ブリュンヒルデの自己犠牲
「火鷹くんは神眼の本当の力を知らないからよ……。火鷹くんが見た『神眼の太刀』は神眼の能力のほんの一部でしかないの……。明日香の……、いえ神眼の本当の力はこれを見れば分かるわ――」
千鶴さんは疲れ切った表情のまま、力なく携帯型タブレットを俺に渡した。
「これから見せる映像は軍事機密ではないわ……。むしろお父さまが神眼の能力を知らしめ、ドパージュの研究開発の拡大と日本の軍事的なプレゼンスの向上を狙って作ったものよ……。だから日本政府だけでなく世界の軍事関係者も既に知るもの。そしてこれが明日香が襲われる原因となったものよ――」
そう言って、千鶴さんは静かにムービーファイルをクリックした――。
それは一台のウォーカーの映像だった。ワインレッドで塗装された機体、近衛隊の金色の盾の紋章! 間違いない! 明日香のウォーカーだ!!
だが、ただ明日香のウォーカーを写しているだけではない。これはどうやら模擬戦を撮影している様だった。ウォーカーの主戦場となる市街地を模したフィールドで、複数のビルから、それぞれのウォーカーの動きが把握出来る様に撮影されている。
明日香には味方はなく、二機のウォーカーと市街地で銃撃戦を繰り広げていた。しかも相手も近衛隊のウォーカー! 明日香に圧倒的に不利な状況だ。ビルを盾にしていなければすぐにやられてしまっているだろう。
だが敵はその二機だけではなかかった――。敵の通信回線の音声を聞くと、どうやら敵が明日香の居場所を教え、もう一機の敵が明日香の背後から急襲する様指示している。
ビデオもそのウォーカーをアップで写す――。明日香を背後から襲撃しようと既に銃を構えていた!
その敵ウォーカーがビルの影から飛び出し、銃を明日香のウォーカーに向ける! 完全に後ろを取った!
マズイ! 明日香がやられる――!
ガガガガガ――――ッ!
だがその瞬間、逆に敵のウォーカーの機体が、ペイント弾で突然赤く染められた!
何だ? 明日香がやられたんじゃないのか? いつの間に敵がやられたんだ――?
何が起きたのか俺にも理解出来なかった。だがよくよく明日香のウォーカーを見ると、身体を正面に向けたまま、腕だけを背中の敵に向けて銃を発射していた――。
背面撃ちだった――!
馬鹿な――! 信じられない! こんな事が可能なのか?
人間と違い、ウォーカーなら背面撃ちは物理的に不可能な訳じゃない。後方を写すサブモニターがあるからだ。しかし人間の目はそんな器用に出来ていない! 正面の敵を見ながら、後方にいきなり現れた敵をこんな正確に撃つことが出来る訳がない――。
敵も何が起きたのか理解出来ない状況だ。『三号機、応答しろ! 三号機、応答しろ!』と怒鳴り声が聞こえるが、被弾したため通信は既にカットされている。応答は出来ない!
そんな敵の混乱を明日香は逃さなかった!
ウォーカーの両足のモーターブレードを出し、高速で碁盤の目に様に区画されたビルの間を疾走した!
ウイイィィーーーン! キイイィィーーン!
明日香のウォーカーは一瞬にして敵の側面に回り込み、そのままローラーで疾走ながら、ビルの隙間を横切る一瞬、そして敵のウォーカーが視認出来る一瞬の間に銃を連射したのだ――。
ダッ、ダダダ――! ダダダダー――!
敵のウォーカーが二機共に、赤い色に染まる!
今度は走行側面射撃! しかもこんな正確に――!
ウォーカーの操縦、いや人間が銃を撃つにしても最も難易度が高い技の一つだ――。
人間が走れは当然、身体上下に揺れる。そんな状態で銃を構えたって、まともに弾が当たるはずもない。
それにウォーカーであれば常に正面のモニターを見る必要がある。走るなら姿勢制御にかなりの神経を使うし、モーターブレードで走るなら尚更だ。
なのに明日香はそのウォーカーを高速で疾走させながら、同時に左側面にいた敵を正確に照準を付け射撃したのだ。
どうして走りながら、こんな正確に敵に弾を当てることが出来るんだ?
これが明日香の力……、いや、神眼の力なのか――?
近衛隊三機を相手に圧倒的な力で勝つその能力――。
この映像でもやはり神眼の秘密は分からない。だが俺も神眼の訓練でウォーカーの奇妙なシミュレーションを何度もやらされた――。やはり神眼の能力はウォーカーと関係するものなのか? それにしても神眼の正体は――?
「……火鷹くん、これで分かったでしょう? このウォーカーの操作能力こそが神眼の秘密なの。この時の明日香はまだウォーカーに乗って一年足らず……。そんな高校生が熟練のパイロットが操る近衛隊のウォーカーを三機も撃破して見せたの……。もしこのドパージュで明日香以外の人間も神眼を持つ様になれば、陸上戦闘での軍事バランスは一転することになるわ……。薬一つでこんな最強の兵士が作れるのよ……。軍事的な技術で劣る中国やロシア、中東の国々にとっては喉から手が出るほど欲しいはず……。
でもわたし達もお父さまも考えが甘かったわ……。まさかこんな外交的な危険を冒してまで明日香を襲ってくるなんて……。それに火鷹くんは知らなかったでしょうけど、襲われたのは明日香だけじゃないの……。昨日、公安員会から連絡があったわ……。明日香を襲ったテロリストが暗殺されたって……」
「え……、暗殺……?」
「そうよ……。明日香と火鷹くんを襲ったテロリストの生き残りよ。敵の情報を得るために、警察病院に入院させていたの。集中治療室から戻って尋問を始めようとしていた矢先よ……。病院のベッドで死んでいるのが発見されたわ。口封じのためよ……」
俺は思わず息を飲んだ――。明日香を襲うだけじゃなく、味方すらも殺す敵の残酷さに……。
それだけじゃない、口封じのために殺したのであれば、それは――」
「そう、敵はまた明日香を襲うつもりよ……」
千鶴さんは力なくそう答えたのだった……。
「だから火鷹くん、その目が敵に知られれば、火鷹くんも本当に命を狙われるわ――。お願い! その目を隠して沖縄に帰って!」
「いやです――。俺は帰りません――!」
俺は千鶴さんの言葉に、迷うことなく答えた。そう、元より帰るつもりなんてねえ!
「火鷹くん! まだそんなことを言っているの? あの明日香を見てもそう言えるの? 明日香にそんなことが言えるの――?」
いつもの穏やかな千鶴さんの声ではなかった。静かな病院に似つかわしくない叫び声――。そんな千鶴さんの叫び声のせいだろう。かすれる様な小さな声だが、明日香の声が隣のベッドから聞こえてきた!
「姉さま……? 姉さまですか…………?」
「明日香! わたしよ! 聞こえる? ここにいるわ!」
「ここは……、一体どこですか……?」
「病院よ。あなたが……、あなたが倒れている処をわたし達が見つけたの。もう大丈夫よ!」
「そうですか……。わたしは生きているのですね……。申し訳ありません、姉さま……」
千鶴さんはそんな明日香を見て、一気に涙を溢れさせ、ベッドの上の明日香を抱き締めたのだった。
「明日香、どうして! どうしてーー! わたしがいるのにーー」
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ



