ブリュンヒルデの自己犠牲
この学院ではいくら体力があっても頭が悪ければダメだ。そもそもドパージュは薬を投与すればそれでOK、即超人とかニュータイプになれますよって訳じゃない。投与する薬もその量も個人の体質や適正によって大きく変わってくる。それを把握するには高度な保健の知識が必須だ。それだけじゃあない。薬を投与した後は肉体に負荷を掛けてその超回復により筋肉や骨格を発達させてやる必要があるが、そのトレーニングメニューや量も個人毎に全く違う。筋肉トレーニングの負荷重量、走る距離にスピード、全部コンピューターに入力し分析されている。それにトレーニング機器も最新のものを使うしな。電子パルスで筋肉や神経に刺激を与えてやるなど当たり前だ。つまり頭が良いエリート連中は、その辺で一つ頭抜けている。俺達みたいにただ走って汗をかくだけじゃあ、絶対的に追い付けない。
つまり「特訓だあーー! 修行だあーー!」とわめいているだけの――、いや一馬ならそれを本当に実行に移すだろうが、そんな馬鹿じゃエリートには絶対に勝てない。
それでも奴は次こそは絶対に勝つと言う。良い奴だ。熱い奴だ。だがこの世界はマンガじゃない。スラムダンクの主人公みたいに才能と努力だけじゃ絶対に勝てない。頭が必要なんだ――!
こいつも時代が違えばヒーローになれたかも知れないのに、何て不幸な奴だ……。涙が出る。ジーザス! こんなのあんまりだろう!
「それで春菜はどうしてこの学院に入れたんだよ?」
「えっ? あたしーー? へへーー、やっぱコネかなーー?」
うおっ! こいつ堂々と認めやがった。器でけえぞ、この女。
春菜とは入学前、学院の寮で偶然同じクラスだと知って意気投合して以来一緒にいる。モーターブレードという共通の趣味もあったりするし、性格も明るいのであまり女の子として気を使う必要もなく付き合い易い。
ただこいつも一馬同様、あまり頭は良くなさそうだ。モーターブレードを乗りこなしていた様に、春菜は体力も運動神経もそこそこあるが、飽きっぽい性格の為か別に何かの大会に出たりして実績を残した訳じゃない。確かにコネのようだ。どんなコネか気になるものだが。
「でも、わたし芸能課のアイドル志望だもん! コネとか成績なんて関係ないよーー!」
防衛省管轄のこの白鳳学院でアイドル志望――?と不思議に思うかも知れないが、実はこの学院出身のアイドルというのはかなり多かったりする。これもドパージュの宣伝の為だ。ドパージュが始まった頃はまだ薬を投与することに抵抗感が大きかったし、副作用なんかの恐怖もあって、どっかの左翼系教育評論家達がそれこそ狂った様に反対したらしい。まあ、実際あいつから狂ってるんだけどな。
それにドパージュを受けた子供達はそのあまりの運動能力ゆえ『アンファン・テリブル』《恐るべき子供達》とも言われ、逆の意味でかなりの偏見があった。
そこでこの防衛大学の生徒会自らがその様な偏見をなくし、ドパージュを広める為に積極的な広報活動に乗り出した。その広報活動がアイドルの育成だった。
ドパージュを受けた生徒達は身体を強化しているだけあって、歌もダンスもプロポーションも一世代前のアイドルとは比べ物にならない。女性ホルモンも投与したりするので胸も大きい娘もいる。あっと言う間に芸能界を席巻し一大派閥を形成するまでになった。
もっともこの芸能活動はドパージュを広めること以外にも大きな目的があった。彼らの将来の政治家への転身という目的も兼ねているのだ。彼らが自分達の立場を変えるには、政治を変え社会をも変える必要がある。そして政治家となるためには自分達の知名度を上げる必要があり、その手段としてアイドルやスポーツ選手という進路が最も有効な近道であると――。
もちろん『芸能課』なんて学課は実際にはない。しかしこの学院では『広報部』という名の元、生徒会のバックアップを受けて正式に部活として認められている。もっとも学院内ではもっぱら『政治部』と言われているが――。
それで春菜もアイドルを目指してこの学院に入ったらしい。確かに明るくて可愛い。開けっ広げな性格もアイドルに向いてるかもな。俺は断然、匂宮派だが――。
ちなみに春菜みたいに、この学園で純粋にアイドルを目指す奴はアホの子呼ばわりされる。俺もそう思う。悪気はないが。
「で、火鷹っちはどうしてこの学院に入れたの――?」
春菜、お前ストレートに聞くなよ! 多分コネだ。多分、明日香の言う通りだ。
まあ俺も運動神経にはかなり自信があった。覚えたての琉球空手で全国大会にも出た位だ。それを評価されての入学だと思っていたが、付属中出身のエリート組の連中と比べると、多分にコネだと考えざるを得ない。そう冷静に考えると思い当たる節がある……。
「実は親父が航空自衛隊のパイロットなんだよ……。もしかするとそれで入れたのかもな……」
「そうね、確かにそれが理由だと思うわ……」
うわっ! 匂宮にあっさりコネ入学を認定された。ダメじゃん、俺!
「この学院に入るには学力だけじゃなく、身元の確かさも求められるの。防衛大学の付属校だから軍事機密に値するドパージュを受けることもあるし、それに兵器でもあるウォーカーを実際に使うもの、不審な身元の人は入れないわ。逆に軍関係者の息子さんなら信用もあるから優先的にこの学院に入れるはずよ――」
「じゃあ、火鷹っち、お父さんに感謝しなきゃねえーー?」
ああ、感謝してます。感謝してるよ、色々と――。畜生ぉぉーー! 親父の勧めでこの学院に入ったけど、こんなことなら沖縄のアメリカン・スクールに入った方が良かった!
「でも、火鷹っちのパパ、パイロットなんてカッコイイねえ? ♪わたしのパパーはパイローートオォーー♪ なんてねっ!」
春菜は昔のアニメのアイドルのマネをして俺を持ちあげてくれるが、親父の話をされると落ち込むしかない。それ以上の追及をされないよう、「そんなイイもんじゃねえよ……」と言葉少なに答えるのが精一杯だ。
確かにカッコイイ親父だし尊敬もしている。今でもそれは変わっていない……。明日香じゃないが、つい最近までは沖縄の航空自衛隊で“エース”と呼ばれてたくらいだ。超が付く一流のパイロットのはずだ。スゲえはずだ。だがこの『フィジカル・デバイド』の時代で、そのエースの座から文字通り撃墜されてしまった。
何でも親父の話では、ドパージュを受けたパイロットの能力は次元が違うものらしい。その強化された身体で戦闘機の強力なGにも耐えられ、従来のノン・ドパージュのパイロットでは不可能な動きも可能で、ミサイルさえも完璧にかわす程だと言う。実際に親父も模擬戦でブラック・アウト寸前まで追い詰められ、飛行中止を要請する信号を出さざるを得なかった。戦闘中の敗北宣言だ。
模擬戦とは言え、ドック・ファイトトで完膚無きまでに撃墜されては、戦闘機乗りとしてエースを名乗れるものではない。親父は戦闘機のパイロットを潔く諦め、若い彼らに譲ることにしたのだ。その潔い身の引き方に俺も新ためて親父を尊敬もしたが、それは同時に親父の敗北を認めることに他ならない。複雑な気分だった……。
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ