ブリュンヒルデの自己犠牲
「ハハハ――、何だよソレ? そんな軽い気持ちでなれるかよ?」
「でもアレに乗れるかも知れないんだよ! ちょっと燃えてくるよおーー」
「ああ、そうだよなあ……。絶対乗ってやるんだ……」
俺はそんな思いを胸に秘めながら改めてウォーカーを眺めた。10台は並んだその最新鋭のマシン・ウォーカー達。
だがその中でひときわ異彩を放つウォーカーがあった――。ワインレッドで塗装された一台の機体。”The Imperial Guards”と呼ばれる近衛隊の金の盾のマークが施されている――。
防衛省管轄とは言え、何で高校の校舎に近衛隊機があるんだ――?
そんな疑問が脳裏をよぎる中、ワインレッドの機体のハッチが開きパイロットが姿を見せると、回りの野次馬達から「おおーー」と驚きの声が辺りに響いた!
そのパイロットは白鳳学院の制服――、しかも女子生徒の制服をを着ていたからだ!
本当に高校生――、しかも女が近衛隊のパイロットだってのか?
まさか――? 話には聞いていたが、本当に――!
その女性パイロットはコックピットから出ると、ヘルメットを外し赤い髪と風に流れる程に長いロングテールを顕わにした。その燃える様に赤い髪の女をこの学院の生徒なら知らないはずがない!
彼女の名前は『葛城明日香』。この白鳳学院で最も有名な生徒。高校生にして近衛隊に入る程のマシン・ウォーカーのパイロット! そして俺と同じ『葛城』の姓を持つ彼女――。俺は彼女を知っている! いや、知っていた!
知っていたと過去形で言うのは、2年前に会った時とは全く姿を変えてしまっていたからだ。背も伸びて幼かった顔は凛とした大人の表情に変わっている。以前と変わらない長いロングテールの髪だが、赤く染められているため全く雰囲気が違う……。
何よりこの目ではっきりと見えるその赤い瞳を――。
明日香の瞳が赤い輝きを放っていることを噂で聞いた。写真でもみた。その深紅の輝きを持つ瞳――。俺は思わず息を飲んだ。
本当に明日香だ……。あの赤い瞳がドパージュの成果なのか――?
あれで明日香の能力が格段に上がったって親父が言っていたけど――。
俺が明日香の変り様を見て茫然としている間、春菜はアイドルでも間近で見たかの様に興奮していた。
「すごーーいっ! アレって葛城明日香じゃん!? しかも近衛隊機だよお――!」
「ああ、明日香の奴、本当に近衛隊に入ったんだなあ……」
「ちょっと、なになに? 火鷹クン、その『明日香の奴』って馴れ馴れしい呼び方? あの『エースの明日香』だよ。そんあ呼び方ありえないよおーー」
「ああ、まあそれはだな・・・。実は俺の従妹なんでなーー」
「ああーーっ! そう言えば、火鷹クンも葛城って名字じゃん!? でもホント? Really? ウチの学院のエースパイロットだよ!?」
「ああ、本当だって! ちょっと声をかけてくるよ。あいつに色々教えてもらうことになりそうだからな」
「ええーー! マジマジ? わたしも行くーー!」
「おーーい、明日香――!」 ウォーカーから降りて来た明日香に俺は声を掛けた。
それにしても随分、なんつーか、明日香のヤツ、キレイになったよなあ……。前に会った時は中学のガキの頃だったから当たり前だけど……。こっちもちょっと照れ臭いなあ。ましてやアイツ、すげえ有名人になっちまったし――。
おっと、明日香がこっちを向いた。明日香も俺に気が付いた様だ。だが明日香は俺から視線を外し――他の奴らと再び話し始めた。
何だよ――? まさか俺の顔を忘れたってのか? まあ確かに2年ぶりだけどさ――。
「おーい! 明日香! 久しぶりだな――!」
俺達は仕方なく明日香の元へ駆け寄り、もう一度声をかけた。だが明日香は依然、俺と顔を合わせようとしない。むこうを向いたまま、ぶっきらぼうに俺に声を掛けてきやがった。
「火鷹か――、何をしに来た……?」
「何って……。久しぶりってことだよ? 俺もこの学院に入ることになったんだ。それに同じクラスなんだ。普通、声くらい掛けるもんだろうよ?」
すると明日香はその事に何も答えず、その赤い瞳で一瞬俺を睨んだ――。だがすぐ俺から目を逸らし、苦虫を噛み潰す様な表情に変わる。
な……、何だよ? 明日香のヤツ何怒ってんだよ? 俺、何かマズイことしたか……?
隣の春菜が、「ねえ、ねえ……火鷹クン? 君、本当にあの明日香と従兄妹なの……」と、不審そうな眼で俺を見てくる。人違いでもして、何か恥かしいことになっていない?等と言いたそうだ。
おいおい! いくら俺でもそんなことはしねえよ!
「あ、あのさあ、明日香。伯父さんから何も聞いていねえのか? ウチの親父からも色々頼んどくって言っていたんだけどさあ……」
「ああ……、姉上から話は聞いている…………」
ふう、明日香の奴、やっとまともに答えてくれたよ。まだ機嫌は悪そうだが、何とか話は出来そうだ。でも何で伯父さんじゃないんだ?
「『姉上』って千鶴さんのことかよ? その口調も相変わらずだな。千鶴さんも元気してるか? この学校の3年なんだろ?」
「そうだ……。わたしと姉上がこの学院でお前の面倒を見ることになっている。だが――、正直良い迷惑だ。なぜお前などと――」
「おい明日香、何だよ? 迷惑はねえだろう? 俺が何か悪いことでもしたのか――?」
俺は少し詰問する様に言った。やや苛立ちも交じっていたかもしれない。だがこう言うのも当然だろう。明日香の口ぶりはまるで俺が悪いことでもしたみてーじゃねえか? だがそんな何気ない言葉が明日香の怒りに火を付けた。
「ふざけるなっ! お前こそ話は聞いてないのか――?」
いきなり明日香は烈火の如く怒りの声を上げた。だがそこにあるのは怒りだけではない、唇を噛み、努めて冷静を保とうとしているのが分かる。悔しさの交じる様なその表情を見せ付けられて、むしろ声が出なくなったのは俺の方だ。
「なぜわたしが、お前とパートナーを組まなければならないのだ!? 推薦組で今頃のこのことこの学院に入ってきたお前と――。わたしにだってパートナーはいたのだぞっ!」
だがその明日香の言葉を俺は半分も理解できなかった。何だよ? 俺が“エースの明日香”のパートナーだって? そりゃ親父から、明日香に教えてもらえって言われてたけどさ。でもパートナーになるなんて聞いていなかった。だけど明日香のヤツ、俺とパートナーを組むだけなのに何でそんなに怒るんだよ――?
だが本当に驚いていたのは、俺よりもむしろ回りの連中だった。明日香と一緒にいた生徒達だけでなく、回りの野次馬達も驚いた様子で俺を訝しげな顔で見やがる。
「ちょっと聞いた? 明日香のパートナーがあの人って?」
「ウソ――? 九条クンはどうしたの? 彼が明日香のパートナーになるはずだったんでしょ? って言うか、彼以外ありえないじゃない――?」
「嘘だろ? 推薦組だって――? そんな奴がどうして明日香と……?」
何だよ、みんなして俺を推薦組って言いやがって……。何かそんな悪いことでもしたのかよ? 俺と同じ推薦で入った春菜も回りの視線にビビッて完全に萎縮している。
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ