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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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私をスキーブームの時代に連れてって

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「あ、しまった。これって朝日山の方にそれてしまっている」
と言った。
「え、どういうことだ?」
「ルートを少し左にそらしたってこと。大丈夫よ。すぐに元のルートに戻れるから、ちょっとカーブがきつくなって、勾配も急になるけど、頑張ってね」
と雪子は言うと、右手に進路を変えた。
 朝日山側から万座山へ、その万座山の麓に万座スキー場のゲレンデがあるのだ。
 雪子が言う通り、勾配がきつくなっている。それに木々がより多く生い茂っている。純平と涼子は、ひいひいふうふう言いながら滑った。足が、がたがただ。だが、滑るしかない。
 しばらくして、
「みて、あそこが万座よ」
と雪子がストックで差した方向に、リフトの頂上地点らしい建物が遠くに見えた。あそこまで行けば、あとはゲレンデを下るのみだ。
 ほっと安堵感がわいだ。あともう少しだ。ここからなら、あの場所まで行くことは初めての者でもそんなに難しくない。見て取って分かる。と、その瞬間、 涼子は、はっと足が雪に吸い込まれる感覚を覚えた。

 何だろうと思うと、足元の雪がごっそり、落とし穴があるように落ち込んだのだ。まずいと思い、足首をあげ、飛び上がり安定した雪面に着地。だが、とたんに板のコントロールが効かなくなった。急にスピードが上がり、涼子は純平と雪子を追い抜き、坂を急下降し始めた。
 やだ、とまらない、と心の中で叫ぶが、そうこうしているうちに目の前に崖が、
「危ない」
と背後から声が、雪子の声だ。雪子が涼子に抱きついた。とそのとたん、二人は崖から足を踏み外し、雪面に転げ落ちてしまった。
 涼子は、体が雪面に打ち付けられ、転げ落ちながら雪子と重なって、回転状態にあるのを感じた。
 回転が止まった。はあ、無事生きていることを確認した。思ったほど、急な崖でもなかった。板は外れたが、また立ち上がって滑れる。
「おい、大丈夫か」
と純平の声が聞こえる。崖の斜面に滑り降りて涼子と雪子に話しかける。
「ああ、大丈夫、ごめんなさい」
と涼子が言ったが、雪子はなぜかうずくまっている。どうしたのかと涼子と純平は心配になって近付くと、何だか雪子が辛そうな顔をしている。
「どうしたんだ?」
と純平が言うと
「足の骨を折ったみたい」
と雪子。右足膝を両手で押さえながら言った。雪子の両足から板は外れた状態だ。
「何てことだ? 立ち上がれないのか」
「無理だわ。間違いなく折っている」
と雪子、かなり辛そうな表情で言う。
 涼子はしまったと思った。自分を助けようとした雪子が転んで足を折ってしまった。
「ちくしょう、どうしてこんなことに」
と純平が言った。その言葉が涼子にぐさっと刺さった。
「本当にごめんなさい、雪子さん、純平さん」
と目から涙がこぼれ出そうなほど謝った。
「ねえ、私はどうにかなるから、あなたさっさと行って、ワインを渡してきて」
と雪子は純平に向かって言う。
「え、何てこと言っているんだ?」
「大丈夫よ。涼子ちゃんとここに残るわ。無線で助けを呼ぶし、リバークの用意もしているから。ねえ、ここからならあと三十分ぐらいあれば着くわ。行き方は分かるでしょう。ここから見える万座山の頂上の建物までまっしぐらよ。だから、構わず行って。あなたならできるわ」
と雪子はひきつる表情をしながら、純平に話しかける。すべては純平の出世のため。ここで諦めたらお終いだ。涼子も雪子と同じ気持ちだった。
 純平は、じっと立ち止まって何か考え事をしているかのようだ。涼子は心の中で「お父さん、行って」と声を上げた。自分が足手まといになって、せっかくの出世のチャンスをおじゃんにしたくない。もしかして、ここで出世したら、父は、涼子の知っている万年ヒラで、結局はリストラされた情けない父でなくなるのかもしれない。未来が変わるのだ。そんな岐路に立っている。
 純平は、リュックを肩から下ろした。そして、中から木箱を取りだした。ロマネコンティ七十六年ものが入った木箱だ。取り出した木箱を持ち上げた。 
 持ち上げた木箱を突如、そばにあった木の幹に思いっきり打ち付けた。木箱は割れ中からワインのボトルが雪面に落ちた。
「何をするの?」
と涼子が叫んだ。雪子も呆気に取られた。そして、今度はボトルを持ち上げ、それを木の幹に再度打ち付けた。ガシャーンと音がして、ボトルは砕け散り、ワインの液が辺りに飛び散った。まろやかなロマネコンティの香りが漂った。
 涼子と雪子は、純平のとっさの行動に驚きを通り越すほど圧倒され、意識もうろうになりそうになった。百万円もするワインボトルを割り、飲まれる前に雪面に飛び散らかす。
 一体全体、どういうことだ?
「俺は、ここに残って雪子さんが助け出されるまでついている」
「いったい、あなたって・・」
と雪子が、びびりながら言うと
「いいんだ。もうどうでもいいんだ。部長が何だ。あんな気取り屋で傲慢な奴に媚びを売ってまで出世などしたくない。こんなワインを届けるために、どうしてこんな危ない目に遭わなければいけないんだ」
「でも、ものすごく高いワインなんでしょう」
と涼子。ロマネコンティの味も価値も全く分からないが、百万円の価値があると聞かされれば、勝手に割って捨てていいとは思えない。
「ワインはワインさ。ただの酒だ。たかがボトル一本で百万円。ふざけんじゃねえ、百万円があれば、東南アジアで子供が百人通える学校が一つ建てられる。金とは、そんなことに使うべきだ。会社に入って、どうしようもない奴に媚び売って、それで高い地位や収入を手にしたからって、どうせ幸せには自分はなれっこない。そのことが分かったんだ。雪子さん、君と接してね。君は言ったよね。俺が自分自身をごまかしているって。そうだよ、ごまかしていた。商社マンなんてやりたい仕事ではなかった。もっとしたいことが自分にはあるんだって。そのことに気付かせてくれた人が苦しんでいるのを放置しておけるほど情けない男ではない」
と純平は雪子に真剣な眼差しを向ける。雪子は、痛みにひきつりながらも、その真剣な眼差しに何気なく答えているように見つめ返す。
 涼子は、純平の姿を見ながら、心の中で叫んだ。
「お父さん、かっこいい」
 
 その後、すぐに無線で救援を呼んだ。数分間ほど流していると無線に応答があり救急をよこすという連絡が取れた。雪子の折れた足には木の枝を使い固定して応急処置をした。
 辺りが一気に暗くなり気温も急激に低下して凍り付く寒さとなった。雪面に穴を掘りテントを張って3人で体を寄せながら、毛布にくるまり待つこと一時間、救急隊のスノーモービルが到着。雪子は担架で志賀高原の麓に戻されることとなり純平と涼子も一緒に下山した。


 それから二日後の昼
 右足骨折で志賀高原の病院に入院中の雪子を涼子は見舞いに行った。あの後、雪子は即、病院に運ばれ骨折の治療を施され、ギブスをはめられベッドに足が固定されるようになった。応急処置も良かったので、これから数ヶ月以内に元の状態に戻れると医師は告げた。
 純平の中日物産社員一行は、旅行が終わり名古屋に戻ったが、純平だけは雪子に付き添うため残ることとなった。