ブリュンヒルデの自己犠牲
もっともこの『フィジカル・デバイド』の時代では珍しい話ではない。特にスポーツの分野ではその世代交代が顕著で、ノン・ドパージュの世代の人間はあらゆる競技で駆逐されている。ドパージュによるあまりの能力差を卑怯だと言う選手もいたが、そんな古い世代のちゃちなパフォーマンスなど誰も見向きもしない。
親父もどちらかと言うと古いタイプの人間なので、正直あまりドパージュ教育に積極的と言えるものではなかったが、その一件から俺の高校進学も見直されることになった。それでどこか良い学校はないかと探していた処この学院に……という訳だったが、まさかこんなあからさまなコネとは思わなかった――。
しかしドパージュの専門教育を受けていない俺が入るにはコネを使うしかない不幸な事実。さらに既に専門教育を受けた明日香や千鶴さんが何かと世話をしてくれるとなれば、この学院以外ありえない。ここに入れたのも親父のお陰に違いないが、何とも複雑な気分だ――。
正直、こんな学校辞めて沖縄に帰りたいとも思う。でも親父が俺を期待する気持ちも考えると、とてもそんなこと言えやしない。せめて明日香とあんなことがなければ――。
「でもさあ、火鷹っち、すごいねーー。明日香とキミの噂で学院中が持ちきりだよーー? で、明日香の『神眼』って何なの? やっぱ超能力ーー?」
「そうだよ、そうだよな。そんな超能力みたいのに憧れてこの学院に入ったんだ! そうこなくちゃーー! 教えろ、火鷹ーー!」
春菜も一馬も興味津々とばかりに、俺の負け戦をズケズケと聞いてきやがる。
お前ら敗者に鞭打つ様なことはするなよ。ちきしょう……。
「神眼だなんて俺にだって分かんねえよ……。気が付いた時には俺の目の前に居たんだよ……。一瞬、時間が止まったのかと思ったくらいだ……」
「時間を止めるって、マジ? JOJO? DIO?」
「カズマン、それはないよーー。わたしだって見てたもん。明日香は普通に飛び込んだだけだったよ。むしろ火鷹っちが何であんなボーっとしていたのか信じられないよーー」
「じゃあ、幻覚でも見せたってことか? NARUTO? 写輪眼?」
「それもねえよ……。そもそも写輪眼なんてアニメだし、催眠術だってあんな所で簡単にかけられるかよ」
「じゃあ、相手の動きから次の攻撃を予測するとか――。あれ? そんなマンガあったっけ?」
「それもねーよ、ついでにそんなマンガもな。……まあそれはマジメに考えたよ。確かに何度も対戦すれば少しは相手の攻撃も読めるかも知れないけど、明日香とやったのはあれが初めてなんだぜ……」
「それにカズマン。あの時は明日香の方から突っ込んで行ったんだよ。別に相手の動きを読むとかそうゆうのじゃないよーー」
「何だよ、じゃあ、技を食らった本人も分からねえのか?」
「俺だけじゃねえ……。今まで誰も分かってねえ位だ。だから大騒ぎになってるんだろうよ」
そうだ……。実際にあの技を食らってみると、逆に不思議さが増すばかりだ……。一体、何なんだ? あの神眼ってのは――?
「でも驚きだわ……。あんな風にドパージュの能力を見せるってことは滅多にないのよ」
それまで黙っていた匂宮も不思議そうな面持ちで話に加わり始めた。
「最先端のドパージュは軍事機密よ。技を見せればそれに応じて対策を打ってくるし、弱点だって発見されるかも知れない――。何よりその技を盗まれるわ。見られても神眼の秘密は分からないって、絶対の自信があるんでしょうね――」
「あれは技じゃない……。技でパワーとスピードが上がることはあっても、目を狂わすことまでは出来ねえよ……。かと言って、レーザーとか光で目をやられた訳じゃあない。それは俺が保証する――」
「でもやっぱりあの赤い目が秘密なんだよな? あれってどうして目が赤いんだ?」
「もうーー、カズマーン、保健で習ったでしょうーー? 目の神経とか筋肉をドパージュで発達させたからだよーー。筋肉や神経が発達すると毛細血管も一緒に発達するから、そのせいで目が赤く見えるんだよ。元の茶色の瞳に血管の赤い色が混じっているから、ああゆう深みのある赤い目になるんだよっ!」
「ホントかよ? 病気じゃねえの?」
「毛細血管が発達することで酸素給料量が増えるのだから悪いことは一つもないわ――。むしろ健康に良いことだし、視神経が発達して視力も劇的に向上しているはずよ。ドパージュの典型的な成功例と言えるわ。……でもどうしてそれだけであの不思議な力が発揮できるのか誰にも分からないの……。もちろん明日香さんは秘密にしているわ……」
「ふーん、でも神経を発達させるって、そんな簡単に出来るかよ?」
「今までは体力を向上させることがドパージュの主な効能だったけど、最近研究が進められているドパージュはむしろ神経系の強化が多いそうよ。視神経だけじゃなく、聴覚を良くしたり色々あるみたい」
「聴覚って、耳が良くなるのか?」
「ええ、確かに聴覚である程度人間の動きも分かる人がいるの――」
「それじゃあ、それじゃ異常聴覚で敵の動きを読むことが出来るんじゃねえのか?、剣心の宇水さんみたいに? 『心眼』ってやつでさあ?」
「カズマンってホント、マンガやアニメが好きだねえーー」
女の子の春菜はやや呆れ気味言う。でもなあ、男はみんなそうゆうバトルマンガが好きなんだよ。俺だってヤラれた立場じゃなきゃあ、一馬の様なノリで楽しんでいただろう。だが今回ばかりはそんなノリに付いて行く気になれない。勝手にやっててくれ!
「申し訳ないけど、それもないわ……。聴覚では身体の細かな動きを判別することが出来ないの。武器なんて尚更よ……。人間の何百倍も耳が良い動物だってそんなことは出来ないもの。ドパージュで聴覚を強化しても限界があるわ……」
「そうだよなあぁぁ。さっぱり分からねえーー。神眼って名前は伊達じゃねえなあーー。もう魔眼とか邪気眼をリアル超えしてねえ? マジで神レベル! そういやアニメでも赤い目と髪の女の子って出てくるよな。そうそう、シャナたん! これでツンデレなら神認定!」
おいおい、一馬? お前オタクだったのかよ? しかも幼女か? 突っ込み処が多すぎる発言だぞ? それに明日香は全然幼女とは違う。女にしては背も高い方だし、出る処はしっかり出ている。何より明日香にデレなんかあるのかよ?
「でも赤い瞳に赤い髪かあーー。結構憧れちゃうねっ。わたしも欲しい! もしドパージュを受けたら、あんな赤い瞳になれるのかなあーー?」
「それは難しいかも……。最先端のドパージュの効果は、その人の体質による処が大きいの。同じ薬を投与されても、あの赤い目を持てるとは思えないわ。実際、彼女以外にあの能力も赤い目を持つ人もいないもの……。でも本当になれたら素敵よね? あの瞳って宝石のガーネットみたいな色だから『ガーネットアイ』って言われるのよ」
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ