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ブリュンヒルデの自己犠牲

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「姉さま……、すいません……。でも……こうするしかなかったのです……」
 明日香も大粒の涙を流し、声を振り絞る様な小さな声で謝ることしか出来なかった。
「このままでは姉さまも薫も巻き込んでしまいます……。もうわたしはこの身を守ることも出来ません。ならば皆を危険に晒す前に、わたしが死ぬより他はありません……」
「そんなことはない――!」 俺は明日香の前に立ち、強く言い放った。
「火鷹か……。まだ帰ってなかったのか……」
「ああ、俺は帰るつもりはない。俺がお前を守る! だから明日香――、お前は死ぬ必要なんてない――!」
「火鷹、何を馬鹿なことを言っているんだ……?」
 明日香は静かに笑った――。そう……、怪我をして以来変わることのない、静かな――、だが自嘲めいた憂いの籠る笑顔だった。
「見てくれ……、わたしの姿を……。もう二度と跳ぶことはおろか、自らを守ることも出来ない。たとえ神眼を持とうとこのざまだ……。なのに君がテロリストや敵の軍を相手に何を出来ると言うのだ……? 諦めて沖縄に帰ってくれ……」
「冗談じゃねえ! 俺は帰るつもりなんかねえ!」
 おれは怒気を込めて言い放った。
「火鷹、まだそんな事を言っているのか? わたしがどれ程苦しんだか! 姉様だって、父さまや母さまが、どれだけ泣いたと思う? お前をそんな目に合わせる訳にはいかない!」
「もうお前が何を言おうと、俺を止められない! この眼を見ろ!」
 俺はライトを照らし、明日香に赤く変色した右目を見せた。
痩せた頬に深紅の目が妖しく光る!
「火鷹、お前……。その目は……。病気と言っていたのはまさか……?」
「ああそうだ! ずっとあの頭痛に苛まれっ放しだった! 俺はこの眼を隠すつもりはない――! 決めたんだ! 俺は逃げないってな――。
明日香、お前を泣いたままにさせやしない! 匂宮を犠牲になんかさせない! 一馬や春菜だけを闘わせたりしない!」
 明日香が声を詰まらせる――。
「もう一度言う! 明日香、俺はこの眼を隠すつもりはない!」
 これは賭けだ――。いや、脅しに近い……。俺がこの目を衆目に晒せば、俺も狙われるだろう。だがこの神眼の秘密が敵に、俺達を襲ったテロリストにさえ奪わることになる――。それだけは絶対にさせられないはずだ。ならば、俺がこの神眼の力で俺自身を守る! そして明日香も守る! この眼に神眼を宿らせてな――!
「火鷹……、死ぬかも知れないのだぞ……」
「分かっている……。それも覚悟の上だ!」
「……そうか、分かった……。火鷹、お前の決意は分かった……
だがもし……、もしわたしがお前に神眼を与え――、そして命を落とす様な事があれば、わたしがお前を殺したも同然だ……。叔父上に申し開きのしようもない……。ブリュンヒルデの様にこの身を業火に焼き、お前の後を追う事になる。本当にそのつもりだ……」
明日香はゆっくりと身体を起こし、怪我をした左腕を俺に見せた。明日香が俺の後を追うというその証しの様に――。
「火鷹! この手を見てもお前は神眼を望むと言うのか? わたしを犠牲にしてもその目に神眼を宿すことを望むのか――?」

……ああ、もう嫌なんだ。
もう何もできない……、こんな死んでる様な生き方が……。
お前だって生きちゃない。ただ泣いているだけの抜け殻だ。そんな姿は見たくない。輝いていた頃のお前を取り戻したい。お前があの輝きを取り戻すなら何だってする。

怖れを知らぬジークフリート
不死身の英雄ジークフリート
そんなのになれっこない。なれる訳が無い。
そんなのは夢だ――。自分勝手な思い込みだ――。そんなことは分かっている……。
だが……、涙を流す明日香のために、輝く明日香の笑顔を取り戻すために……
そしてあの時、炎に消えたブリュンヒルデの為に――、
偽りでも良い、俺はジークフリートを名乗ろう! ジークフリートの仮面を被ろう!

「明日香……、俺がお前を守る。もう一度血を流しても……、骨が砕けても……、絶対にお前を守ってみせる。俺はジークフリートになる! 不死身の英雄ジークフリートに――。だから神眼を……、お前の神眼を俺に――」
 頼む、明日香――。俺の手を取ってくれ……。
 お前を護ることを俺に許してくれ――。
 俺は震えながら明日香に手を差し出した。
 明日香の深紅の瞳が静かに俺を見据えていた。
 明日香は静かに、震える俺の手を取り
「……良いだろう、火鷹……。わたしは罪を犯そう……。わたしの望みの為にお前を犠牲にしよう……。お前が神眼を開眼するまでで良い、わたしを守ってくれ……。この命と引き換えにしても、お前に伝えたいことがある――。

火鷹、わたしの全てを受け取って欲しい! 
お前にもしもことがあれば、わたしもこの身を地獄の業火に捧げよう!」



* * *


『 開 眼 』


 とある日曜日の朝――。俺は太陽の光で自然と目が覚めた……。
まだ少し頭がフラフラする様な感覚がある――。まあ、あまり爽快な朝とは言い難いが、それでも前よりは大分マシだ。
俺はシャワーで身体を温め、眠っている筋肉を強制的に目覚めさせた。食事はドパージュを含む栄養ゼリーだけ。味気ない様に思えるが、運動前に大量のエネルギーを補給するにはこの方が良い。
 俺は制服に着替え、学院に行く準備を整えた。この学院の生徒は日曜日だからと言って遊びに出掛ける様なヤツは少ない。トレーニングや部活での活動、訓練に研究と様々な活動を自ら主体的にやるのが当然となっている。
 俺も日曜日に登校する習慣が馴染み、自然と学院に足を運ぶようになっていた。そう、俺の毎日の生活が変わる訳じゃない。たった一つのことを除いては……。
俺は鏡の前に立ち、両方の目にコンタクトを入れた――。
目が良いだけが取り柄の俺がコンタクトを入れる様になったこと。これが毎日の生活の中での唯一の変化だった――。
 俺は学院の校舎に入ると、いつもの様に千鶴さんの研究室へ向かった。毎週、日曜日はまず最初に千鶴さんに会う事になっている。
 俺がドアをノックすると、中から「どうぞ」と柔かな声が聞えてくる。ドアを開き中に入ると、いつもの様に千鶴さんが静かに本を手に取り佇んでいた――。
「いらっしゃい、火鷹くん――。気分はどうかしら?」
「少し疲れが残っている気がします……。単に気分の問題かも知れませんけど――」
「分かったわ。念のためだけど検査をしましょう。火鷹くんがここに一人で来れるのだから大丈夫だと思うけど――」
 そう言って千鶴さんは、眼底の検査と共に体温、脈拍、血圧の検査をした。これもいつもことだった。だが最近は、「異常なし――」との結果で済む様になっていた――。以前は酷い頭痛に苛まれ、朝起きることさえ出来なった俺がだ。
「ありがとう、火鷹くん……。今日も異常はないわ。昨日のテストの結果も明日香とほぼ同じレベルに達していたの……。そしてこれが最後のテストよ――」
 千鶴さんは両手をゆっくりと扇の様に広げ俺に見せた。