ブリュンヒルデの自己犠牲
特に俺とこの秋月春菜の通うことになる高校は只の学校じゃあない。日本唯一の防衛省直轄教育機関、防衛大学付属高校、人呼んで『白鳳学院』! かなりスカした呼び名だが、白い鳳凰の紋章と学生達のエリート然とした態度からこう呼ばれている。白い鳳凰なんてちょっとヤリ過ぎな感はするけど、それだけのエリート校なのは間違いないし、『鳳凰の雛鳥達』と言われる位に社会から期待されているってのも事実だ。
それにこの防衛大付属は他を寄せ付けないハンパない人気があり倍率も超高い。何せ軍事機密とも言われる最新のドパージュを受けられることに加え、人型ロボットである『マシン・ウォーカー』のパイロットになれる道が開けるんだ。そりゃ人気も出るってもんさ。かく言うオレも、そのマシン・ウォーカーに乗りたくて喜んでこの学校に入った口だ。
沖縄のただの中学生だった俺がこんな超エリート校に入れるのも……まあ学業・スポーツ、いろんな要素があったたんだろうけど、推薦で本当に通っちまうなんて、そりゃツイてるとしか言いようがないだろう!
「おい! 秋月、あれを見ろよ!」
学校の施設の中に、全長6メートルはあるだろうマシン・ウォーカーが隊列を組み並んでるのが見えた。
「おおお、ウォーカーだねええ! さすが防衛大! こんな沢山ウォーカーがあるよぉぉ!」
「ああ、スゲエよ。しかも軍事用の最新型だぜ? こんなのに乗れるなんて夢みたいだよ――」
そう、この『マシン・ウォーカー』と呼ばれる人間が実際に搭乗する大型ロボット――。
ドパージュ以前は、こんな人型ロボットはアニメや漫画の世界だけの非現実的な夢物語だった。この手のロボットに人間が乗って操縦するなんてありえねえしな。
なぜならロボットが歩行する際の強烈な縦揺れに人間が耐えられないからだ。ロボットが一歩、歩く度に中の人間は50センチから1メートルも上下にシェイクされることになる。ジェットコースターやフリーフォールなんて比較にならない。人体の脳や内臓、骨関節に多大な負担が掛って、酷い車酔いになって正気を保てる訳がねえ。下手すりゃクビの骨を折ってウォカーが棺桶になりましたってオチ。もちろんリアルであった話だ。
それがドパージュで身体が強化され衝撃に耐えれる様になった結果、一気にこの人間搭乗型ロボットが進化した。元々人型ロボットってのは二足歩行が一番の問題だったが、人間が搭乗しその手脚の動きをロボットとリンクさせることで人間と同じ様に足を動かし、かつ人間の平衡感覚を利用しバランス保つことで、従来のジャイロ機構やコンピューター制御では不可能な高度なレベルの二足歩行が可能になった。それにレバーやボタンでは出来ない複雑な操縦だって、手や指の動きをトレースすることで可能だ。強化された人間が乗ることで、従来のロボットとは比べ物にならないシンプルな機構となった故に、人型ロボットの開発が一気に進み短期間で実用化に至った。
その最新型軍事用ウォーカーがある――。一般に使われている作業用のマシン・ウォーカーとは格が違う。F1マシンと自家用車位の違いがあるんだ。そりゃ男だったら乗ってみたいって思うに決まってるさ!
「ねえ、ねえ、火鷹クーン、ちょっとあのウォーカーを見に行ってみないーー?」
「何だ? ウォーカーに興味あるのか? お前って芸能課志望だろう?」
「あはっ。そうだけどおーー。やっぱ興味あるもん。ウォーカーのパイロットが女の子だなんて最高のアイドルだよーー」
「ハハハ、ほんとミーハーだよな、オマエ。オーケー、じゃあ行ってみようぜ! おっと、それとそろそろ荷ケツは終りな。もう学校も近いし人も増えてきたし――」
「了解――! じゃあ、行くよ――! テイクオーーフ!」
春菜は俺のベルトから手を放すと、高速で滑空しつつ腰を落とし、足元のローラーブレードからワイヤーを取り出した――。
春菜はモーターブレードで地面を蹴りながら、両手で交互にワイヤーを引き車輪を回転させる! それに合わせモーターブレードのスピードがグングン上がった。ワイヤーに直結したブレードの車輪を回転させているのだ。
そう、これはただのローラーブレードじゃない。『モーターブレード』と呼ばれるギアで、ワイヤーを引く力で推進力を得る全く新しいタイプのローラーブレードだ。そしてこのモーターブレード、ワイヤーを引くにもちょっとコツが要る。ワイヤーをリズム良く限界まで一度引き切ると、ヨーヨーの原理でワイヤーが巻き戻され、再度ワイヤーを引いて推進力に変えることが可能になる。走る姿はスケートやローラーブレードと同じだが、時速40キロは出るであろうこのモーターブレード。これもまたドパージュによる典型的なギアの進化の一つだ。
まあ昔はローラースケートにモーターを付けるなんてヤツも居たらしいけど、そんなもの使い物になるはずねえ。そもそもモーターやバッテリーなんて重くて仕方ねえし、ギアや変速機能まで付けたらもうてんで話にならない。それでジャンプしたりトリックを決めるなんざ無理に決まってるよなあ。
だがこのモーターブレードは、単に人の力でワイヤーを引くだけだ。下手な機械を使うよりも格段に操作性が良い。それに何と言っても軽いから、ジャンプだってトリックだって決められる。その上スピードも40キロまで出すことも可能だ! 最もワイヤーを引いてローラーを回す分、何倍も体力が要る訳だが、そこはドパージュで強化した身体だ。モノが違うってやつよ。
人間自身が強化されたことで、従来ではありえないベクトルで機械が進化し、シンプルかつ高性能なギアに変化したって訳だ。
「火鷹クーン、早く行こうよおーー 。わたし達以外にも結構人が集まってるよーー」
「おお悪い、悪い!」
そんなドパージュ系マシンの代表格であるウォーカーを見物に俺達は走って行った。普段は倉庫に厳重に格納されているはずウォーカーを見れるなんて入学早々ツイている。
「おお……、すげえ……」
そのウォーカーを間近に見てそのフォルムに見蕩れ思わず溜め息を付いた。全長6m程度の高さだが間近で見ると迫力が違う。その無機質なカーボン・ブラックの強化重装甲は作業用ウォーカーとは存在感が違う。
右腕に据え付けられた大口径の無反動砲が軍事用である事を何より物語っている。それにウォーカーが持つ3mはあるだろう巨大な盾に、何より右手で持つ十字槍は下から見上げる俺達にはどれくらいの長さなのか見当も付かない。そして盾や肩に施された白い鳳凰のマーク。この白鳳学院の生徒がパイロットであることを示していた。
その驚きは春菜も同様のようだ。女の子はあまりメカに興味はないと思っっていたが、流石に本物を、これから俺達が乗るウォーカーを見て、やっぱり来るものがあったようだ。
「ほおぉぉーー。すごいねえぇぇ。わたし達もこれに乗るんだよぉぉーー。」
「なに言ってんだ? あれは最新鋭機だぜ。そんな簡単に乗れるかよ? あれに乗れるのはトップクラスのパイロットだけだぜ」
「そうだけどおーー、やっぱり乗ってみたいよっ! うーん、わたしアイドル志望は止めて、やっぱりウォーカーのパイロットを志望しようかな?」
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ