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ブリュンヒルデの自己犠牲

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「火鷹くん……、もし神眼を開眼しているなら、この意味が分かるはずよ……」
 千鶴さんは単に両手を大きく広げているだけだ。そこに何の変わった動きもない。
だが、今の俺なら分かる――。千鶴さんが俺に何を問うているのかが――。
「ええ、見えます……。千鶴さんの両手が見えます……」
「ええ、その通りよ……、火鷹くん、

神眼よ―――」

 千鶴さんは声を詰まらせ、感極まり大粒の涙を流した――。
「……ありがとう……、火鷹くん……。
あの子のために……、わたし達の為に……。本当にありがとう……」
千鶴さんは必死に声を振り絞る様に、俺に礼を言うのだった。
だが俺はそんな喜びの涙を流す千鶴さんとは対照的に、この神眼を得た感動は全くなかった――。むしろ罪の意識さえ感じていた程だ。半ば脅す様に、そして明日香を再び危険に晒すことを引き換えに望んだこの神眼――。喜びなどあるはずもない――。
「……千鶴さんが礼を言う事じゃないです……、俺が無理を言って頼んだことですから……。むしろ千鶴さんにも明日香にも迷惑をかけることに――」
そんな俺の言葉に千鶴さんは静かに首を振った――。
「いいえ……、そんなことはないわ……。わたし達も心の中では火鷹くんが神眼を受け継いでくれる事を望んでいたの――。だから結局わたし達は火鷹くんの言葉に甘えてしまったわ……。明日香を助けてあげたいという気持ちはわたしも……、そしてお父様もお母様も抑えることは出来なかったの――。だからお礼を言わせて……、本当に、本当にありがとう……」
 千鶴さんは俺の手を握るが、顔を上げることも出来ずひたすら涙を流し続けた。涙が床に零れ、頬を伝い制服を濡らしていた。だが俺にその涙を拭うことは出来なかった。気を利かせて千鶴さんを慰める言葉もかけることも出来なかった――。
「ごめんなさい……、火鷹くん、泣いてばかりで……。
 でも火鷹くんは後ろめたいことは何もないわ――。この罪はわたしが、いえ、わたし達が引き受ける――。わたしはあなたも……、そして明日香も守ることは出来ない。そんな力はないの……。でもあなたの盾になることぐらいは出来るわ……」
「千鶴さん、どうしてそこまでして、俺の為に……? いや、神眼のために……?」
 千鶴さんが少し落ち着きを取り戻し涙を拭くと、少し鼻のかかった声で話し始めた。
「そうね……。火鷹くんにはどうしてわたし達がこのドパージュを開発したのか、まだ話してなかったわよね……。今まで明日香が一緒にいたから話し難かったのだけど。
火鷹くん、あなたはわたしの憧れでもあるのよ――」
 俺が千鶴さんの憧れ――? どうしてだ? 千鶴さんはこの白鳳学院を代表する才媛とも言われる程の人だ……。むしろ俺が千鶴さんに憧れる位なのに――?
「ふふ……、意外そうな顔をしているわね……」 千鶴さんは少し泣き笑いをしながら、俺の疑問にいつもの優しい声で答えてくれた。
「子供の頃から、火鷹くんも明日香も目が良かったでしょう? 遠くのものが見えただけじゃない。動体視力も良かったからスポーツなんかもいつも二人とも一番だったわよね――。それに比べてわたしは勉強は出来るけど運動は駄目な女の子――。今はドパージュの力を借りて、ここまでになったけれどそもそも限界があるわ……。
それに二人ともお爺様に特別に可愛がられて羨ましかったわ……。お爺様ったらわたしと明日香で全然態度が違うのよ……。やっぱり自分の目の力を受け継いだ火鷹くんと明日香が可愛かったんでしょうね……。それでわたし明日香のこといじめちゃったりしたのよ。
だから、わたしは二人に憧れていたの――。
そしてその目に憧れていたのは、わたしだけじゃないわ。お母様もそう――。この研究は元々お母様がお父様の目の能力を研究し始めたのがきっかけなの――。そして従来の成長促進剤に改良を重ねていって――。もちろんすぐに出来た訳じゃないわ。最初の被験者はお父様とお母様自身……。でもドパージュはやはり若い人でないと効果は少なかったみたい。だからわたしがその被験者になったの。もちろん自分から希望してよ。

それは明日香の力に憧れていたから――。
 
 でも結果は失敗……。視力も思ったより伸びなかったわ。やっぱりドパージュには肉体的な才能は欠かせないのね。副作用がなかったのが唯一の救いよ……。そんなわたしを見かねて明日香が被験者に志願してくれたの……。あの子優しいでしょう? わたしを助けるつもりで――、わたし慰めるつもりでドパージュを受けてくれたの――。
 それに明日香はこの神眼の開発も助けてくれたわ。被験者としてのドパージュの研究だけでなく、神眼の運用方法を考えたのは全て明日香よ。あの神眼の太刀だけでなく、ウォーカーの操縦プログラムについてもね……。
だからこのドパージュはわたしだけじゃない。明日香やお父さまとお母さま、この葛城家みんなの願いの結晶でもあるの……。
だから火鷹くん……、あなたにありがとうって言わせて欲しいの……」
 それは千鶴さんからの意外な告白だった……。俺こそが、いや明日香も千鶴さんに憧れていたからだ……。綺麗で頭が良くて……、俺に優しくしてくれた千鶴さんだったからだ。明日香だって千鶴さんの事を大好きで、「姉さま。姉さま」といつも付きまとい、そして千鶴さんはいつも嬉しそうに明日香の世話を焼いていたことを覚えている。
 妹を嫌いな女の子はいないわ――。
 千鶴さんはそう言って、はにかみながら微笑んでいたのだった。
「そして、もう一つお礼を言わせて欲しいの……。
明日香が――、あの子が笑顔を取り戻してくれたのは火鷹くんのお陰よ――。
 あの子は怪我を負い翼を失い――、まるで親を失った雛鳥の様に、ただ襲われる恐怖の中で生きるしかなかった――。
でも生きる目的を持ったことで、ほんの少し勇気を取り戻すことが出来たの――。
あなたにわたし達の希望である神眼を受け継いでもらうこと。そして再び翼を取り戻す日が来るまであなたが守ってくれることを信じてるの――。

愛を信じるが故に神の怒りに触れ、永遠の眠りについたブリュンヒルデ――。
そして神の焔を越え、囚われのブリュンヒルデを助けることが出来るのは、怖れを知らぬ勇者だけ――。

火鷹くん、あなたのことよ――」
「そんな……。俺は神話の英雄なんかじゃありません……」
そう、俺はジークフリートの仮面を被っただけだ……。この世に怖れを知らぬ勇者などいる筈もない。所詮、そんなのは神話の夢物語に過ぎない――。いや、その神話の中でさえジークフリートは死んでいる。
それにこの神眼を持とうと、いつかは倒される……。そう、あの明日香でさえもだ……。
「いいえ――、火鷹くん、あなたには勇気があるわ!
怖れを知りながらも守るべき人のために闘うことこそ本当の勇気よ――。
 そしてあなたには闘う力が――、神眼があるわ――!
 あなたならジークフリートを越えることが出来る――!」
そんな千鶴さんの優しくも力強い言葉に俺は静かに聞き入っていた……。