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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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私をスキーブームの時代に連れてって

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 子供たちから涼子へお礼の絵や手紙が送り返され、涼子は、心から感動した。
 救済団体からの安い収入と母のパートの収入だけでは家計は支えられず、食べ物に困る時もよくあった。でも、そんな時こそ、家族で支え合った。母は父のしていることを心から誇りに思っていた。だから、生活が苦しいことに対し何一つ文句を言わなかった。それに支援活動の話を父から聞かされよく分かっていた。世の中には、もっと恵まれない人々が多くいるということを。

 涼子は、冬になると母がスキーインストラクターの仕事をする志賀高原や群馬に一緒にスキーをしにいくことができた。スキー場職員の家族として、無料でリフト券を持てスキー用具のレンタルができるため、学校が冬休みの頃にはスキーを満喫した。父も、一緒に来ることもあった。
 冬のスキーでは、両親は、普段と比べてずっとむつまじかった。なぜなら、スキーこそ、二人が結び合ったきっかけだったから。もちろん、離婚などすることはなかった。
 そう、涼子のもう一つの記憶にあるしかめっ面で不機嫌そうな父の姿は全くない。いつも涼子と母に微笑みかけ、ちょっとドジなところがあるけど、でも、人間くさくて、誰も憎めなくて、誰に対しても優しい父の姿こそが、今、涼子の目の前にいる父、純平なのである。
 そして、この志賀高原に親子三人でスキーに来た。今回は母もスキー客としてのみ参加だ。というのは、一家で思い出の志賀高原に、日本を長期間離れる前の記念としてスキー旅行をしに来たのだ。このスキー旅行の後、一家は東南アジアに飛ぶ。三人で現地での救済活動に加わるのだ。母と涼子もスタッフとして働くことになる。父の背中を見て、自分もと思いスタッフに加わる決心をした。お金がないから大学には進学できないけど、代わりに大学で勉強するよりも、もっと有意義な活動が出来る。
「お父さん、お母さん」
と涼子は、目から涙をこぼした。どうしたんだろう。とてつもない感動を覚える。今は、二〇一四年三月。元の世界に戻ったのだ。だけど、以前とは違った家族である。だけど、涼子にとっては、今、思い出したこの記憶と、この家族こそが本物になっていた。
 一体、何が起こったのだろう。二十五年前にタイムスリップしたのは夢の中の出来事だったのだろうか。父が商社マンをする一家の元で育てられ、経済的には裕福だったが、幸せとはいえない家庭生活。その記憶は何だったのだろうか。
 医師も診察して、涼子は何の異常もないことが分かった。単に転んだショックで数時間気を失っただけだと言うこと。
 
 さて、スキー旅行は終わりだ。一旦、名古屋に帰り、その数日後に東南アジアへ飛ぶ。現地は、志賀高原とはうって変わり、熱帯地帯である。まさに正反対の世界だ。
 涼子は、わくわくした気分でいた。生まれて初めての海外である。そう少なくとも本物の記憶では、旅行といえば冬、志賀高原か群馬に連れて行ってもらったことしかない。
 そこでは、ずっと手紙や写真でしか知ることのなかった子供たちと生で会える。どんな日々が待ち受けているのだろう。
 涼子のわくわく気分は、純平と雪子も同じであった。
「ああ、これでかなりの間、日本とはお別れだ」と純平。
「そうね、その意味でとってもいい思い出になったわね」と雪子。
「子供たちと会えると思うと楽しみね」
「そうだな、しかし思い出すと、あの時、君は僕が商社マンやっていたから惚れたんだろう。なのに商社をやめっちゃっても、ついてきてくれた」
「そりゃあね、一度惚れると、その相手を愛し抜く主義だもの、私は。だけど、それで結果的にはよかったと思っている」
と微笑んで答える雪子。
「嬉しいよ、そう言われて。考えてみれば、それもこれも、俺たちをこのスキー場で出会わせてくれたあの娘のおかげでもあるな、そういえばあの娘、どうしているのだろう、あれ以来、ずっとご無沙汰だな。今、どうしているのだろう」
「そうね。確かに思い出す。今頃、どうしているのかしら、突然、いなくなったのよね」
と二人が会話している時に、涼子はホテルのフロントでチェックアウトの手続きをしていた。
 すでに料金は前金で払っている。母が、ずっとスキー場職員であったこともあり、特別割引で宿泊とリフト券が購入できた。それから、スキー用具のレンタルも。涼子は、スキー場に来るたびにスキー板をただでレンタルして貰えた。それも職員特典の一貫であった。だから、自分のものを持っていない。買ってない代わりに、毎年、最新の用具を借りれるという得なこともあった。今度の旅行でもそうした。
 チェックアウトの用紙に一家を代表して署名をしようとしたが、突然、フロント係員が言った。
「お客様、実をいうと、今回、変なことがありましてね。それでちょっとおききしたいことがあるのですが」
「はい」と涼子。
「お客様が、この度レンタルされましたスキー板なのですが、確か、カービングスキーですよね。通常、皆さん、そうしますから」
「はい、それを借りましたけど」
「だけどですね。お客様がはかれていた板なのですが、片方が転んで外れてしまっていました。外れた方はカービングなのですが、お客様が転んでもはいたままの状態だった別の板はカービングではなかったのです」
「え、何ですって!」
「見てください。これは二十年以上前まで主流だった旧式の板でして、カービングが出てからは、使用する人もいないので、当ホテルではレンタルをしなくなったものです。ですが、一体どうして、そんなものをお客様がはいていらしたのか。両板は長さも違うし、マッチングしないのですよ」
 フロント係が差すところに壁にかけて置いている片割れの板があった。涼子の背丈より十センチほど長めの板で、カービングと違い細めで先端がとんがり上向きに大きく反り上がっている。
 涼子は思った。ああ、あれは夢ではなかった。わたしが変えたんだ。自分の人生と家族の人生を、より幸福なものに。