ブリュンヒルデの自己犠牲
ちいっ! 生きた心地がしない! だが怖いなんて言ってられない! 時間との勝負、しかも僅か数秒で生死が決まる! 敵が車のエンジンをかけて通路を封鎖されたら、俺達は一巻の終わりだからだ!
千鶴さんもそれを分かっているから、臆することなく前へ前へとアクセルを踏み、急ブレーキをかけてはハンドルを切る! 俺と明日香は後部座席でドアの取っ手にしがみ付いて、前後左右に飛ばされそうになるのを必死に耐えた。
俺達が逃げ出したことに気付いた敵が、慌てて姿を現し俺達の車に銃を乱射してきた!
パパパパ――ッ! パパパパ――ッ! パパパパ――ッ!
俺達の乗る車に敵の弾丸が当たる! 社内に弾丸の衝撃が響く!
ガンガンガン――ッ! ガンガンガン――ッ!
だが臆することはない! この車は銃弾程度なら軽くはじく装甲と防弾ガラスがある! むしろ問題はこの先だ! 駐車場の出口まで一気に駆け抜けなくてはならない!
ギャギャギャー――!
再び千鶴さんがスキール音を撒き散らしながらコーナーを曲がった!
その先に駐車場の出口の光が見える! もう少しだ!
だがその出口より俺の目を引いたのは、駐車場に停めてあった車が揺れていることだ!
まずい! エンジンを始動させている! 封鎖されたら終わりだ!
「千鶴さん! 急いで! 右側から車が出てきます!」
「分かったわ! 掴まってて!」
千鶴さんがアクセルを踏むと同時に、敵の車が俺達の前に進み出した! 敵のドライバーの顔が見える! 恐怖に慄きつつもこちらを見ながら車を通路に出して来やがる! 助手席側を盾にすることで自分が死ぬことはないと踏んでいるのだろう!
ちくしょう――! 衝突覚悟かよ!
「掴まってて! 弾き飛ばすわ!」
俺も明日香も衝突に備えシートにしがみ付く!
千鶴さんはハンドルを切り、車と車の僅かな隙間を突破しようと車のアクセルを踏んだ。
ガッシャーーーン! ガガガーーーッ!
車と車がぶつかる衝撃音が地下駐車場内に響き木霊する!
だが俺達の車は走り続けた――! 千鶴さんは敵の車の鼻っ先にぶつけることで、敵の車をコマの様に弾き飛ばし走り抜けたのだ。
上手い、千鶴さん! それに流石、VIP使用の防弾車。パワーが違う!
俺はすぐ明日香の様子を確認する。だが俺が声をかけるまでもなく、明日香は身体を起こし、「姉さま、わたしは大丈夫です! 行って下さい!」と力強く指示をする!
「分かったわ!」 千鶴さんは駐車場の出口に車を向け一気にアクセルを踏んだ!
ギャギャギャー――!
俺達の車は地下駐車場の坂を一気に駆け上り、再び病院の外の道路へへ出た!
よしっ! 脱出できた――!
しかし、俺達が安心出来たのも、ほんの一瞬でしかなかった。
キキーーッ! 千鶴さんは公道に出た瞬間、急ブレーキをかけて車を急停止させた! 「な、何だ? 千鶴さん、どうしたんですか!?」
「だめ! 逃げ道が塞がれているの!」
なにっ! 俺は前と後ろを見ると、交差点の処で車が壁になり道路が封鎖されている!
ちくしょう! 道路まで封鎖するなんて! 俺達が逃げるのを予想してか? それとも邪魔が来ない様にするためか――? いずれにせよ、この用意の周到さ――。この前のテロリストと同じだ。かなりヤバい相手に違いない!
どうする――? 敵は車で完全に道路を塞いでいる! また車をぶつけて強行突破するしかないのか?
俺はふと明日香を――、そしてその怪我で細くなった脚を見た……。
ダメだ――! 歩けない明日香にとって、もし車が動けなくなればもう逃げる事も出来なくなる! 俺も明日香を抱いては武器を持って闘うことも出来ない! まとも走れなれなくなる! すぐに捕まるだけだ!
千鶴さんも何も言わない――。いや何も言えない! この状況に何の打開策も見つからないのだ。
まずい! このままじゃ三人とも確実に捕まる! こんなすぐに絶体絶命の状況に追い込まれるなんて――。走れない、そして逃げることの出来ない明日香を抱えることで、一気にこんなに不利な状況になるとは――!
「火鷹……、姉さま……。わたしを置いて逃げて下さい。二人だけなら……、そして今なら確実に逃げることが出来ます――」
「馬鹿を言うな! お前を置いて逃げれる訳がねえだろう!」
「頼む、火鷹……。逃げてくれ……。お願いだ……。
もし捕まればテロリストにこの身体を弄ばれるだけでは済まない。わたしの神眼さえも解剖され研究の俎上に乗せられるだけだ。そんな人としての尊厳を奪われることに耐えられない。そんなことに君を巻き込めない! それにもう君が神眼を受け継いでくれている――。わたしに思い残すことはない。もう覚悟は出来ているよ――」
「そんな……、覚悟って……」
明日香は本気だ……。
確かに明日香の言う通り、敵に捕まって無事に帰ってくる可能性などゼロに近い。投降など出来るはずもない! しかし明日香を抱えては、逃げることも出来ない!
ならば俺の選ぶ道はただ一つ――!
俺は目を凝らし敵の姿を確認する――。そう俺の目ならこの距離もでも敵の瞳に映る影さえ見える! 前方の敵は三人――、そして奴らの武器は――?
「明日香、援護してくれ! 俺は前の敵へ突撃する!」
俺は防弾ベストに袖を通しヘルメットを被った。そしてバトル・スピアーを手に取る!
「俺が敵の車を奪えば、ここから脱出できる!」
「しかし火鷹、ここには遮蔽物も何もない! 危険だ!」
「ぐずぐずしていれば敵に包囲されるだけだ! 援護をしてくれ! 敵の一人がアサルトライフルを持っている! そいつさえ封じれば後は何とかなる!」
俺は未だ戸惑いの表情を見せる明日香と千鶴さんにサブマシンガンを渡した。
「だが、わたしでさえこんな不利な条件で銃と相対したことはない――。危険過ぎる!」
「心配するな、明日香! お前を絶対助けてやる! 俺を信じろ――!」
「……分かった。火鷹、君を信じよう……。姉さま、我々も援護しましょう」
「ええ、分かったわ――。火鷹くん、お願い!」
「火鷹! 今こそ『神眼の太刀』を使え! 敵の目を見るんだ――!」
そうだ……。今こそ明日香に伝授された神眼の太刀を使う時だ! だが銃を相手にどこまで通じるか――。
俺は震える心を抑えるかの様にバトル・スピアーを強く握った。
怖れるな! 今こそ自分を――、そしてこの神眼を信じる時だ!
「行くぞーー――!」
バンッ! 俺はドアを勢いよく開け車から飛び出し、敵に向かって走りだした――!
『火鷹、今こそこの神眼の秘密を君に伝えよう! あの『神眼の太刀』の秘密だ――。
君はあの手合いの時、わたしの姿が消えた様に錯覚したはずだ――。もしくは時間が止まった様に感じただろう。もしかすると魔法や超能力の様に思ったかも知れないな――」
ああ、そうだ……。忘れるはずがない……。あの時、明日香は間合いの外から一瞬で俺の懐まで飛び込んで来た。姿を消すか、時間でも止めない限りあんなことありえないはずだ――。
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ



