ブリュンヒルデの自己犠牲
ちくしょう……。この状況でどうやって敵のウォーカーを倒す――?
いや、ここは下手に闘うより、敵が逃げるのを待つべきなのか? 敵だって最後の一機だ。逃げる可能性だってある――。
ピピピ、ピピピ――! その時、俺の携帯に緊急コールが入った。明日香だ――!
『火鷹、聞こえるか? わたしだよ。怪我はないか?』
「ああ、俺は大丈夫だ! だが、これからどうする? このままじゃ敵のウォーカーと闘うことも出来ない!」
『そうだ……。だからこれから撤退の方法ついて指示する――』
「撤退? だけどお前はどうやって逃げる? 車も動かせない状況で! 俺がウォーカーを倒すしかないはずだ!」
『そうだ……、だから落ち着いてよく聞いて欲しい……。火鷹、君の闘いは実に見事だった。君が一瞬で敵のウォーカーを倒してくれたことで敵は突撃のタイミングを逃した。これで敵の採り得る行動は極めて限定されることになる。
一つは、逃げること。これは最もわたし達にとって望ましいものだ。だが敵の目的に反する。
そしてもう一つ、おそらくこれから敵が採るだろう行動――、それはあくまで目的を遂行しようとすること――。
敵の目的は神眼を開発するための情報を得ることだ。そのためにまずわたしを無傷で捕らえるつもりだったのだろう。それゆえ敵の攻撃が温かったことは否めない。だが敵の戦力はもはやウォーカー一機のみ――。もう当初の目的通りわたしを無傷で捕獲することなど不可能だ。それ処か逃げる事さえ困難だろう――。
もしこの状況で敵が逃げなければ、次の行動の予測は難しいことではない――。
ウォーカーを一気に突撃させ、生死を問わずわたしを捕獲することだ! その後、わたしを人質とすれば逃走も不可能なことではい――』
明日香の言葉に俺は思わず息を飲んだ……。
ウォーカーを突撃……、生死を問わず……?
「おい待て、明日香! そんな……、そんなことをされたら……」
「だが、君なら十分に敵に勝てるだろう……。迷うことなく闘って欲しい――」
「おい、明日香、何を言ってるんだ! こんな処で闘える訳がねえだろう? 10トン同士のウォーカーの闘いだ! お前も機動隊も無事で済むはずがねえ!」
「そう……、君の言う通りだ――。だから『撤退』をするのだよ――」
おい……、明日香は一体、何を言っているんだ? こんな処で闘えって? 撤退するって? どっちも出来る訳ねえだろう――!
俺は明日香の言う事を理解できず困惑する最中、それまでも散発的だった機動隊の重機関銃が完全に停止した――。
そして次の瞬間、俺は自分の目を疑う様な光景を目にした! 機動隊の警官達がパトカーから降りて次々と逃げ出したのだ! 装甲車の中の警官は闘う意志があるのか、まだ逃げはしないが、重機関銃が完全に止まったままだ!
馬鹿な! お前ら明日香を見捨てて逃げるって言うのか――?
「明日香、どうなっている!? 警官達が逃げている! 本郷部長は一体――?」
『――火鷹、彼らは逃げているのではない。『撤退』だ――』
「おい、ふざけてる場合か? こんなの撤退なんて言えるか! 敵のウォーカーがいるんだぞ! 機動隊が逃げたら、お前はどうすんるだ!」
『火鷹、彼らは逃げたのではない。なぜならこれはわたしが本郷隊長に指示したことだからだ。既に我々の弾も尽きた。それに警官達にも既に多数の怪我人が出ている。重傷者も含めてな……。彼らがこれ以上ここに留まれば犠牲を増やすだけだ。無駄な血を流さない為にも当然のことだ――』
「おい……、それじゃ何でお前が逃げない? お前を見捨てて逃げるなんてあるかよ!」
『……残念ながらわたしは逃げる事は出来ないよ――。なぜなら敵の狙いはわたしだからね――』
明日香がそう言うと防弾車のドアが開き、明日香が千鶴さんに抱きかかえられて車から出て来た!
馬鹿な! これから敵のウォーカーが突撃してくるかも知れないってのに、生身の身体を晒すなんて! 自殺行為だ――!
「おい、明日香! 何をやっている? 早く車に戻れ! 敵が、敵が突撃して来たら、お前は――!」
死ぬ――と言いかけ、俺は思わず息を飲んだ。千鶴さんだって明日香を抱えては逃げることなど出来ない! しかも人間が直接ウォーカーから攻撃を受ければ100%死が待っている!
いや、直接攻撃を受けなくても、俺と敵のウォーカーに巻き込まれる可能性の方が高い……。最悪の場合、俺が二人を殺すことだってありうる――。
俺が明日香を殺す――。千鶴さんを殺す――。明日香を殺す――。
そんな起こり得る現実を考え、全身が凍りついた――。
『……火鷹、心配をかけてすまない……。だが敵の狙いはこのわたしだ――。わたしが警官らと共に逃げれば、彼らもウォーカーの攻撃に晒されることになる……。わたしがここで姿を見せている限り、ウォーカーが彼らを追うことはない――。無事に逃げることが出来るだろう――』
「だ……、だからってお前が犠牲になることはないだろ! 逃げてくれ!」
『火鷹、それは出来ない。わたしの為に彼らが犠牲になって良いはずもないだろう?
そう、敵が3機のウォーカーを繰り出した時点で、
我々は負けていたのだよ――」
「明日香、待て! 何だよ、負けたって? 俺はまだ戦っていねえ」
『それに彼らだけではない――。君にウォーカーに乗ることを促したのは、敵を倒してもらう為ではなかった――。もちろん敵を倒すことも期待はしていたが、第一の目的は君をここから脱出させるためだよ。君がウォーカーに乗れば少なくとも死ぬことはない――。これは姉さまも承知してのことだ――』
そんな……、俺は明日香を助けるもりで闘ったんだ……。なのにどうして……。
「明日香……。頼む……。頼むから逃げてくれーー!」
俺の叫び声はいつの間にか涙声になっていた。
「千鶴さん、聞こえますか? 頼みます、明日香を連れて逃げて下さい! 千鶴さん!」
だが千鶴さんは俺の悲痛な叫びを聞いても、静かに首を横に振るだけだった――
そして彼女はこんな死ぬかも知れない状況なのに――、なのにいつもの穏やかな笑顔で俺を見て言うのだった。
『火鷹くん、ごめんなさい……。でも前から明日香と決めていたことなの。もしもの時は二人だけにしようって……。あなたも、そして誰も巻き込まないようにしようって……。
今まで闘ってくれて、ありがとう……。あなたには本当に感謝しているわ……』
そんな……、千鶴さんまで……。
「待って下さい、千鶴さん! 俺は――、俺は約束したんだ! 明日香を守るって――! なのにどうして二人だけで! どうしてこんな――?」
『火鷹、君を騙してすまなかった……。だが君に生き延びて欲しかった――。君はその神眼で必ず敵を討ち果たすだろう――。だから迷うことなく闘って欲しい――』
「馬鹿な……、闘うって……。お前、死ぬかも知れないんだぞ……?」
そうだ、こんな処で戦えば明日香が死ぬことだって……。いや、俺が殺してしまうかも知れない……。
俺の脳裏に再びあの時の明日香の姿が蘇る――。
敵の砲撃を受け、まるで木の葉の様に吹き飛ばされた明日香――。
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ



