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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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私をスキーブームの時代に連れてって

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 涼子が病室に入った。病室は数人が入院する複数部屋だが、他の患者さんは、検査かリハビリのため、たまたまいなかった。カーテンで仕切られていて、ドアのそばのベッドと並んだ窓際にあたるベッドに足をギブスで固定され雪子は横たわった状態だ。二つのベッドの間はカーテンで仕切られている。
 涼子は、カーテンの向こう側の雪子に声をかけようとした。だが、すでに先客がいるようだ。声が聞こえたので、立ち止まった。
「すまないな、こんなことになって」
と純平の声だ。
「これも想定の内よ。スキー場で仕事しているんだもん。だけど、あなたの方は大丈夫なの。とっても高いワインの瓶壊しちゃって、届けられなかっただけでなく、飲む前に捨てるようなまねして」
と雪子が、少しムキになったような調子で言う。せっかく協力してあげたのに何よ、と言いたげな勢いだ。
「ああ、そのことに関しては、結局のところお咎めなしというか。君のような怪我人を作ってしまったからね。さすがの部長もやり過ぎだったと反省しているらしくて」
と純平。
「本当に?」
「まあ、これから社での俺の立場は、気まずいものになるのは間違いないけど、そんなことどうでもいいんだ。辞めることに決めたんだ」
「何ですって」
「そうさ、辞表を書いた。これから会社に郵送するつもりだ」
 両者の間に沈黙と見つめ合いの時間が、しばらく流れた。
 だが、涼子は、じっとして聞き耳を立て続けた。
 すると純平が口を開いた。
「それでなんだけど、俺さ、会社を辞めて、大学時代にやっていた東南アジアで搾取されている児童の救済団体で働くことにしたんだ。もう商社マンではないけど。それが、自分をごまかさず、自分がやり遂げたい本望の仕事だと自覚している。それでさ、商社マンではなくなっちゃうと、もう何のとりえもない男だけど、そんな自分と、一緒に人生を分かち合える人が必要なんだ。つまり、これからも一緒にいたい。だから・・・」
 純平は、言葉に詰まっている。言いたい言葉は分かっているのに、口に出せないはがゆさがカーテン越しの涼子にも伝わってきた。
「つまり結婚?」
と雪子が代わりに言う。
「駄目かな? 出会って数日程度だけど、もちろん、すぐにというわけじゃないさ。そういうことを前提にさ付き合っていければと思って・・」
とへりくだる口調になる純平。しばらく沈黙が流れ
「うーん、私さ、一度狙った獲物は、どんなことがあっても逃さないタイプなの。ふふふ」
と雪子のほくそ笑う声。これは何を意味するのだろう。そして、それに反応するように純平からも微笑む声がした。カーテン越しで二人の姿は見えないが、雰囲気は十分伝わってくる。
 涼子は、これは場違いだと感じ、病室を出た。心と体が感動に包まれた状態だ。まさに父と母が結ばれる瞬間に立ち会ったのだ。
 病院を抜け出し、ホテルに戻った。涼子は、どうしようかと思った。自分は、これからどうしたらいいのだろう。タイムスリップして四半世紀前の時代にいる。戻りたくても戻れない。でも、一体全体、どうして自分はこんな世界に引き込まれ、また、なぜ父と母の馴れ初めに付き合わされてしまったのか。
 このまま、この世界で生き続けなければいけないのか。涼子は、ふとそんなところで、また、スキーがしたくなった。
 とりあえず、感動のシーンに出くわしたため、今は上機嫌。夜の仕事の時間まで暇もあるので、スキーを滑って気を紛らそうと考えた。思い切り滑って、また、考えよう。何よりも、喜びで一杯の気分だ。その気分を満喫するためにも思いっきり滑ろう。
 涼子は、リフトに乗り、山の頂上に着くと、眼下を眺めた。さっそく上級のコースに行く。もう何も怖くない。何度も滑ったし、また、思いっきり滑りきってやろうと思った。眼下の雪景色は、何度見ても感動ものだ。
 ストックの先を雪面に蹴散らし、雪景色に飛び込むように滑り降りた。
 ああ、気持ちいい。何ていい気分なんだ。
どんどん下降していく。ふと下降しながら、思った。
 そういえば、父は商社を辞め母と結婚をする。その後に自分が生まれると思われるのだが、そうなるとどうなるのだろう。自分は父の商社の収入で授業料の高い私立の学園に小学校の頃から通っていたが、まさか児童救済団体の職員では、そんなに高収入ではないから通えるはずがない。だとすると・・・
 と、その時、スキーのコントロールが急におかしくなった。あれ、板がどんどんコースの脇にそれていく。下の方に進んでいかない。何とか戻さないと、だが、板は自分の意志とは違う方向へどんどんそれていく。このさい、ブレーキをかけようとボーゲンの姿勢を取ろうとするが、それでも止まらない。
 何と言うことだ。目の前に崖が、樹木の中に涼子の体が飛び込む。板の片一方が外れる。
 ふわっと体が浮き、胴体が雪面に打ち付けられ、体が何度も回転して崖の淵に落ちていく。あまりの衝撃で涼子は気を失った。

 目を覚ました。
 まるで、悪夢から目覚めた感覚だ。自分はベッドの上にいる。ホテルの部屋の中だ。目の前に二人の男女がいるのが見えた。
 雪子さん、純平さんと、声を発したかったが、それを咎めた。なぜなら、気を失う前に見た二人とは違う雪子と純平だったからだ。
 両者とも、急に老けた感じだ。そうだ、涼子の知っている父と母と同い年になったような感じだ。顔は皺があり、中年らしい肌の状態だ。そして、雪子は髪の毛が短く、純平は、やや白髪交じりだが髪の毛がふさふさに生えている。涼子の知っている離婚する直前の両親の姿とは、明らかに違う。父はてっぺんから禿頭であった。涼子が中学の頃から頭の毛が抜けて落ちてそんな状態になったのだ。母は、髪型と顔付きは同じものの、涼子が知っているような病弱で、うつろな感じのする表情では全くない。とても生き生きして肌に艶がある。いったいどういうことなのだろうか。
「ああ、よかった、やっと気付いたのね」
と雪子が言った。
「心配したぞ、滑って転んで、死んだかと思った」
と純平。両者とも四十代の中年夫婦の声と話し方だ。目の前にいるのは、涼子の父と母だ。そうだ、涼子は思い出した。記憶が甦ってきたのだ。そして、それは崖から落ちる前まで持っていたのとは違った家族の記憶である。
 磯崎涼子は、国際児童救済団体「セイヴ・アワ・チルドレン(Save Our Children)」の職員である父、純平と普段はスーパーでパートの仕事をして冬は志賀高原や群馬でスキーのインストラクターをする母、雪子の元で育った一人娘である。
 学校は私立ではない。小学校から高校まで公立高校である。一家は、けっして裕福ではなかった。三人で安アパートに住み、贅沢のできない暮らしを日々送っている。
 でも、幸せであった。父は、日本と東南アジアを往復している。海外に出て長い間、帰ってこないこともあったが、必ず手紙を送り、現地の状況を伝えてくれた。子供たちの受けた仕打ちに驚嘆した。だが、援助品を送り、カウンセリングを施すことによって、みるみる元気になっていく話しには感動させられもした。涼子は、子供たちのために人形や絵などのプレゼントを自分で作り、それを父が持っていき直接渡し、それを受け取り喜ぶ子供たちの様子を父から聞く。