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ブリュンヒルデの自己犠牲

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「ダメよ!」 千鶴さんは険しい顔で俺を叱り付けた。「火鷹くん! 今ならまだ間に合うわ! その目が誰かに知られたら、本当にあなたまで狙われるわ! わたしみたいにその目を隠せば、まだ逃げることが出来る――」
「千鶴さん、明日香を見捨てろって言うんですか――!?」
 千鶴さんは俺の言葉に言い返すことが出来ず、声を詰まらせる。
「俺は逃げるつもりなんかないっ――! この目を隠すつもりもない! 明日香を見捨てるつもりもない――!」
 俺は千鶴さんに大声で吠えた。あの優しい千鶴さんに言うセリフじゃないが、どうしても黙っていられない!
「だから千鶴さん――。俺に神眼を――! あのドパージュをもう一度受けさせて下さい!」
 しかし千鶴さんは首を横に振るだけだった。
「ごめんなさい……。それは出来ないわ……。例え何を言おうと、わたし達の気持ちは変わらないわ――。あなたをこれ以上巻き込む訳にはいかないの……。この件は明日香に伝えるわ。そして明日香にも説得してもらうわ……。ごめんさい、火鷹くん……」
 千鶴さんは携帯を手に取り、明日香に電話をかけ始めた。
 トゥルルルーーと、呼び出し音が小さく聞こえた……。
 畜生……、やっぱり俺が何を言ってもダメなのか……。それに一時は望みを繋いだこの目も、千鶴さんはまだ未完成に過ぎない、明日香の神眼に遠く及ばないと言う。
 それにこれでいよいよ俺も退学処分だろう……。病気で伏せていたため、明日香も何も言わなかったが、これで力ずくでも追い出されることになるかも知れない……。
 そんなことを考えながら、ふと千鶴さんに目をやると一体どうしたのだろうか? 千鶴さんは不安な表情を浮かべながら、携帯で明日香を呼び続けていた……。
 トゥルルルーー。トゥルルルーー。携帯の小さな呼び出し音が、この静かな部屋で鳴り続けていた。しかしまだ明日香は呼び出しに応えない――。
千鶴さんの表情が不安から、恐怖のそれにハッキリと変わった時、千鶴さんは「火鷹くんも来て! お願い!」と叫び、急ぎ部屋を出て走りだした!
 千鶴さんの迫力に気押されて、俺も一緒に走りだした! 俺にも分かった。明日香の身に何か起きたんだ!
「千鶴さん! 明日香に何があったんですか?」
「分からないわ! でも明日香はわたしからの呼び出しには直ぐに出る様に言ってあるの! 敵からの襲撃の可能性もあるから、絶対に出ないはずがないの!」
 千鶴さんは全力で走り女子寮へ向かった。だが敵に襲撃を受けた様子もない。元々この学院内の安全さ故に明日香はここで生活しているのだ。俺はわずかに安堵しながらも、千鶴さんに続き急ぎ明日香の部屋へ飛び込んだ。しかし部屋には誰もいない。明日香は授業に出てるんじゃないのか――? そんなことを思いもしたが、すぐに違和感を肌で察知する。部屋の中が妙に蒸しているのだ。俺達は急ぎシャワールームへ向かうと、そのドアの隙間からは服を着たままの明日香が倒れ、浴槽が赤く染まっていた――。



* * *


『ブリュンヒルデの自己犠牲』


「傷は浅い様に見えますが、左腕の動脈が正確に切断されていました――」
 明日香の手術をした防衛大付属病院の主治医の言った言葉だった。そんな明日香の自殺の状況を聞きながらも、俺は半ば放心状態だった……。
俺達が明日香を発見した時の千鶴さんの声が今でも耳に響く……。
 いつも優しい千鶴さんのあんな必死の形相を見るのは初めてだった……。

『いやああああーーー! 明日香! 明日香ーー! お願い、返事をしてえーー!』
 千鶴さんが悲鳴にも似た叫び声で明日香を呼ぶが、返事などあるはずもない! 完全に意識を失っている!
『明日香ーー!』 俺も千鶴さんと同様、大声で明日香を呼びながらも、急ぎ明日香を抱き起こし、その細い腕を握ってこれ以上血が流れ出ない様にした。まだその腕はまだ温かい! だが顔が真っ青で血の気が完全に失せている!
 明日香――! 頼む、まだ生きていてくれ――!
 俺は明日香の首筋に触れて脈を探ると、弱々しいながらも確かにまだ脈がある!
『千鶴さん、明日香はまだ生きています! 大丈夫です、すぐ輸血を!』
『わ……、分かったわ、火鷹くん! すぐに寮の医務室へ!』
 千鶴さんは明日香が生きていることを知るとすぐに気を取り直し、俺は明日香を抱いて医務室へ駆け込んだ。千鶴さんはすぐに明日香の腕を締め止血をし、医務室の棚から血液パックを取り出し輸血を始める。それだけではない。明日香の左手首を消毒をするとすぐに手術用の縫合針を持ち出し手術を始めた。
大量の出血があった以上、一刻でも早く輸血をして、そして止血をした方が良いとの千鶴さんの判断だった。
そして千鶴さんは俺に、明日香の左腕にライトを当てるよう指示し、すぐさま血管の縫合までしたのだった。わずか数ミリの太さの血管までこの場で縫合するなんて並の医者だって出来ることじゃない。俺は千鶴さんの手術をサポートしていたが、千鶴さんの医療課の技術に驚かざるをえなかった。
『これはガーネットアイの力があるからよ……。肉眼でもかなり小さなものが見えるし、繊細な指の動きも可能になるわ――』
 千鶴さんは手術を終え、安堵の息を付きながら俺に説明すると、『急いで病院に運びましょう!』と言って、俺達は学院に隣接する防衛大学付属病院へ明日香を運んだのだった。

 大学病院ですぐに明日香は手術を受けた。幸い千鶴さんの縫合が的確であったため短時間で手術は済み、もう命に別状はないことを保証されたが、改めて明日香が危険な状態にあったことを説明されたのだった。
「それにしても運が良かったと言うべきでしょう。あと一時間……、いや30分発見するのが遅かったら間に合わなかったかも知れません。正確に動脈だけを切断していたので、出血の割に軽傷で済んだのが唯一の救いです。良くも悪くも流石、白鳳学院の生徒ですな……」
 千鶴さんは主治医に礼を言うと、
「すいません、どうかこの件は内密にお願いします……」
「しかし警察はともかくご両親に連絡をしませんと……」
「今、父も母もはアメリカにいます。前回のテロ対策を今アメリカと協議している最中です……。命に別状がない以上、帰国後にわたしが報告します……」
「……分かりました……。それではこちらもこの件が広まらない様手配しましょう」
「ありがとうございました……」 千鶴さんは深々と頭を下げ主治医らを見送ると、緊張の糸が切れたのか病室のベッドに力なく座り込んた。
「火鷹くん、ごめんなさい……。またこんなことに巻き込んじゃって……。最近、明日香も塞ぎ込みがちで様子がおかしかったの。今日も体調が悪い様には見えなかったのに学校を休むって言って……。うう……、うう……」
 千鶴さんは言葉も途切れ途切れに涙を流していた。だが俺に千鶴さんを慰める言葉は見つからない。そんな慰めの言葉より、俺の頭は明日香ことしか考えられなかった。
「千鶴さん! どうして明日香は自殺なんかしたんですか!?」
「神眼の秘密を守るためよ――」
「馬鹿な! いくら何だってそれだけで自殺なんて……?」