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ブリュンヒルデの自己犠牲

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俺は突き出していた左手をとっさに伸ばし、明日香が近付くのを防ごうとするのが精一杯だった。こんな一瞬で攻撃なんて出来やしねえ。
だが腰の入っていない突きなんて、ただの棒以下だ。明日香にとってはむしろ絶好の的。明日香は冷静に俺の左手を捉え、その手を引き俺のバランスを崩し、防御も攻撃も不可能な体勢にされた――。踏み止まって攻撃に転じるどころか、右手で防御することも出来ねえ。身体の正中線を全て明日香の前に曝け出してしまっている。
何なんだよ、これは――!?
俺が明日香を“見る”ことが出来たのはやっとこの時だった。
明日香は左腕を引き絞り、既に拳を打つ体勢は出来ている。次の瞬間、その柔かくしなやかな身体から、矢の様な一撃が放たれた――。
 ドスン――。
俺の心臓に明日香の掌底が撃ち込まれた。急所を的確に狙い打つ余裕があった証拠だ。
 その鈍い衝撃までは覚えている。後は記憶の彼方だった……



* * *


『薔薇色の学園生活』



 その“事件”で俺は一気に学院で明日香に次ぐ有名人となった。
 明日香が『神眼の太刀』を学院で初めて見せたこと。推薦組の落ちこぼれが、明日香によって一瞬で気絶させられたこと。しかもそんな落ちこぼれが明日香のパートナーを組むこと。どれもがこの学院中を騒がせるには十分な話題だった。
 それにしても最悪の学園デビューだ。バトルで女に気絶させられ、入学式は保健室で欠席。恥以外の何物でもない。明日香は武士の情けだと言って、保健室まで運んでくれたそうだが、俺の学園生活は一気に奈落の底へ叩き落とされた。相手が神眼の明日香だったのが唯一の救いだ。多少の言い訳にはなる。それでも春菜が”励まして”くれなければ、俺も学校へ行くのを拒否っていたろう。最も春菜も『推薦組』として白い目で見られるのが不安なため「火鷹っちも来てよー」と腕づくで引っ張り出されたのだが。
実際、クラスでの俺の立場は極めて微妙な立場だった。なんとか紙一重で奈落の底へ落ちるのを回避している様な状態だ。付属中学出身のエリート組からは推薦というコネ入学を蔑まれ、更に自分達を差し置いて明日香のパートナーになる妬みで今にも刺されそうだ。あいつ等の中には明日香とパートナーを組んで、あわよくば明日香を彼女にしたい――なんて考えている奴もいるのだろう。白い目どころじゃない。目がマジで殺気だっている。お前ら怖えよ。
かと言って、俺がそのエリート野郎共に手を出されるということもなかった。俺が明日香のパートナーになったことに何か隠された理由があるのではないかと誰もが訝しがり、遠巻きに俺が何者なのかを観察しているのだ。俺と明日香が従兄妹だと言う関係は同じ『葛城』という姓のこともあってすぐに知れ渡った様だが、それだけでエースの明日香とパートナーを組めるのか――? そんな疑問がクラスだけでなく学院中の噂になっていた。
 ……逃げてえよ、俺……。
 そんな針の筵の様な状況だったが、幸いクラスで同じ立場の“推薦組”の連中と仲良くなり昼飯も一緒に食う様になった。そうでなければ逃げる様に便所で一人でメシを食っていたろう。

「ああっ! それにしてもやんなっちゃうよおおーー! 人を何だと思っているのよ! あいつらわたし達のことまるで犯罪者みたいな目で見るんだよ! 信じらんない――!」
 そう飯の合間に元気よく愚痴ったのは、同じ推薦組の春菜だ。
「もう、折角バラ色の学園生活が待ってると思ったのに――!」
 しかし元気印の春菜でさえ、その程度の不満を叫ぶのがせいぜいだ。親のコネでこの学院に入った俺達。実力でエリートの連中に劣る俺達。下手なことを言えば、逆に自分の非を認ることになりかねない。春菜も「許さない!」、「嫌――い!」、「もう、やだーー」と自分の不満を叫ぶだけで論理性の欠片もない。泣けてくる……。
実際、入学早々の体育の実技で奴らとのパフォーマンスの違いに圧倒された。実力の違いをまざまざと見せ付けられ、俺達がコネ入学であることを自覚せざるを得なくなる。もちろん学課については言うまでもないだろう。奴らにとって俺達は“ズル”をして入学した卑怯な連中としか思われていない。奴らが犯罪者を見る様な目で――というのは、むしろ奴らの“良心”から来ている。2ちゃんねるなら俺達は徹底的に晒し上げられ、今頃祭り状態になってるだろう。
「でも……そんなに気にしないで。推薦入学にはちゃんと意味があるのよ。成績だけじゃなくて、運動の素質や色んな才能を持った人達を集めているの。そうゆう人達に最先端のドパージュを受けてもらうためにね……」
 そう言って俺達を慰めるのは、もう一人の推薦組の女子、『匂宮薫』。ストレートの長い黒髪と白い肌。このドパージュの時代では珍しい細く華奢な身体の女の子で、大和撫子の典型とも言える可憐な和風美少女だ。和服を着せたらさぞ似合うことだろう。
だが、あまり言いたがらないが、彼女もどうやらコネらしい……。
言葉遣いや物腰が柔かく品のある様子は明らかに育ちの良さを示していた。学課の成績は超が付く程優秀だ。どこかの良いお譲様なのだろう。
しかし如何せん体育の実技が良くない。運動神経は悪くないのだが、筋力、持久力が決定的に欠けている。俺達にも明らかに劣る程で、この白鳳学院では完全に落ちこぼれの部類だ。
こんな立場でなければ、俺達とは別世界の住人だったろうに……。こんな性格も頭も良くて優しい美人が落ちこぼれだなんて不幸過ぎる……。世の中が間違っている……。
付き合って下さい!と片膝を付いてお願いしたい処だが、俺も落ちこぼれのレッテルを貼られて今はそんな気分になれない。

「ちっきしょおおおお! 次は絶対勝ってやるからなああーー !」
一方、無駄にでかい叫び声をあげている負け犬野郎は、クラスでもう一人の推薦組男子『柏木一馬』だ。入学早々の体力テストで軒並みエリート組に惨敗を喫し、その悔しさを思い出す度に絶叫している。
こいつは匂宮とは全く逆で、体力、運動能力はかなりズバ抜けている。それで“本当に”推薦でこの学院に入れたらしい。潜在力が高いと評価されてのことだろう。ただしそれも付属中出身のエリート組を除いての話だ。連中と比べると明らかに劣ってしまう。
これ程才能がある奴がなぜエリート組に劣るのか? ズバリ頭が悪いからだ。ストレートに言ってしまうが悪気はない。本人も自覚してる。