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ブリュンヒルデの自己犠牲

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警官達から驚きとも悲鳴とも言える声が次々と聞こえ始めた。唯一の助けとも言えるウォーカーが動かなければ、敵を倒す処か逃げることも出来ない!
二機のウォーカーの内の一機が、火鷹のウォーカーに対し剣を構えた。敵のウォーカーもこちらの存在に気付かない訳がない。
 しかしそれでも火鷹のウォーカーは動くことはない!
ここまでか――。 本郷隊長ら機動隊の警官達に絶望が広がる――。
「葛城准尉、逃げましょう! ウォーカーが動かない以上、車を捨て脱出しなければ全滅です!」
「わたくしは元よりこの脚では逃げることも出来ません……。それにわたしはあのパイロットを――、火鷹を信じています!」
「しかしあのウォーカーは闘う処か一向に動く気配もない! 故障に違いありません!」
「いいえ、ウォーカーが立ち上がった以上、自律プログラムは正常に働いています。彼は敵が攻撃を仕掛けてくるのを待っているのです――」
「馬鹿な! 仮にそうだしても、敵に背を向けてなどありえない! 准尉も早く逃げて下さい! 弾も切れます! 今なら全滅だけは免れ――」
 ガシン、ガシン! ガシン、ガシン――!
「しまった――! 准尉、早く――!」
敵のウォーカーが一機、火鷹のウォーカーに突進した! 敵もウォーカーの故障と判断し一気に仕留めるつもりだ! しかしそれでもやはり火鷹のウォーカーは動かない! 敵のウォーカーが剣を振り上げる。
だがその瞬間、火鷹のウォーカーが初めて、そして僅かに動いた!
右足を一歩外に動かすと、その右脚を軸に円を描く様に、一瞬にして身体を反転させる!
僅かな予備動作で瞬時に敵の攻撃をかわし、敵のモニターから火鷹のウォーカーが消えた!
 ガシャアアーーーン! 敵の剣が宙を切り、地面のアスファルトを砕く!
 同時に火鷹のウォーカーが側面から、そして身体を回転する勢いを活かし、大剣を横凪ぎに圧倒的なスピードで振り抜く!
 ガギィーーッ! ドシャアアーーーン!
火鷹の一撃により敵のウォーカーの右腕が一瞬で破壊される! その衝撃でウォーカーまでも吹き飛ばされた!
「馬鹿な……。彼は背中に目があるのか……?」
 本郷隊長を初めウォーカーについて知る者全員が、火鷹の動きに驚きの声を上げた。
ウォーカーであれば背後を写すサブモニターを使い、後方の敵の姿を捉えることは不可能ではない。しかしその画面は小さく、敵との距離や角度、敵のスピードなどの情報が絶対的に不足する! 背後の画像を正面のメインモニターにセットすれば良いと言うのは浅はかだ。それでは振り向いた瞬間、今度は正面の敵が見えなくなる――。
「こんなウォーカーの動きは――? いや人間でさえこんな技は見た事はない! 葛城准尉、彼は一体――?」
「彼の名は『葛城火鷹』。日本空軍のエース、葛城若鷹の子息にして、わたしと同じ『神眼』を持つ者です!」

よしっ、まずは一機――!
俺は幾重にも分割された多面モニターに映る敵のウォーカーを見て、既に戦闘不能であることを確認した。まるで昆虫の複眼で見るかの様に数多の画面に映し出された敵のウォーカーを見て――。
前方半径2メートルものモニターには正面のみならず、上下左右、そして後方までも写す360度全方位カメラの映像が、この集中多面モニターに全て写し出されている。
このモニターこそが明日香の組んだ神眼用戦闘プログラム『ジークフリート』!
神眼の最大の秘密『広域視界』に対応したモニターだ!
通常のウォーカーの、そして俺達が現実の世界で見る180度水平画面とは全く違う! 現実と同じリアルサイトモニターでは左右、後方に必ず死角が生れる。
だがこの『ジークフリート』の多面モニターは敵の攻撃の死角を無くすだけでなく、ウォーカーの操縦に必要な大量の情報も表示され、正確かつ迅速な操作が可能になる!
故障の振りをして敵に背中を見せたのも、この『ジークフリート』の多面モニターがあればこそだ! 
残る敵は二機! 俺の目の前に一機。そして明日香と機動隊を挟む向こう側にもう一機と、敵は位置的に分散されている! これで二機の各個撃破が可能になる。
勝てる――!
明日香の言う通りだ。神眼があれば――、この『ジークフリート』があれば勝てる!
明日香、待ってろ――!


『火鷹、君がウォーカーで闘いに赴く時、この神眼の真の力を知ることになるだろう――。
君の最強の剣となり、君を守る無敵の盾となるこの力――。
既に君はこの神眼の正体に気づいていると思う――。
そう、神眼の真の力は遠距離視力でも、動体視力でもない!
それは第三の視力、――広域視界だ――!
人間の視界は極めて狭い――。数センチの幅の文字しか視認出来ないことは既に話した通りだ。しかし君は生来の才能に加えドパージュを受けたことにより、等距離であれば2メートルの幅まで文字を視認出来るようになっている。
優れた遠距離視力や動体視力を持つ人間は少なくない。だが君やわたしの様に広域視界を持つ者は極めてまれだ――。あまりに希有な能力のため、母さまが父さまの目を研究するまで本人もこの能力に気付かなかったそうだよ。単に『目が良いだけ』と思っていたらしい――。
フフフ……、今では少し笑える話ではあるがな――。
そして君の父上を空軍のエースたらしめた能力もこの広域視界によるものと言って良いだろう。叔父上の視力もそれまでは遠距離視力と動体視力が優れていたためと理解されていたが、それだけでは説明が付かないことが多過ぎた。シミュレーターのテストでも、敵の攻撃に対する対応がことごとく的確ゆえ、テストをした母上も驚いたそうだよ――。
そもそも動体視力や反射神経が向上したとしても限界がある。敵の動きに対する反応速度はせいぜいコンマ1、2秒早くなる程度――。人間の反応速度の劇的な向上は見込めない。
だがこの広域視界を持つことで、視界に写るより多くの情報を瞬時に情報として認識し判断することが可能になる。つまり複数の情報を一度に処理出来るということだ。単に反応速度だけではない。人間の情報処理速度とその正確性は飛躍的に向上する。
 そしてこの情報処理能力こそが、わたしのウォーカーでの強さの秘密だよ――。
知っての通り、ウォーカーの操縦は困難を極める。単に正面のみのモニターを見て済むものではない。歩行をする際には常に足元のモニターにも注意を払う必要があるし、モーターブレードでの走行時などは、スピードメーターだけでなく、3Dポリゴンで常に姿勢の制御もチェックする必要がある。加えて銃火器を使用する際には照準を、剣での闘いでは敵との距離を同時並行的に見なくてはならない。
しかし通常の人間は、モニターの画面のごく一部の情報しか読み取ることは出来ない。どんなに優れた頭脳と反射神経を持つ者でも、情報を単一的にしか処理することしか出来ないのではその処理速度に限界がある。高度に発達した情報機器に人が対応するためのボトルネックはその視界の狭さにあるのだ。