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ブリュンヒルデの自己犠牲

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俺が神話の英雄さえも超えるという夢物語……。俺は心の中でそんな夢物語を否定しつつも、胸に何か熱く目覚めるものを感じ始めていた……。
そう、青い炎の様に静かに――。だが何よりも熱く燃え盛る炎が俺の心に浮かび上がる!

 そんな時、ドアがノックされる音が部屋に響いた。
「来たようね……。明日香よ――」
 千鶴さんは車イスの明日香が入り易い様にドアを開けると、明日香は車イスをそっと押して部屋に入って来た。
「大丈夫よ、明日香……。火鷹くんの身体に異常はないわ――」
「そうですか……。良かった――」
「明日香、ここからはわたしじゃない。ジークフリートに魔法をかけるのはブリュンヒルデの役目よ――。火鷹くんをよろしくね――」
「フフフ……。姉さま、別に魔法などありません――」
 明日香が少し笑いながら言うと、千鶴さんも「うふっ……、そうだったわね……」と言い笑顔で静かに部屋を去り、明日香は車イスを押して俺の前へやって来た――。
「火鷹……、気分はどうだい……?」
「ああ、別に異常はない……。頭痛も感じない……」
「そうか……、なら良かった。姉さまから昨日のテストの結果は聞いている。頭痛がなくなれば脳の視神経の発達が完了した証拠だよ……。火鷹、コンタクトを外してくれないか……」
俺は明日香に促されて両目のカラーコンタクトを外した。あの時以来、このガーネットアイを隠す為に付けていたコンタクトだ……。
「ああ……、間違いない……。わたしと同じ赤い瞳だ……。ありがとう……、火鷹、本当にありがとう……」
 明日香は愛おしそうに俺の頬を撫でながら、俺の目をじっと見つめていた。その深紅の瞳に涙が浮かんでいるのが分かる……。
 ああ……、明日香の手が温かい……。あの日以来ずっと冷たかった明日香の手――。怪我を負い希望を失い、冷たいままだったあの明日香の手が今はとても柔かく暖かく感じる……。やっと明日香が戻って来たんだ……。
「火鷹、ありがとう……。君がわたしのためにと言ってくれた言葉――。わたしを守ってくれると言ってくれた言葉があったからこそ、わたしは生きることが出来た……。
 ずっと考えていたよ――。君の言葉にどれ程勇気づけられたことか。どれ程感謝したか……。どうすればこの気持ちを君に伝えられるか……。そしてわたしが何をすれば君の気持ちに応える事が出来るのか……。ずっとそんな事ばかりを考えていたよ……。でもわたしには何も出来ない……。そして何一つ思い付かなかった――。
 なあ火鷹、教えてくれないか? 君の気持ちにわたしはどうやって応えれば良いのかな……?」
 俺の望み…………。そんなものは決まっている――。
 そうだ、俺はあの時の明日香を取り戻したい――! 
 今でも脳裏に焼き付いている! あの日、光の中で天使の様に輝くお前を! そして笑顔で満ちていた時の明日香に戻って来て欲しかった! それだけしか考えられなかった! お前が泣いている姿を見ていられなかった!
 ああ、そうだ……。俺は勇気がある訳じゃない……。全てが真っ白で何も考えられなかった……。怖いなんて思いもしなかった……。それくらい明日香は光り輝いていたんだ……。
 俺はこの時、何と明日香に答えたのだろう――? はっきりと覚えちゃいない。ただ思いの丈を明日香にぶつけただけだ――。なんて迷惑で、自分勝手で、何も考えていない大馬鹿者なんだろう――? だが偽りのない俺の気持ちであることに間違いはなかった。それくらい本気の気持ちだったんだ――。
 俺はこの時、涙を流していた――。そう、明日香の前で決して許されなかった涙を初めて流していた……。そうだ……、この時の明日香は笑顔に満ちていたんだ……。俺は今日の明日香の笑顔を一生忘れはしない!
「ありがとう、火鷹……」 そう言って、明日香は優しく俺の頬をつたう涙を拭ってくれた……。
「火鷹……、とても嬉しいよ……。胸が熱くなる……。こんな気持ちは生まれて初めてだよ――。君の気持ちに応えたいと心から思う! 約束する! わたしはもう一度あの時の様に輝いてみせる! 空を飛んでみせる!」
 そう言って、明日香は俺の手を取り、再び優しい声で語り始めた――。
「それと君に謝りたいことがある……。君と出会った日、叔父上のことを侮辱してすまなかったな……。わたしも叔父上のことは尊敬している。ドパージュで強化パイロットがこれだけ生まれてきたのに、今までエースの名をほしいままにしてきたのだ……。だがその自分の腕への自信もあったのだろう……。だから新しい時代に乗り遅れてしまったのだな……。
しかしたとえそれが時代遅れだとしても、伝えるものはあるはずだし、無ければ黙って去るのみだ。今ならわたしも叔父上の気持ちが分かる……。きっと叔父上も自分が何を伝えるべきかを迷い、そして君をわたしに託してくれたのだろう……。
わたしとて叔父上と同じ運命だ……。この神眼の力は無敵の力を持つ訳でもないし、永遠の力を持つものではない……。そしてドパージュの進化に伴い追い越される日が必ずやってくる。その覚悟をして今までの訓練に耐えてきた……。

だが今、このわたしに伝えるものがあるなら――、そして伝えられる人がいるなら、この秘密を隠すつもりはない!
火鷹! 今こそこの神眼の秘密を君に伝えよう――!」



* * *


『薄命の明日香 最後の告白』


「火鷹、あまり怪我人扱いはしなくて良いよ。全く足が動かない訳ではないのだからな――」
「まあ、そうは言ってもな……。やっぱり気になっちまうんだよ……」
 車に乗ろうとする明日香を俺が手助けしようとして、またいつもの様に明日香にたしなめられてしまった。実際、明日香も既に立つこと位は出来るのだが、歩くことはままならず誰かの肩を借りなければならない事に変わりはなかった。
それでも明日香は怪我人扱いされる事を好まず、またリハビリの為にと極力自分で動き、事を為そうとする。かと言って、明日香一人では如何ともし難いことも多く、そんな時、明日香は少し困った様な顔をするのが常だ。律儀な性格の明日香だ。多分俺に頼むことを一瞬躊躇してしまうのだろう。
そんな仕草を見た時、俺は明日香の望むものを察し、何も言わず手を貸す様にしているのだが、やはり少々過保護気味になってしまうことは否めない。その時はこんな風に明日香に窘められることになる――。どうやら俺は少女マンガに出て来る執事の様にはなれそうにない。まあなるつもりもないけどな。
ともかく俺が側で見届ける中、明日香は何とか一人で車の後部座席に座ると、俺は何も言わずドアを閉めてやり、明日香の車イスを畳みトランクに仕舞ったのだった。
そんな俺と明日香を見て、運転席に座る千鶴さんは嬉しそうに、「あらあら、お姫様はいいわね?」と言って明日香をからかってきた。
「姉さま、お姫様など、子供ではないのですから……」
「あら、でも明日香を見てると本物のお姫様みたいよ。そんな優しくしてくれる王子様がいるんですもの――」
「フフフ……、火鷹が王子様ですか……。それも悪くないかも知れませんね――。どうだい、火鷹? 王子様になった気分は?」