスピード感だけではない。周囲の雪景色、丘の頂上から見下ろす麓の平野の姿などだ。
スキーの醍醐味というのは、雪景色を楽しみながら、スピード感を味わうことなんだと思った。
最初にリフトに乗って、二時間が過ぎた。でも、あっという間だった。ぽつぽつ、スキーヤーも増え始めている。スノーボーダーも目にする。
母の雪子が、父との出会いを話すとき、当時のスキー場の様子も話してくれた。二十年前、出会った頃はバブル絶頂の時代。日本は歴史上稀に見る好景気に沸いていて、その上、映画の影響でスキーがブームになって、志賀高原のスキー場は大盛況の状態だったと。リフトに乗るのにも、二十分ほど待たされる程、混雑していたって。
今は、それほどスキーは流行のスポーツではない。客足が伸びず閉鎖するスキー場もあるほどだと聞く。スキーは、ウエアと板、ストック・ブーツなどを一式揃えなければいけず、スキー場というのは高地にあるため、都市部からのアクセスが悪い。所得が減っていく中、スキーを楽しめるほどの余裕のある人は減っていくばかりなのだろう。スキーは、まさにバブル時代を象徴するスポーツだったということなのか。
涼子は、体の変化に気付いた。体が汗だくだくであることと。ウエアを着ているのが暑苦しくなるくらいだ。でも、気持ちのいい汗だ。だが、もう一つ、腹がとっても減っていることに気付いた。
今朝は、志賀高原に着いてから何も食べていない。興奮して、スキーを始めたから何かを口に入れなければいけないなどと考えもしなかった。
ここに来て、空腹感をやっと感じるようになった。高原全体を見渡しながら思った。ひとまず、食事と行こう。あのアキラも目を覚ましだしたところだから、一緒に食事をしてやろう。そして、口車に乗せて、あいつも一緒に滑りに誘おう。一緒に滑って、今晩にも名古屋に帰ろう。変なことをさせないためにも、うまくおだてないと、と思った。
そうだ、ならば食事前の最後の滑りは、思い切って上級者コースを試してみよう。
涼子は、そう思い、上級者コースに向かった。丘の上から真下を見下ろす。最初に見たときと同じだ。崖の上を飛び降りるような恐怖感を感じる。よく見ると中級よりも斜度はぐっと急だ。よし、急がず、まずはゆっくりと、板を踏み出した。すぐにカーブをする必要に迫られる。また、カーブ、真っ直ぐになると、ジャンプ台の上にいるように引きづられ体が落ちていく。だからまた、カーブ。
ああ、場違いだったと涼子は後悔した。でも、始めた限り滑りきらないと仕方ない。よし、カーブをまめに作りながら、恐る恐るゆっくりと進んでいく。
ほっと、中頃まで辿り着いた。やや傾斜が緩やかになって立ち止まれるところがあった。ひいひいしながらだったが、ほっと心を落ち着かせ、また、眼下を見下ろした。
ああ、上級者コースとなると、格が違う。これはあと何時間か練習して滑れるようになるものではないと感じた。
でも、カーブばかりは体を動かし過ぎ疲れる。あと残りは急だけど、距離はそんなにない。
よし、最後、思い切って一気に下まで滑り込もう。涼子は身構えた。さっと滑り込み、最後のところで、ターンしよう。幸い、下には、スキーヤーはいないみたいだし、誰にもぶつからずにすみそうだ。
板を踏み込み、滑走。スピードが増す。どんどん増す。恐怖感が込み上がる。ああ、怖い。涼子はさっと体をくねらせ、カーブした。
だが、スピードは下がらない。ハの字形に板を前でくっつけるが、それでもスピードが落ちない。涼子は、体を落としてこけようとした。だが、板は体を引き寄せる。バランスが崩れ、ストックを両手から離してしまった。
しまった、と思った。
すると、目の前に林が見える。赤くて低いネットの柵が見えた。この下は、崖になっているということか。落ちてしまうとまずい、早く止まらないと。
と思った瞬間。左足の板がネットに引っかかった。
「いやあ」
体が、ふわっと浮いた。左足から板が外れる。涼子は右足に板をつけたまま、柵の下の崖に転げ落ちてしまった。
「ちょっと、大丈夫?」
という女性の声で涼子は、はっと目を覚ました。気を失っていたわけではないが、転げ落ちて、その衝撃でぼおっとしていたのだ。特に怪我もない。痛いところもない。片足にスキー板をつけたまま横たわっている状態だ。よし、と思い起きあがった。
起きあがり、板をつけた片足を引きずりながらゆっくりと転げ落ちた坂を上った。ああ、死ぬかと思った、と涼子は無事な自分にほっとした。
赤色の柵ネットのところに白いスキーウェアを着た女性が立っていた。涼子は、その女性を見上げた。はっとした。何とも見覚えがあるような、「お母さん」と声を上げようとしたが、喉元でそれをとめた。
母の雪子に似ているが、涼子の知っている雪子よりずっと若々しく、髪の毛は肩の下まで伸びるほど長い。年齢的にいえば二十代前半だ。
「怪我はない? 大丈夫?」
とその母似の女性は言う。その女性は、胸元にネームプレートを着けていた。「志賀高原スキー場公認インストラクター 松本雪子」と書かれている。涼子は、はっとした。松本は母の旧姓だ。というか父との離婚後、その姓に戻っているが。単なる偶然か。
「大丈夫です」
と涼子はとりあえず答えた。
「そう、よかった。だけど、片方の板は、それにストックは?」
と松本雪子に言われ、
「それは、どこかに?」
と涼子は言いながら、辺りを見渡すが、転げ落ちたときに放したストック二本と外れた片方のスキー板は見当たらない。どこにも落ちてないのだ。
「ここで外しちゃったのよね? あなたが落ちたところを見た訳じゃないけど、そのはずよね?」
と松本雪子。
「ええ、そのはずです。だから、この辺にあるはずでは」
と涼子は改めて見渡すが、周囲十メートル四方に板やストックは全く見つからない。
「あら、あなたのつけているスキー板って、変な形ね。改造ものなの?」
と雪子が、涼子の板を見ながら言う。
涼子は、えっと思った。いわゆるカービングスキーだ。そんなに新しいものでもないはず、インストラクターがそんなことに驚くとは不可思議だ。
作品名:私をスキーブームの時代に連れてって 作家名:かいかた・まさし