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ブリュンヒルデの自己犠牲

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「何だよ……、推薦で入っちゃ悪いのかよ……?」
 だがその言葉が余計に明日香の怒りに火を注いだらしい。明日香は赤い髪を振り乱し、怒りを込めて俺に言い放った。
「当たり前だっ! 推薦など所詮コネでの入学に過ぎないっ! 叔父上に頼んでこの学院に入ったのだろう? 貴様がこの学院入れる実力が本当にあったか、胸に手を当てて考えてみるがいい――!」
 なっ、親父のコネって……。俺はそんなものでこの学校に入れたのか……? 確かに親父は俺をこの学校に行かせてやるって言ってたし、おれもツイているとは思ってたけどさ……。全部それって親父のお陰ってことかよ……。
「火鷹、何も言い返せない様だな。推薦組など所詮コネで入ったものでしかない。わたし達がどれだけの努力を重ねて競争に勝ち、この学院に残っていると思っている? ここには生まれつきのエリートなど居ない。みな全てその努力で競争を勝ち残ってきた者ばかりだぞ! 何もしていないお前を除いてな――」
お前は卑怯者だ――。
明日香はハッキリとそう言った。本当に人を見下す様な冷たい眼で俺を見ながらだ。
「叔父上もどうかしている! 幾ら自分の息子の為とは言え、そこまで“ルール”を破る人だとは思わなかった。かつて空軍でエースとまで呼ばれた人だ。尊敬に値する叔父だと思っていたがな――」
「おい、待て! 親父のことまで言う事はねえだろう!」
そりゃあ、俺がこの学校に入ることが出来たのはコネだったかも知れねえ。でもそれで親父まで馬鹿にされてたまるかよ! それに俺だって何もしなかった訳じゃない!
「俺だって、身体には自信があるんだ。伊達にこの学校に入った訳じゃない――」
「ふん……。いくら叔父上もあんなことがあったとは言え、そこまで――」
「そのことは言うな! それ以上、言うならお前だって容赦しねえぜ!」
 怒りに我を忘れ、俺はとっさに拳を構えた。身内の、しかも女にすることじゃねえが、あのことを知った上で言うなら、絶対に許せねえ!
「ふん、火鷹、やる気か……? 良いぞ、好きにかかって来い! 既にこの学院で訓練を積んだわたし達と推薦組のお前との実力の違いを教えてやる――」
そう言うと明日香は回りの生徒を後ろに下げさせ、俺とサシで向き合った――。
本当にやる気かよ? 今の明日香は何も武器を持たない徒手空拳だ。いくらエースって言っても、ウォーカーの操縦の話、じゃなけりゃ奴の得意な剣の話だ。体格に劣る女が腕力で、徒手空拳のケンカで勝てる訳がねえ。
「遠慮はいらない。この学院では格闘技も必修科目だ。実戦形式の手合いも事実上黙認されている――」
 本当にやって良いのかよ? そう思い、回りの野郎達を見るが、止めに入る様子もない。どうやら本当にアリのようだ。
「火鷹、お前が来なければ、わたしが行くぞ!」
 明日香の瞳が赤く輝いた――。明日香は一歩引き十分な間合いを取ると、何の構えもせず直立の姿勢で静かに立つだけだった。
……何するつもりだ? 組み手をやるんじゃなかったのか? 明日香のそれは格闘技の構えじゃない――。明日香は両足をわずかに前後に開くのみで、ほぼ直立の体勢で正面を向き身体の正中線を見せてしまっている。隙だらけだ―――。間合いの外でなければ、一発でやられるだろう。
 一体なんだ――? 本当に俺と組み手をやるつもりなのかよ?
 すると明日香は両手を広げ、円を描く様に回し始めた――。背の高い明日香が背筋を伸ばし、優雅に手を伸ばす姿はまるでバレリーナの様だ。この戦いの最中、明日香は本当にバレエを踊るかの様に両手を左右に広く、そして高く掲げ、ゆっくりと円を描くかの様に回し始めた。
あ、あの技は……、『神眼の太刀』――?
噂には聞いていた。だけど、あれは剣道だけの技じゃなかったのか?
 俺を囲む周りの生徒達からも驚きの声が上がる!
そう……、誰もがこの技を知っている。たった一月前、明日香を世界レベルで有名にさせた事件だ。

 明日香が防衛大学の付属中学を卒業する頃、明日香は日本のある剣道大会に出て見事優勝を果した。ただし普通の勝ち方ではない。何と明日香は“成人男子”の部で出場し、ほぼ全ての試合で一本勝ちを決める圧倒的な実力差で優勝したのだ。その大会にはドパージュを受けた男もいたし、長年剣道を修行してきた熟練者も出場する伝統のある大会だ。決してフロックじゃない。だがそれだけなら芸能ニュースで、“天才美少女剣士あらわれる”程度の扱いだったかも知れない。
 だが勝ち方が異常だった。明日香は剣技においては素人同然の動きながらも、奇妙な技を使い全ての試合に勝ちを収めたのだ。
相手と大きく間合いを取り、竹刀をゆっくりと優雅に円を描く様に回し、その後一気に間合いの外から突撃! そして竹刀一閃――。相手は明日香の動きに反応出来ず、歴戦の剣士達が明日香の剣で華麗に斬られるがままだった。
負けた理由が不可解だ――。明日香の飛び込みの速度は普通のものだったが、負けた相手が皆まるで意識を失っていたかの様に明日香の動きに反応出来なかった。実際、試合に負けた選手達は口を揃えて「動きが見えなかった」と言い、「中には時間が止まった様に見えた」とさえ言う者もいた程だ。
その竹刀で円を描く様に回る姿から、まるで円月殺法――とも言われたが、剣技と言うより魔法か超能力、または催眠術の一種でないかとまことしやかに言われた程だ。
無論、円月殺法なんてお寒い時代劇の剣技でもないし、まして超能力なんて現実にあるはずがない。唯一の答えはドパージュの力しかない――。
ドパージュは単に体力を強化するものだけと思われていた。しかし超能力や魔法をも凌ぐ、未知の力がある――。ドパージュにより赤く変色した明日香の瞳。そこに何かしらの秘密がある――。その謎に対する答えを求め、明日香とその妖しく輝く深紅の瞳に全世界が注目した。

――神眼――

全てを見通す神の目――。それが明日香が唯一答えたドパージュの能力だった――。
 その明日香が再び『神眼の太刀』を見せている。今、俺の目の前で――!
  明日香は手を回転させているだけだ! 隙だらけだが、間合いの外に居るので、このままでは俺から攻撃は出来ない!
 一体、どうやって攻撃する――? 
 俺は戸惑いながらも、明日香が回転させる手の動きに注意を払い近付こうとしたその時。
そう、確かに俺の目には――、

時間が止まっていた様に見えたんだ――。

なっ!!
俺の目の前に突然“何か”が飛び込んで来た。
明日香が一瞬にして俺の間合いに飛び込んで来た――。
だが実際、俺はその飛び込んで来た“何か”が判別できなかった。
――目の距離感が合わないのだ――。それ程のスピードだった。遠近感の狂った目は何も見えなくなる。わずかに光と影の区別が付く程度。ひび割れたガラス玉も同然だ――。
バカなっ――!
明日香の突然の“出現”に頭がパニックになる。
もっとも俺は何も見えてない。だが今が戦いの最中であり、目の前に居るのは明日香しかいない。そうでなければ明日香が“そこ”にいるなんて考えられなかったろう。