ブリュンヒルデの自己犠牲
「おいおい、それこそガキじゃねえんだから、王子様だなんてからかうなよ――。お前のことを心配してやっているだけだろうが!」
「フフフ……、そんな照れることでもないだろう? わたしの前でジークフリートと名乗った位なのだ。白馬の王子様も霞む程の神々しさだったぞ――」
「うう……、今更そんなことを思い出させるなよ……。卑怯だぞ、明日香……」
ちくしょう……、あの時は勢いで言っちまったが、今考えるとよくあんな事を言えたもんだ――。俺の人生で最大の黒歴史だ! 全く恥ずかしくて死にたくなる――。
「火鷹、別に君をからかっている訳ではないよ――。少なくとも半分は本気だ。ありがとう、感謝しているよ……」
「……だったら、そんなこと言うなよ――。まあ冗談も言える位になったんなら、お前の心配もすることないな――」
俺は照れ隠しのために不貞腐れたフリをするしかなかった。
最近、明日香はまるで俺に気がある様な素振りを見せるのだが、こんな風にデレもなく冗談めかして言ってきたりするので、どこまで明日香が本気で言っているのか、ただの冗談なのか全く分からなくなる。残念ながら学院内では明日香と二人きりにもなれず、明日香の本心を聞くことも出来ない。まったく、こんなことが長く続くと逆にサバサバした気分になっちまう。
俺はそんな不機嫌さを顕わにしながら、「千鶴さん、こっちはOKです。そろそろ行きましょう」と出発を促したのだった。
「ふふふ……、分かったわ――」
千鶴さんは無線で、『お待たせしました。こちらも準備が整いましたので出発して下さい』と言うと、『了解!』との返事と共に、一台のパトカーが俺達を先導し学院の外へ出ていった。
俺達がこれから向かう先は明日香の通う病院だ。月に何度か明日香は外部の病院へ通っているのだが、こんな時も警護付きの車で移動することになっている。
ただ全てを警察に任せる訳にはいかないし、そのつもりも俺達にはなかった。千鶴さんもこの為に車の免許まで取る程だったし、俺も付け焼き刃だけど銃火器の訓練もするなど、出来るだけ俺達だけで明日香を守ろうと考えていた。それは他人を巻き込むことの引け目もあったし、何よりも俺達は明日香を守りたいという強い意志があったからだ。
車がレインボーブリッジを渡ると、俺は太陽の光で輝く海と高層ビルの立ち並ぶ東京の街並みを眺めホッとしていた。明日香も俺もこの病院に通うこと以外、学院の外に出ることはない。学院は部外者が入ることは少ないし、ウォーカーや銃火器類も装備されており、生徒自身が何時でも戦闘態勢に入ることも出来る。身を守るのにこれ以上の場所はない。だが俺達は籠の中の鳥とも言え、これでストレスが溜まらない訳がない。だから外に出れるのは嬉しいし、こんな眺めを見られれば多少なりとも気分も明るくなるってもんだ。
だがそんな楽しいドライブもすぐに終わってしまう。レインボーブリッジを渡れば、明日香の通う病院は目と鼻の先で、実際に橋の上からも見て分かる場所にある位だった。
警察の警護車と俺達の車は、その病院のビルの地下駐車場へ降りて行った。ただその警護車と千鶴さんの車は、駐車場に車を停めるのではなく、まずエレベーターの入り口付近へ向かうのだった。この広い地下駐車場で車イスである明日香が移動し易い様にだ。
だが千鶴さんが車を停めたその時、俺は辺りの様子に微かな違和感を覚えた。この薄暗く広い地下駐車場――。全てが見える訳じゃない。しかし駐車場に停められた何台かの車が微かに揺れていたのだ――。誰も乗っていないはずなのに――!
俺はさらに注意深く辺りを見た。車の陰に何人かの人がいる――。まるで隠れているかの様に、ひっそりと息を潜めて動きを見せない!
俺は明日香に目を遣ると、明日香も厳しい表情で目を凝らしていた。明日香は俺と視線を合わせ互いに頷く――。間違いない!
俺は急ぎ後部座席のシートを倒し、トランクに隠してある拳銃、そしてサブマシンガンを取り出した。敵に悟られぬようドアの陰に隠しながら、銃の安全装置を解除しマガジンを装填する!
ガチャ、ガチャ! ガシャン!
「火鷹くん! どうしたの?」
「姉さま、そのまま動かないで下さい。敵がいます――」
「えっ……」 明日香の言葉に千鶴さんは驚きの表情を見せるが、それも一瞬だけだ。敵に俺達の動きを悟られぬ様、「分かったわ……」と静かに応え、厳しい面持ちに変わる!
明日香は耳元に装備したハンズフリー型の携帯電話をオンにして静かな声で話し始めた。
「もしもし、警護官、応答願います! 応答願います――」
『……こちら警護車両! どうしましたか? 何か異常でも――?』
「そのまま静かに聞いて下さい――。我々は敵に包囲されています」
『……本当ですか? 我々は何も視認してませんが……?』
「通常の人間の視力では気付かないでしょう。車に隠れて身を潜めています。まだ誰も動きを見せません。おそらくわたし達が車を降りるのを待って襲撃するつもりでしょう。これよりわたし達は車で駐車場を脱出します! 敵を食い止めて下さい――」
『……了解しました。こちらは任せて下さい』
「申し訳ありません、わたしの為に……」
『いいえ、これもわたし達の任務です! どうかご無事で――』
明日香は下を向き肩を震わせながら、「ありがとうございます……」と警護官に礼を言い携帯を切った――。
明日香の気持ちは痛い程分かる――。他人に守ってもらう程辛いものはない。自分の為に他人を犠牲にする辛さと、自分の無力さをとことん味わうことになるからだ。
俺もそうだった――。あの時、俺は何も出来なかった。明日香に守られるだけだった!
そう、だから今こそ、俺が明日香を守らなくてはならない!
俺は布で包まれたバトル・スピアーを取り出し鞘を抜いた。抜き身の白刃が妖しく光る!
「明日香、こっちの準備は出来た――。大丈夫だ、俺がお前を助けてやる!」
「すまない、火鷹……」
明日香は小さな声で俺に礼を言うと、力を振り絞る様に表情を引き締めた!
「姉さま、敵に気付かれる前に一気に――、そして全速力で脱出して下さい!」
「分かったわ、しっかりつかまってて!」 千鶴さんはギアを入れ一気にアクセルを踏んだ!
ギャギャギャー――!
あまりのパワーにタイヤが空転し、ホイールスピンの音が駐車場に響き渡る!
うぐっ! 余りの加速に身体が置いて行かれそうになるが、それも一瞬でしかない。
駐車場の狭い通路はすぐに直角のコーナーに差し掛かり、千鶴さんは全体重を掛ける様にブレーキを踏と同時に、大きく右にハンドルを切った!
キキキキーーーーッ! ガン! ガシン!
余りのスピードのためコーナーを曲がり切れず、リアタイヤが流れてスキール音が鳴り響く! それだけじゃない! リアが流れて停めてある車にブツかってしまう程だ!
それでも千鶴さんは怯むことはない! 前方を確認すると再びアクセルを踏んだ!
ギャギャギャー――!
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ



