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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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私をスキーブームの時代に連れてって

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 涼子と雪子は、純平の滑る姿を眺めた。純平は五人ほどいるグループの最後尾にいる。他よりも滑る速度が遅く、ついていっているのがやっとのようだ。
 グループが涼子と雪子のいるところまで近付いてきた。すると、二人の目の前で純平が大こけした。グループは一旦、止まり純平を迷惑そうに見つめる。一人の男が言った。純平より少し年上そうで大柄な男だ。
「おい、磯崎、おまえって駄目だな。営業成績でも俺たちの課の足を引っ張っると思えば、スキーでもかよ。そもそも、大した学歴も能力もないくせに、この会社に入ったことからして無理があったのじゃないか。悪いけどよ、俺たちと一緒には滑るなよ。気を使ってゆっくり滑ってやっているのがやになるぜ」
と純平を睨みつけながらの厳しい口調だ。そして、雪子の方を見て言った。
「ねえ、インストラクターさん、こいつみてやってよ。俺たちと一緒に滑れるぐらいにうまくなれるようにしっかり指導してやってくれよ。俺たちは行くからな。じゃあな」
 そして、男は、他の者と一緒に滑ってその場を去っていった。純平はふてくされた顔でその場で雪面に腰を下ろした状態だ。涼子が家庭でよく目にした父の表情だ。そうか、まあ、何となく分かっていたが、こんなことが会社の中で起こっていたのか。こんなことを日々言われながら会社で人付き合いしていのでは家に帰ってきても、愛想ない顔をするのも無理はないかもしれないと、不思議と同情の念が沸いてしまった。


 純平は立ち上がり、ストックを押してその場を去ろうとする。
「ちょっと待って、今からスキーの指導してあげるわ。一緒に滑りましょう」
と雪子が優しそうに声をかける。
「いいんだ。ほっといてくれ」
と純平。ムキになっている。
「ほっとけないわ。せっかく知り合えたんだし」
と雪子。
「ふん、さっき見て分かっただろう。同じ社の連中だ。一流商社の社員だけど俺は仕事がろくにできない駄目社員なんだ。あいつらとは学歴や能力に差がありすぎる。だから、釣り合わないんだ。スキーなんてどうでもよかった。だけど、仕事の付き合いということで仕方なくやってきたんだ。どうだっていいんだ」
と純平。
「うそよ、あなたは自分をごまかしている。本当は、あんなことを言われて悔しいはずよ。見返してやりたいと思っているはずよ。きっと、本音ではそう思っているはず、どうして、自分に対して正直になれないの。見返してやりましょう。今からあなたを特訓してやる。あの人たちと同じように滑れるようにさせてやる」
と雪子が声を張り上げて純平に言った。まるで食ってかかるような口調だ。純平は圧倒され、ふてくされた表情から、雪子に強く惹かれたような表情へと変わった。互いに真剣に見つめ合う。
「じゃあ、せっかくだからお願いするよ」と応えた。

 リフトに乗り、初級のスロープから始めた。上体をひねりながら、苦手とされるターンの練習だ。単純な動きを何度となく繰り返す。雪子は、容赦なく指導する。姿勢も手取り足取り、細かに指導した。母が父へマンツーマンでスキーの指導をしている姿を見ながら、涼子も加わった。一緒に基礎からの動作を習った。
 もっとも初級レベルは純平は問題なくこなせており、一時間ほどの練習は、ウォーミングアップと基礎の徹底の意味があった。初心者に多い、カーブ後にボーゲンと呼ばれる板をハの字形にして滑るスタイルから、完全なパラレル(両板平行)のスタイルに変わった。
 昼ご飯をリフトに乗り中級コース近くのレストランで三人でとった。サンドイッチ、うどん、カレーライスをそれぞれ食べた後、さっそく中級コースへと行く。これが難所だ。短いスロープがあり、雪子が滑りの手本を見せる。ターンは、外足を前に体を出す形で滑ることが大事だと教えた。
 涼子が続いて滑る。そして、純平の番になった。純平は意外にも、すらりと滑りターンもなんなくこなせた。
「やるじゃない」
と雪子は嬉しそうに言った。
「ああ、さっきの初級コースでの指導がよかったよ。意外にも基本が大事だったということだね。このままいけば、これより急で長いところもなんなく滑れそうだ。指導引き続き頼むよ」
と純平。実に嬉しそうで爽快な表情をしている。
 その後は、実に順調だった。何度かこけたりはしたものの、純平はみるみるうちに滑りをこなしていった。こつをつかんで、全てを手にしたという調子だ。というよりも、気分が変わって急に大胆になり体が自由に動くようになったといっていい。
 一気に中級レベルのスキーヤーになってしまった。さて、次に上級レベルに挑戦だ。
 さすがに勾配が急になる。急斜面を見て、涼子も純平もおののいている。
「できるわよ。やりましょう」と雪子が言った。そして、自らのプロ級の滑りの腕前を見せる。
 純平と涼子は、顔を一緒に付き合わせると、同時に急斜面のスロープに飛び込んだ。まるでジェットコースターに乗っているような気分だった。何度かこけそうになる。コースを外れて、空中に放り出されそうになった。しかし、初めての滑りなのに一度もこけずに麓のリフト乗り場に到達でてしまった。二人は同時にほっと一息ついた。
「うーん、私の生徒たち。まずはお見事。もっともいろいろと教えないといけないことあるけどね」
と雪子は純平と涼子に言った。
 それから、一時間後、雪子と純平は立派な上級レベルのスキーヤーになってしまった
 翌日も、レッスンを続けることにした。今度は上級レベルの中でも難関とされる。コブ雪の滑りの練習だ。
 雪子と涼子は、その日をオフにして、純平と三人で滑りに明け暮れるようにした。純平も張り切って練習に参加した。初級スロープ、中級スロープで、コブ滑りのための姿勢やターンの切り方を徹底特訓。
 そして、始めてから約二時間後、コブをすらりと滑ることのできる上級スキーヤーが二人誕生した。愛の指導のたまものであった。 その日の午後、純平は、前日に嫌な想いをしたスキーグループ、彼らは同じ課の同僚である。彼らの目の前で見事な滑りを披露した。彼らは、純平の変わり様に仰天していた。純平は得意気になり、彼らに自分の驚くほどに上達した技を一通り見せつけると、雪子と涼子の元に戻り、滑りを続けた。一番、一緒に滑りたい相手は、この二人だったからだ。
 午後三時頃、三人はホテルに戻った。気持ちのいい気分で一杯である。大胆にも、一緒に露天風呂に入らないかということになった。雪子が言いだし、純平が「是非とも」と言い、そうすることになった。涼子は何だかわくわくした。親子三人で露天風呂なんて、何という大胆なことをするんだろう。
 すると、通りかかったロビーで、同僚であるスキーグループの連中がたむろして、そわそわしている。純平は声をかけた。
「どうも」
と言ったが、反応が素っ気ない。相変わらず、嫌われているのかと思ったが、そういうことではないらしい。
 先輩であり社の主任である大柄な男、普段から純平を見下している男が悩ましそうな表情をしている。他の課のメンバーも同様だ。
「いったい、どうしたんですか?」
と訊くと。